第128話 エルダン達の奮闘記



 ――――マーハティ領、西部の街メラーンガル、領主屋敷の執務室にて エルダン


 

 軍を動かせとのジュウハからの提案を受けて、エルダンが軍の一部のみを動かすと決めると、ジュウハは何も言わずに立ち上がり、そのまま執務室を後にした。


 挙句の果てには領主屋敷からも立ち去ってしまって……早朝からなんとも重い空気に包まれることになった執務室に、突然の一報が入ったのは昼になる少し前のことだった。


「マイザーの足取りが掴めました! このメラーンガルに潜伏しているとのことです!」


 まさかこの広い領内の中にあって、あえて自分のお膝元に潜伏しているとは……と、衝撃を受けながらエルダンは『すぐさまに行動を』との指示を出す。


 鳩人族のゲラントを中心とした飛翔諜報隊と、獅子人族率いる地上諜報隊と、そこに混じる大耳跳び鼠人族達と、軍の一部……カマロッツ率いる獣人を中心とした親衛隊と。


 エルダンの指示を逃すこと無く聞き取り、その意の通りに動いてくれる少数精鋭……事を荒立てずに済む限界ギリギリの数を揃えたエルダンは、目立たぬ服を身に纏い、愛用の宝剣を帯剣した上で、現場で直接指揮を取るべく自らも出撃するのだった。




 現場はエルダンのお膝元、戦力は状況からして十二分。


 まずをもって失敗するはずがない作戦―――だったのだが、エルダン達を待っていたのは全く予想もしていなかった出来事の数々だった。


 それらしく偽装された、いくつもの隠れ家。

 金を握らされただけの、何も情報も持っていない替え玉達。

 明らかな虚報なのだと分かっていながらも、確認しない訳にはいかない無数の情報。


 一体何が目的なのかメラーンガルの街中を右往左往、これでもかと振り回されて、そうした出来事への対処でじわりじわりと人員が削り取られていく。


 もしかしたらマイザーにはそれらしい企みや計画などといったものは存在せず、ただ自分を翻弄し、からかい、嘲笑うことが目的なのではないかと、エルダンはそんな邪推をするまでに至ってしまう。


 ……そうしてただ時間だけが過ぎていって、日が沈み始めた夕刻頃。


 手にした情報を元に、メラーンガルの外れにある廃墟群……前領主であるエルダンの父が配下としていた、良からぬ連中の元拠点へとエルダン達が入り込んだ―――その時だった。


 廃墟のあちらこちらから薄汚れた格好で、武装した何人もの人間族が姿を見せて、出撃した頃の半分以下の人数となったエルダン達のことを、二倍か三倍以上の数でもって取り囲む。


 廃墟そのものや、その残骸や、いつのまに設置したのか簡単な造りの防柵の陰に身を潜めながらそうする人間族達に対し……エルダンとカマロッツ、親衛隊達はどうすることも出来ずただただ、エルダンをかばう形での防陣を築くことに全力を注ぐ。


 そんな状況の中で鼠人族達が、どうにか包囲を抜けることが出来ないかと、救援を呼びに行くことが出来ないかと様子を窺うが、そんなこと予測済みだとばかりに人間族達が、投網やとりもちを露骨な態度で見せつけてくる。


 そうしてエルダン達が息を呑み、言葉を失ったのを見てか、事の首謀者である王国第二王子マイザーが廃墟の屋上……弓の名手でもそう簡単には射抜けないだろう場所に姿を見せる。


「やっぱ似ているなぁ、俺達は!

 金が大好きで、父親のやっていることがだいっ嫌いで、反逆を起こすくらいにだいっ嫌いで!!

 俺は失敗して、お前は成功したって点では違っているが、それでも兄弟かと思う程にそっくりだよ!

 ……ああ、親父をあっさりと殺した辺りも違っているかな?

 それでもお前は兄貴達よりも俺に似ている! 特に考え方がなぁ! 読みやすいったらねぇよ!

 ちょっとからかってやったらホイホイと顔を出しやがって……!!」


 身を包むマントと波打つ銀の髪を揺らし、一見して病気かと思う程に白い顔を歪ませて、そう叫んだマイザーが、高笑いと呼ぶに相応しい笑い声を上げる。


 ただエルダンだけに視線をやって、徹底的に見下して……そうしながら存分なまでに笑ったマイザーは、エルダンが何かを言い返すよりも早く、濃い深緑の植物の束をエルダン達の下へ放り投げる。


 それは建国の時代から禁忌とされている、精神を蝕む類の薬の材料で……それを見たエルダンはマイザーの狙いが何であるかを察し、その表情を苦く歪ませる。


 精神を蝕み、心を狂わせ、何もかもを失う程に依存させ、人を人ではない傀儡と化すことすら可能だというそれでもって、エルダンを思うままに操るつもりなのだろう。


 その先に何を企んでいるのかまでは不明だが、何(いず)れにせよろくでもない内容であることは確かだろう。


「いいぞぉ、その薬は!

 頭がよく回るようになるし、睡眠時間も少なくて済む! 体から腐臭がしてくるのがちょっとした欠点だが……なぁに、それもすぐに慣れる!

