第129話 一つの決着


 夜更けに一匹目の大蜥蜴の襲撃を受け、完勝と言って良い形で勝利したクラウス達だったが……大蜥蜴がその口から吐き出した最期の絶叫を聞きつけてか、二匹目、三匹目の大蜥蜴の襲撃を受けてしまい、それらの絶叫が更なる大蜥蜴達を呼び寄せてしまい……そうしてクラウス達は休む間もなく、数え切れない程の数の大蜥蜴達と戦うことになってしまった。


 夜が明けて朝となり、朝が過ぎて昼となっても大蜥蜴達の襲撃は絶えることなく、夕刻を過ぎてクラウス達は精も根も尽き果てた、疲労困憊かつ返り血まみれの姿と成り果ててしまっていた。


 それでもクラウス達が怪我らしい怪我を負っていなかったのは、落とし穴などの備えをしっかりとしていたのと、大蜥蜴が雑魚と呼んでも良いようなモンスターだったからだろう。


 アースドラゴン程の強靭さも無く、ウィンドドラゴン程の鋭さも無く、ただただ鈍重で、火を吐くようなこともしてこない。


 その体の大きさと数の多さだけが厄介で……クラウス達はその厄介さに押しつぶされそうになっていた。


(……俺はまだまだいけるけども、皆はもう限界だ。

 槍も牙もこびりついた血糊のせいで鋭さを失っているし、撤退すべき……だろうか?)


 大蜥蜴の死体まみれとなってしまったユルトを建てた一帯から距離を取った、北の山が大きく見える一帯で、もう何匹目かも分からない大蜥蜴と睨みながらクラウスはそんなことを考え、頭を悩ませていた。


 撤退すること自体は容易だ。

 問題は大蜥蜴達が追撃してくるか否かであり……そのせいでイルク村に大蜥蜴を誘導するようなことになってしまったとしたら……。


 イルク村に被害が出ることは絶対に許容出来ることではないし、今のイルク村は出産という重大事を抱えている状態にある。


 仮に出産中の妊婦達が大蜥蜴の絶叫をその身に受けてしまったら……鍛え抜かれたマスティ達ですらへたりこんでしまったのだ、間違いなく悪影響があることだろう。


(……どうしたら良いんだろうなぁ。

 このまま戦い続ける訳にはいかない、撤退する訳にもいかない……。

 イルク村に行けばディアス様が居て、ディアス様ならこんな奴ら、あっという間になんとかしてくれるんだけど……)


 荒く息を吐き出し、揺れるその目で大蜥蜴の一挙手一投足を逃すこと無く睨みながらそんなことを考えたクラウスは、ディアスがここにいたらどうするだろうかと考え……答えを出す。


「皆! 撤退だ!

 イルク村まで退いてディアス様にこのことを知らせるんだ!

 俺はこの場に残ってこいつらの足止めをする!

 なぁに、こんな雑魚! 追加が10や20来たとしてもなんとかなるさ!!」


 かつての戦場でディアスがそうしたように、自らが殿(しんがり)になる道をクラウスが選ぶと、マスティ達はまさかという表情で困惑し、動揺する。


 自分達も限界だが、クラウスも限界のはずだ。

 そんな状態のクラウスを……群れの仲間を置いて逃げるなど、仲間を第一に考える自分達に出来るはずがない。

 ここで敵を迎撃せよとの正しき血を持つ我らが主の命に逆らう訳にもいかないし……かといって限界が来てしまっている自分達に一体何が出来るというのだろうか……。


 頭を働かせることは苦手としているのに、それでもどうにか頭を働かせて……どうしたら良いのか、どうするのが最善なのかと、動揺の中で懸命に探るマスティ達。


 そうして少しの間があった後に……族長のマーフと若者の何人かが足を前に進めてクラウスの横に並び立つ。


『わぉっふう!』


 疲労しているのと、マスクをしているのとで、そんな声になってしまいながらも、立派で力強い吠え声を上げるマーフ達。

 

 そこに居る面々の全員が妻帯者であり、妻達が無事に出産することを祈る身であると気付いたクラウスは、すぐさまに、


「奥さんと赤ん坊達が村で待っているんだぞ! お前達が逃げないでどうするんだ!!」


 と、叱責するがマーフ達は力強い視線をクラウスに向けることで、何を言われても退かないとの意志を強く示す。


『答えでない! 悩んでも!

