第130話 今までにない程の


 結構な数で群れていた変な蜥蜴とかげ達を倒した私は、疲労困憊と言った様子のクラウス達と合流し……諸々の片付けは後回しで構わないだろうと、イルク村へと足を向けた。


 マヤ婆さんの占いによると、諸々の出来事の峠は過ぎたとのことで……頼もしい援軍までが来てくれた現状、これ以上の警戒は必要無いだろう。


 収穫と出産は無事に終わった、寒波とモンスターの襲来も無事に乗り越えた。

 ならばもう、盛大な……今までで一番の宴を開くしか無いだろうと思う訳だが、もう夜となってしまったし、皆の疲れも限界だろうし、今から宴というのは流石に無理がある。


 今夜の食卓には徹夜で頑張ってくれたクラウス達を労うための豪華な食事と、少しの酒が用意されているそうなので、今日の所はそれを楽しんでぐっすりと眠って……宴も片付けも明日が本番だ。


 きっと盛大で楽しい宴になるぞと、篝火から作った松明を手に意気揚々と歩いていると、隣を歩いていたはずのクラウスが足取りを少しずつ重くしていって、ついにはその足を止めてしまう。


「……どうかしたのか?」


 足を止め、振り返りながら私がそう声をかけると、クラウスはどういう訳だか暗く重い声を返してくる。


「いやぁ、失敗しちゃったなと思いまして……」


「失敗? 何かあったのか?」


「敵の多さに追い詰められてしまって、皆を上手く統率出来なくなってしまって……あの時、ディアス様が来てくれなければどうなっていたことか……」


 思い詰めた表情でそう言うクラウスを見て、私は「ふーむ」と唸りながら首を傾げる。


「その程度のことで失敗だ何だと言われてしまうと、私なんか戦場で何度失敗したのか分からなくなってしまうがなぁ。

 つい夢中になって皆を置き去りにしてしまったとか、ふと気が付いたら周囲が敵だらけだったとか、道に迷った末に敵の城に入り込んでしまったとか、思い出せるだけでも数え切れないが……それでも何だかんだとこうして生きているしな、結果が良ければそれで良いのではないか?」


 私がそう言うと、クラウスはその表情を驚いているような、困惑しているかのようなものへと変える。


「途中がどうあれ、皆に怪我らしい怪我もなく、無事に終わったのだから私は文句なしの成功だと思うが……それでもクラウスが失敗したと思うのなら、次の機会に頑張れば良い話だろう。

 今回の件を糧に成長し、次の機会に上手くやれば、今回の……本当にあるのか無いのか分からないような小さな失敗も帳消しになるだろうさ。

 それとあれだ、クラウスは今回の戦いで何を守ったのか、何を得たのか……それを見ていないからそう思ってしまっているのだろう。

 村に戻ってあの光景を見たら失敗だとかどうとか、そんなことは言えなくなってしまうぞ」


 続く私の言葉にクラウスは困惑の色を深くして……私は兎にも角にも村に行けば分かる話だと、そわそわとしているマーフ達と共に足早になりながらイルク村へと向かう。



 そうして夜の暗闇の中に浮かぶ、篝火に照らされたイルク村が見えて来て……村のあちこちにメーア布にすっぽりとその身を包まれた赤ん坊を、満面の笑みで抱く人々の姿がある。

 

 その中には迫りくる寒波と不穏な気配を感じ取り、心配だからと何人かの鬼人族と共に様子を見に来てくれたゾルグの姿もあり……メーアの赤ん坊を抱くゾルグ達は周囲の父母達と同等か、それをも上回る程の大きな笑顔を浮かべていた。


「鬼人族にとってメーアの出産は、自分の子供が産まれるのと同じか、それ以上に嬉しいものなんだそうだ。

 それが六つ子ともなれば、それはもう言葉にも出来ない程のものらしくてな、こっちに来てからずっとあの有様なんだ。

 本当に嬉しそうで幸せそうで……そんなゾルグ達に負けないくらい村の皆も幸せそうだよな。

 これがクラウス達が守り抜いた光景だ―――っと、マーフ! 待つんだ! 赤ん坊を抱く前にまず水浴びだ! その姿はいくらなんでも赤ん坊に毒だ!」


 無事に出産を終えた妻の姿と我が子の姿を見るなり駆け出そうとするマーフ達をそう言って制止した私は、赤ん坊達の姿を見てなのか、ぽかんとしているクラウスの背中をぽんと叩く。


