第114話 メーアバダル草原のこれから


 背負い籠をいっぱいにしてイルク村へと戻り、セナイ達に手伝って貰いながらの夕食用のキノコ料理に挑むというアルナーに背負い籠を預けて、一人ユルトへと戻った私は、いつもの場所に座って、両隣に寝そべるフランシスとフランソワを撫でてやりながら、以前ペイジンから手に入れた地図を床に広げて……それをじっと睨んでいた。


 中央に横に大きく広がる草原があり、東に森、北に岩山、南に荒野があり、西には何も描かれていないという、そんな地図を睨み……大体この辺りかと、小石をイルク村の位置と鬼人族の村の位置に置いて、東の森と草原の中央を繋ぐ形で真っ直ぐな木の棒を置く。


「メァ~?」


 その様子を見ていたフランシスからそんな声が上がり、フランシスの頭をぐしぐしと撫でながら言葉を返す。


「森からの帰り際に見つけたんだが、森のこの辺りに、エルダン達がここに来る際に作ったらしい道があるんだよ。

 あの馬車が通れるように木を伐採して、地面を踏み固めて、小川に簡単な橋をかけてって感じでな。

 で、街道を敷く際は、そこに敷くことになるのだろうなと思ってな……地図上ではどんな感じになるのかと試しに置いてみたんだ。

 今回エルダン達が敷いてくれるのは、この東から中央までの道で……エリーは更にそこから西のペイジン達の国まで道を繋げたらと考えているらしい」


 そう言ってもう一本の木の棒を中央から西を繋ぐ形で置いて、二本の木の棒で地図の両端を繋ぐ。


「メァメァ~~?」


 首を傾げながらそう言ってくるフランソワの頭をそっと撫でてやりながら言葉を続ける。


「エリーが言うには、こうやって東西を繋ぐことで人と物の流れを作り出し、その中心になることで大金が稼げるそうなんだ。

 更にこう、北と南に道を伸ばして、北の山と南の荒野から取ってきた物と、メーア布を売るとか、なんとか。

 そうするとまぁ、こんな形で十字の道が出来上がる訳だな。で、その中心がイルク村で……こう、十字の中心に少しずつ大きな円を描いていく感じで、村を徐々に大きくしていきたいんだそうだ」


 そう言って十字の形に木の棒をおいて……その中心に丸い食器を逆さにして、2つの小石を覆う形でカパリと置く。


「今日、アルナーから話を聞いて改めて思ったのだが……ここでの暮らしにメーアと、メーアの食事となる草原は無くてはならないものだ。

 私達の暮らしにも、鬼人族達の暮らしにも必要で……メーアと草原を大きく損なうような真似はしたくない。

 だが、村を大きくしたい、皆の生活を豊かにしたいという気持ちもある訳で……どうしたものかと思って、頭を悩ませていたという訳だ。

 鬼人族達だって村を大きくしたいのだろうし、イルク村だけが大きくなってもなぁ……」


 そう言って私が唸り声を上げていると、フランシスとフランソワがその角で脇腹をゴスゴスと突いてくる。


「メァ~メァ、メァ、メァメァ~~」

「メァメァ~メァ、メァァ~」


 二人が何を言っているのか、まだはっきりとは分からないが『何よりもまずお前はどうしたいんだ』『他人のことは気にしないで良いから』と、そんなことを言われた気がして……しっかりと頷いた私は、自らの考えを口にしていく。


「この十字街道自体は悪くないと思うから、まず―――に分けて―――。

 大体これで半分―――で、こんな感じにして―――。

 ―――をお互いに残して―――足りない時は金でということにすれば―――」


 自分なりに懸命に考えた、これが一番だろうと思う考えを長々と、それなりの時間をかけて説明していって……そうしてその説明を聞き終えたフランシス達は、なんとも軽い感じで、


「メァ、メァ~~メァ、メァメァー」

「メァメァ~メァ~~、メァメァーメァ~」


 との声を返してくる。


『ま、それで良いんじゃないか? 成るように成る』

『そこまで考えてあるならわざわざ悩む必要なんてないじゃない、好きになさいな』


 と、そんなことを言っているらしい二人に私は、お前達にとっても大事なことなんだけどなぁとそんな視線を送ってから、本当にこれで良いのかと再度地図を睨みつける。


 そうして再度考え込んで……そのまま時間が過ぎていって、ふと物音がして顔を上げると、軽快に飛び跳ねるエイマが、


「もう少しで夕食が出来上がりますよ~」


 と、そんな声と共にやってくる。


 そうして木の枝と食器の置かれた地図を見つけたエイマに物凄い顔をされながら、


「……これは一体何をしてるんですか?」


 と、そう問われた私は「遊んでいた訳ではないぞ」とそう言ってから、先程フランシス達にした説明をもう一度繰り返す。


 するとエイマはこくりこくりと頷いて、感心したというような声を返してくる。


「ははぁ~……なるほどー。

 ボクもその案には賛成です……けど、それだけ大きな話となると、代表者の皆さんの意見を聞くのはもちろんのこと、鬼人族の方の意見も聞きたいところですね。

 ……大きい話なだけに、変にこじれちゃったら大変ですし」


「ん? アルナーでは駄目なのか?」


 代表者の一人であるアルナーの名前を出した私に対し、エイマは首を左右にぶんぶんと振って否定の意思を示してくる。


「アルナーさんのここでの暮らしも、もう随分と長くなる訳ですし、アルナーさんに聞いてもイルク村の一員としての意見しか出てきませんよ。

 最後に話を持っていくことになる族長さんも当然駄目ですし……誰か他に、意見を聞けるような良い人はいないんですか?」


 エイマにそう言われて私は「あー……」との声を漏らしながら、ある鬼人族の顔を思い浮かべるのだった。





「―――で、俺って訳か。

 まぁ、おかげでアルナーが作ってくれた美味い飯にありつけたんだから、文句も無いがな。

 まさかあのキノコが塩を振って焼いただけであそこまで美味くなるとはなぁ……スープに入っていた茎の輪切りも良い食感だったし……毒との見分け方、俺も習うかなぁ」


 夕食を終えて、集会所の中で胡座に座り、なんとも寛いだ態度でそんな言葉を漏らすゾルグ。


 『時間がある時に話をしたい』とのゾルグへの伝言を、犬人族の中でも足の早いセンジー氏族長のセドリオに頼んで……ゾルグの都合を聞いてこちらから向かうつもりだったのだが、まさか向こうから、それもすぐに来てくれるとは、全くの予想外だった。


 セドリオによると私の言葉を伝えた際も、嫌な顔一つしなかったそうで……最悪の場合は、話すことなどないと断られてしまうかもと考えていたんだがなぁ……。


「で、族長には聞かせられない話ってのは一体どんな話なんだ?」


 私と、話を聞いて同席するとの声を上げたアルナーと、エイマとエリーを見回してそう言うゾルグに、私は先程の話をもう一度繰り返すのだった。


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