第126話 それぞれの戦い



 ――――戦場となった草原北部の一帯で 大蜥蜴



 鼻先にその槍を突きつけられたことにより、大蜥蜴は一切の身動きが取れなくなってしまっていた。


 尋常ではない禍々しさと、力強さを秘めたその槍は、直撃したならば自らの命をあっさりと奪い取るに違いない。

 絶対に食らう訳にはいけないその攻撃を回避、あるいは迎撃する為に、全身を緊張させ、全神経を集中させて、その槍の動きにのみ意識を向ける。


(ああ、まったく、何だってここは炎だらけなのだ、無駄に明るく、無駄に炎気が渦巻き、何もかもが感じ取りにくいではないか)


 と、そんなことを考えながら大蜥蜴は、目の前の敵がどう動いてくるのかを窺い続ける……が、いつまでもそうしている訳にもいかなかった。

 何しろ目の前の敵には仲間がおり、その仲間達が自らの横腹を食い破らんと虎視眈々と狙いをつけているのだ。

 

 目の前の槍程ではないにせよ、禍々しい牙を構えるそいつらも相応に厄介であり、何らかの対応をしなければならないだろうと、どうするのが最善なのだろうかと大蜥蜴は頭を悩ませる。


 あるいは戦うことをせずに全力で逃げてみてはどうだろうか、と大蜥蜴の頭が悪くない判断を下してくる―――が、その瞬間、大蜥蜴の体内にある魔石から放たれる瘴気が唸り声を上げる。


『逃げることなど許すものか』

『目の前の憎き敵を噛み砕け』

『自分達以外の生物を許すな』

『この世界を瘴気で埋め尽くせ』


 そんな声と共に膨れ上がる瘴気が大蜥蜴の全てを支配し、憎悪で染め上げ、命を賭しての闘争へと駆り立てる。


 そうなってしまってはもう悪くない判断も、目の前の槍への恐怖も、生存本能も何も無かった。

 大蜥蜴は凄まじい音域での絶叫を吐き出しながら大きく口を開け放ち、目の前の敵へと襲いかかる。


 その絶叫を受けて、横腹を狙う小さな敵達が怯み上がる中、目の前の槍を構える敵はそんな絶叫などまるで聞こえてないかのような態度で受け流し、渾身の噛みつきすらも大きく跳躍することで回避してしまう。


 そうして大蜥蜴の背に着地した敵は、粛々と急所に狙いを定め、禍々しき槍での一撃でもって、僅かな痛みすら感じさせることなく大蜥蜴の命を奪うのだった。


 


 ――――大蜥蜴の上で クラウス



 戦いを終えて、愛用の槍……悩みに悩んで竜牙撃槍と名付けたそれを大蜥蜴の体から引き抜いたクラウスが周囲に視線を巡らせると、そこには頭の上の両耳を両手で抑え込みながらへたり込むマスティ氏族達の姿があった。


「何だ何だ、一体全体どうしたんだ?」


 竜牙撃槍についた血糊を振り払いながらそう声をかけるクラウスに、マスティ達はただへたり込み続けるばかりで言葉を返してこない。


「……あー、もしかしてアレか?

 以前言っていた、人間族には聞き取れないとかいう音にやられたのか?

 耳が良いっていうのも考えものだなぁ」


 そう言って大蜥蜴の背から飛び降りたクラウスは、へたり込むマスティ達の側に駆け寄って一人一人丁寧に、怪我をしてないか、鼓膜が破れていないかといった確認をしていく。


 そうするうちに回復してきたのか、マスティ達がゆっくりと顔を上げていって……傷一つ無いクラウスの姿と大蜥蜴の死体を見るなり笑顔になって、尻尾を激しく振っての歓喜に沸く。


「よしよし、怪我もしていないようだし、耳も平気そうだな。

 ……大蜥蜴の解体だとかは落ち着いてからにするから、休みたいやつはユルトに戻って休んで良いぞ!

 休める時に休むのも大事な―――」


 ―――と、そんなクラウスの言葉の途中で、先程も聞いた何かを引きずるような大きな音が北の方から響いてくる。


 その音を耳にしたクラウスと、犬人族達はすぐ様に戦闘態勢を取り……そこに見張りに出ていた残りのマスティ達が駆けつけてくる。


 そうやってクラウスと10人のマスティ氏族が構えを取る中、大きな音がその数を増やしながら凄まじい勢いでもって距離を縮めて来て……クラウス達は激戦の予感にその身を震わせるのだった。



 

 ――――マーハティ領、西部の街メラーンガル、領主屋敷の執務室にて エルダン



「軍を動かすべきだろう」


 翌朝、早朝。

 エルダンが練り上げた諜報隊を中心としたマイザーの捜索及び襲撃作戦の概要を聞かされて、執務室の床にごろりと寝転がっていたジュウハが返したのはそんな言葉だった。


「俺が前々から目をつけていた、裏稼業に精を出しすぎているいくつかの商家……あの連中がマイザーに付くかもしれないとなると、資金力の大きさからしてかなり厄介だ。

 ここは大々的に軍を動かし、マイザーだけでなく疑わしい連中も一斉に、速やかに制圧すべきだろう」


 淡々とした態度でジュウハがそう続けると、執務机を挟んで襲撃作戦についてを話し合っていたエルダンとカマロッツはまさか軍という単語が出てくるとはと驚き、唖然としてしまう。


「……いきなり軍を動かすというのは、どうかと思うであるの。

 今回の件がそれ程のことだとは思わないし、仮に軍を動かす必要がある事態なのだとしても、そうする前に十分な調べを進めるべきであるの」


 唖然としながら嗜めるかのような態度でエルダンがそう返すと、ジュウハは体を起こし、胡座に足を組んでからその両肩を露骨な態度で竦ませて、呆れ混じりの声を上げる。


「おいおい、領主様であり公爵様でもあるお方が何を言っているんだ。

 調べなんて必要無い、大義なんて必要無い、ただ貴方が軍を動かすとそう言えばそれで良いんだよ。

 調べだとか証拠だとかは制圧した後に進めたら良い話だ。

 ……お父上がそうしたように、反乱の芽には拙(つたな)くても良いから手早く対処すべきだ」


 反乱、エルダンの父。

 その二つの単語が出てきたことに顔を顰めるエルダンとカマロッツに、ジュウハは更なる言葉を、淡々とした態度で投げつける。


「正直、連中が何をしようとしているのか、その細かい所までは俺にも分からん。

 だが襲撃を予知しても尚この領に留まっている時点で、マイザーの狙いがこの領であることは間違いないだろう。

 この領は反乱が起きたばかりの、いくつかの不和を抱える不安定な領でもあることだしな……たとえそれがどんな内容であれ事を起こさせる訳にはいかないのさ。

 ここは一つ、戦争嫌いの俺がそう言う程の事態なんだと、重く受け止めて欲しいところだねぇ」


 そう言ってジュウハは自らの顎をぐりぐりと撫で回しながら、力強い真っ直ぐな視線をエルダンに送る。


 その言葉と視線を受け止めたエルダンは瞑目し、精一杯に頭を働かせて……どうすべきなのか、その答えを探し悩む。


 そうしてかなりの時間を使ったエルダンは軍の一部を動員するとしながらも、諜報隊を中心とした秘密裏に対処する道を選択するのだった。

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