 そうして尚も複雑な表情をしているクラウスと、マーフ達を小川へと連れていった私は……厳しい寒さが残る中、身体についた返り血を洗い流すのだった。



 

 翌日。


 素材の一部を引き取ることを条件に、一宿一飯のお礼を兼ねての蜥蜴の片付けを買って出てくれたゾルグ達に、一切の遠慮なく全ての片付けを任せた私達は、村を挙げての宴の準備に精を出していた。


 秋の収穫祭と、赤ん坊達の生誕祭と、困難を無事に乗り越えたことを祝う特別に豪勢な宴だけあって、その準備は今までにない程に忙しいが……誰も彼もが笑顔で、なんとも楽しそうに動き回っている。


 その中には昨日の晩餐中であっても複雑な表情を続けていたクラウスの姿があり……一晩経って元気を取り戻したらしいその溌剌はつらつとした笑顔を見るに、心配をする必要はもう無さそうだ。


 いつも以上に元気に働くクラウスの心と疲れを癒やしたのは、昨日の晩餐というよりも少しの酒というよりも、笑顔で寄り添うカニスの存在であったようで、カニスもまた溌剌とした良い笑顔をしている。



 そんな風に村の皆が忙しなく動き回り……賑やかさを増していくイルク村の中でも、竈場の周囲は特別な賑やかさに包まれていた。


 竈場で食事の準備をしているアルナーやセナイ達やマヤ婆さん達や、昨日の今日だというのにもう働き始めた母親達の元気な笑い声が周囲に響き渡っていて……更には赤ん坊達の泣き声までがそこに混ざり込んでいる。


 竈場の中では食事の準備の他にも、赤ん坊達を一箇所に集めての女性陣総出での世話が行われていて……メーアの赤ん坊達の「ミァーミァー!」との泣き声と、犬人族の赤ん坊達の「ニー! ニー!」との泣き声が定期的に、何かがある度に響き渡っているのだ。


 そして赤ん坊の泣き声が上がる度にアルナー達が笑い、母親達が笑い、それを聞きつけた私達の表情がどうしようも無い程に綻び……ただでさえ賑やかなイルク村が一段と賑やかになっていく。


 赤ん坊の元気な泣き声というのは、どうしてここまで私達を幸せな気分にさせてくれるのだろうか……特に用事も無いのについつい竈場の側へと足を運んでしまうのも、仕方のないことだった。



 そうやって余計なことをしながらも宴の準備は順調に進み……準備が完了となった昼過ぎに宴が開始となった。


 広場の中心に今回の主役である赤ん坊達を集めて、今まで眠り込んでいたフランソワと、側に寄り添うフランシスと、犬人族の父母達が広場の中心に集まっている。


 その前には収穫したての芋を中心とした料理や、冬備えのためのはずだった材料をふんだんに使ってしまっての豪勢な料理が並んでいて……この宴が終わったらまた頑張る必要がありそうだと思わせてくれる。


 そして私達はそんな主役達を囲む形で円陣となって……宴が始まるなり順番に、祝いの言葉なり、歌なり、踊りなりを披露していく。


 本来であれば様々な仕事を頑張ってくれた皆や、奮闘してくれたクラウス達も宴の主役なのだが……元気な赤ん坊の姿には敵わないと、誰もが盛り上げる側に回ってくれている。


 そうやって宴が盛り上がっていく度に、さらなる料理と芸やら踊りやらが披露されていって……それらが一段落したなら今度は赤ん坊達の名前の発表だ。


 まずは犬人族達から数え切れない程の、まずをもって覚えきれない程の数の名前が挙がっていって……最後にメーアの赤ん坊達の名前の発表となる。


 今回も私が名付けることになった……のだが、アルナーから私の名付けはいちいち長ったらしいとの声が挙がり、アルナーと相談しながらの名付けとなった。


 フランシスとフランソワの名前を取りつつ、アルナーの意見も取り入れて、短く分かりやすい名前に……。


 まず男の子が四人。

 

 フラン

 フランカ

 フランク

 フランツ


 そして女の子が二人。


 フラメア

 フラニア


 布に包まれたその身をむにむにと捩りながら「ミァー! ミァー!」と、元気に声を上げる赤ん坊達を、一人一人抱え上げての名前の発表が終わると……宴は今までにない程の盛り上がりを見せるのだった。

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