 俺も薄めたものを愛用させてもらっているがな……お前には特別に濃いのを淹れてやるよ!!」


 そんなマイザーの絶叫が合図だったのだろう、周囲の人間族達が動き始め……そんなことなどさせてたまるかとカマロッツの渾身の絶叫が周囲に響き渡る。


 そうすることで少しでも敵を怯ませ、隙を作ろうとしたのだろう、その絶叫はカマロッツの喉が潰れるまで続けられて……その絶叫の中で単身突撃したカマロッツの細剣が、目に止まらぬ速さで振るわれていく。


 エルダンをどうにかして逃がそうと、その逃げ道を作ろうと奮戦するカマロッツに、親衛隊が、鼠人族達が加勢しようとした―――その時だった、一つの黒い影が戦場の中に入り込んでくる。


 素早く、滑らかで、その艷やかな黒髪の動きもあって、その姿はまるで大河の中を流れ行く漆黒色のインクかのようであった。


 人と人の間をすり抜け、繰り出される全ての攻撃を躱し、まるでダンスを踊っているかのような所作で上下左右に剣を振るい、目につく敵の全てを斬り捨てていく。


 その姿はどこまでも滑らかで軽やかで柔軟で……その顔に浮かんだ濃ゆい笑顔さえなければ、目にした誰もが美しいと称賛したに違いない。


「かのディアスさえも翻弄した戦場帰りの剣技! とくとご覧あれ!!」


 奇妙なる闖入者、ジュウハのそんな声が響き渡る中、何処からともなく農具やら大工道具やらを手にした獣人達が姿を見せる。

 

『エルダン様をお守りしろー!!』


 姿を見せるなり一斉に声を上げた獣人達が人間族達に襲いかかり……その圧倒的な数もあって形勢が一気に逆転する。


 そうして獣人達が人間達を蹴り飛ばし、殴り飛ばし、押さえつけて行く中……美しい所作で剣を振るい続けているのに、その顔だけはエルダンの方へと向けたままのジュウハが大声を上げる。


「ジュウハ様の賢い領主様になろう講座その一! 数は力なり!

 目立たない少数で奇襲なんてのは、こういう事態を招く下策ってことだ!

 続いてその二! 王国一賢い俺様の忠言は、不快な内容であっても素直に聞くのが上策だ!

 そしてその三! 今回俺が動かした連中は軍ではなく、酒場で知り合った善意の友人であるため、与えられた権限を逸脱していなぁぁぁい!!」


 その姿のあまりの奇妙さに、エルダンだけでなくマイザーまでもが言葉を失い、呆然としてしまって……そうこうするうちに廃墟群を取り囲む形で更なる声が、人々が駆けつけてくる凄まじいまでの靴音が響いて来る。


 そこでようやく正気を取り戻したマイザーは踵を返し、この場から逃げだそうと駆け始める。


 その後ろ姿を目にするなりエルダン達が追撃をしようとする……が、その前に周囲の敵の全てを斬り倒したジュウハが、艶めかしい仕草で立ちはだかる。


「はいはい、その四! ああいった自分を賢いと思っている輩は罠を仕掛けているものなので迂闊な追撃はしない!

 本日最後のその五! 何事も適材適所! 面倒事は頼れる友人に任せたら良い!」


 汗に濡れた黒髪を振り乱しながらそう言ってくるジュウハの笑顔をじっと見つめたエルダンは……半信半疑ではあるものの、ジュウハの言葉を呑み込んだ複雑な表情でもって、


「……分かったであるの」


 と、一言を返し、しっかりと頷くのだった。





 ――――廃墟群から少し進んだ、ひと気のない路地裏で ナリウス



「あー……ここで待っていれば美味い酒と美味い飯と、最高の美女を寄越すなんて馬鹿話、信じるんじゃなかったッス……」


 激怒半分狂乱半分といった様子で駆けて来たマイザーを殴りつけ、昏倒させた男……第一王子リチャードの配下ナリウスが、そんな言葉と共に深いため息を吐き出す。


 何日か前に酒場で知り合い、酒盃を交わし合うことで仲良くなった濃ゆくて胡散臭い男、ジュウハの言葉を信じたが為に、こんな面倒事を押し付けられることになってしまい……ナリウスの心中には深い嘆きと絶望が広がりつつあった。


「リチャード様のご命令をあえて失敗した上でこの結果って、どうしたもんッスかねぇ~……」


 そんなことを呟きながら、一切の身動きが出来ないように縛り上げ、猿ぐつわを噛ませた上で麻袋を被せて……そうして一つの荷物と成り果てたマイザーを見下ろし、いっそこの場で殺してしまおうかと、そんな考えをナリウスが抱き始めたその時……路地の向こうから地味な旅装ながら、その魅力を隠しきれない見目麗しい女性が歩いてくる。


「……は?」


 この場に居るはずがない、不釣り合いなその女性を目にして、そんな声を上げたナリウスが唖然としていると、女性がにこやかな笑顔を浮かべながら声をかけてくる。


「貴方がナリウスさん?

 ご依頼の馬車は路地の向こうに、最高級のお食事とお酒は馬車の中に……そして王都までの案内人、ここに参上しました」


 女性のその一言で大体の事情を悟ったナリウスは、大きな……今日一番の大きなため息を吐き出しながら、マイザーの体を担ぎ上げ、女性と共に馬車の方へと足を進めるのだった。


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