 だから任せる! 血の意志の決断に!

 血が叫んでいる! 仲間守れ、家族守れ、敵を倒せ!!』


 わっふわっふと、マスクをしたままそんな言葉を叫ぶマーフ。


 普通であればそんな言葉まず聞き取れないのだが、マーフと付き合いの長いクラウスは難無く聞き取って……犬人族達の悪いところが出てしまったかと、強く歯噛みする。


 追い詰められた際や緊急の事態などの際に、重要な判断を本能に、彼等の言うところの血の意志に任せてしまう悪癖。


 一度これが出てしまうと、どう言っても、何を言っても耳を貸しては貰えない。

 こうなってしまった彼等をどうにか出来るのは、どういう訳だか犬人族を上手に従えるディアスくらいのものだ。


(本能がどう言ったとしても、彼等はもう限界だ。

 これ以上戦わせたら怪我どころか死人が出てしまうかも……)


 などとクラウスが考えているうちに、他のマスティ達もクラウスの横にならんでしまって……そんな彼等をどうにか言い聞かせられないかと、クラウスが大声を上げようとした―――その時。


 凄まじいまでの地響きが前から後ろから……周囲から響き聞こえてくる。

 何かを引きずるような大きな音と、力強く地面を叩いているような激しい音と。


 それらが混ざりあった今までにない大きな地響きを耳にしたクラウス達は激しく動揺する。


 何かを引きずるような音は新たな大蜥蜴がこちらに向かっている音だとして、この地面を叩いているような音は一体何だ?

 

 前方……北の山の方からではなく、後方の南の方から響いてきているような……?


 まさか新手のモンスターがやって来たのかと、最悪の想像をクラウス達がし始める中、地響きに混じって聞き慣れた声が響いてくる。


「―――い!

 おーーーい! なんか変な蜥蜴が転がってるやら、姿が見当たらないやらで心配したぞ!!」


 その声を耳にしたクラウス達は思わず、敵を前にして居るというのに後ろへと、声のする方へと振り向いてしまう。


「産まれたぞー! 全員無事に生まれてくれたぞー!!

 マーフ達の赤ん坊も全員元気だぞーー!!」


 そこに居たのは毛皮の塊だった。

 毛皮の塊が満面の笑みを浮かべながら、手にした戦斧を軽々と振り回しながらこちらに駆けてくる。


 高熱を出して寝込んでしまい、そうかと思えばあっという間に回復し、衰え知らずの絶好調となったその男は、どういう訳だか毛皮でその身を包んだまるで山賊かと、蛮族かと思う姿でこちらに駆けて来て……クラウス達の向こうに死体ではないモンスターが居ると気付くや否や、その顔を引き締め、戦斧をしっかりと構え、地面を更に強く蹴って駆け飛ぶ。


 その姿を追ってクラウス達が振り返るよりも早く、ズドンッとの音が周囲に響き渡り……クラウス達が振り返るとそこには、切り落とされた大蜥蜴の頭が転がっていた。


 そして何処へ行ったのか男の姿はそこにはなく……遠くから、地響きが聞こえてきていた北の方から、ズドンズドンッと先程のそれによく似た音が連続して響いてくる。


 その少し後に哀れな大蜥蜴達の悲鳴が……先程までの絶叫とは全く違う毛色の悲鳴が響いて来て、それを耳にしたクラウス達は、気が抜けたのか乾いた笑いを上げながら、その場に座り込んでしまうのだった。

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