第115話 一つの草原を


 まず話の前提として、私が公爵になったこと、私の家名とこの草原がメーアバダルという名前になったこと、森の半分を領地として獲得したので奥までいかなければ自由に入って良いこと、木の伐採もセナイ達が良いといったものなら自由にして良いということをゾルグに伝えておく。


 そうしてから、ゾルグが来るまでの時間を使って皆で話し合い、皆の意見を聞きながら補強したというか、まとめ上げたこの草原のこれからについての話を、地図を使いながら説明していく。


「ここがイルク村で、ここが鬼人族の村で、こんな感じに十字に街道を通したいと私達は考えている。

 そうやって人と物の流れを作って、交易の中心地、物資の集積地として金を稼いでいきたいという訳だ。

 まずは西からここまでの街道を敷き、金が出来たら更に東までの街道、更に金が出来たら北と南への街道という感じだな。

 だが、これだけの大きな街道を、私達がそうしたいからと勝手に敷いたとあっては、鬼人族達としても黙っていられないだろうし、揉め事の原因となってしまうことだろう。

 ならばと事前に許可を取ろうとしても……そう簡単にいく話ではないだろうと思う」


 街道が出来て人の行き来が増えれば、それだけ揉め事も起きるようになる訳で、私達が稼ぎたいが為にそれを受け入れて欲しいというのは、鬼人族からしてみれば全くの論外だろう。


 もしかしたらこの時点で、ゾルグから厳しい言葉が飛んでくるかもしれないと考えていた私は、ゾルグが真剣な表情で静かに聞き入ってくれていることに少し驚きながら、話を続ける。


「私達はこれから何年も何十年も、このメーアバダル草原で暮らしていきたいと思っているし、鬼人族とも仲良くやっていきたいとも思っていて、揉め事を起こそうなんて気はさらさら無い。

 で……改めて考えてみたのだが、私達の間には街道の件がなくとも色々と揉め事のきっかけになりそうな『しこり』が残ってしまっているように思うんだ。

 かつての戦争の件や、この草原が誰の土地なのか、誰に所有権があるのかという件とかな。

 それでまぁ、私なりに考えてみたんだ、街道の件を含めてどうしたら良いのか、どういう解決方法があるのかと、な」


 そこで一旦言葉を切った私がゾルグの反応を伺っていると、ゾルグは


「……まずは話したいことを全部話せ、話の途中であれこれ言っても仕方ねぇだろ」


 と、真剣な表情のまま地図を睨んだまま言葉を吐き出し、そうして再び黙り込む。


「そうか……分かった。

 まぁ、私が考えつくようなことだから、そう難しい話ではないんだ。

 街道の件とそういったしこりの件を解決してくれる、一番分かりやすく一番簡単な話……この草原を私達と鬼人族達とで、半分に分けるのはどうだろうか?

 半分に分けて、それぞれがその半分を管理し、そこに住む。

 とはいえ南北とか、東西に分けてしまうと街道を敷けなくなってしまうので、私達の領分は街道と、街道の中心地、このイルク村を広げた円の形になり、それ以外が鬼人族達の領分という感じになるな」


 と、そう言って私は事前に用意しておいた街道と円の形をした紙を取り出し、それらを地図の上に乗せてから言葉を続ける。


「イメージとしてはこんな感じだ。

 こうすると鬼人族達の領分が四つに分かれてしまっているように見えるが、街道は自由に使ってもらって構わないから、行き来に不都合はないはずだ。

 で、この円と街道の紙をこう切って、こんな風に地図の片側に偏らせれば……これで大体草原の半分だということが分かってもらえると思う。

 ……まぁ、これはあくまで仮の話で、実際にどこまでをどう分けるかという細かい話は、ゲラントという空を飛べる友人に手伝って貰いながら調整するつもりだ。

 例の森の半分を得たという話の中で、森を地図通りに半分にするなんて可能なのかという話をしたのだが、空を飛びながら地図を見て空から指示を出し、指示を受けた地上の人間が指示通りに杭やらを打っていけば、概ね地図通りになってくれるらしい。

 ゲラントに頼んで正確な地図を作成し、地図上でこんな感じに紙を使って綺麗に半分に分けて、その通りに杭を打っていって、そうやって可能な限り正確に半分に分けるという感じだ」


 そこでようやくゾルグの表情が崩れていく。


 驚愕一色、お前は一体何を言っているのだと、そんなことを表情で語って来て……同席しているアルナーと、エイマとエリーを見て、お前らも同意見なのかとその視線で問いかける。


 アルナー達がそれぞれ即答と言えるタイミングで頷くと、ゾルグは一段と驚愕の色を濃くしていって、愕然という言葉では足りないような表情となってからこちらに視線を向けて来て……私はそんなゾルグにしっかりと視線を返しながら話を進める。


「元々ゾルグ達はここに住んでいた訳で、半分も持っていかれるのかという思いがあるかもしれない。

 ……そう思って私も私なりに色々と、どうにか良い解決法が無いかと考えてみたのだが、私の頭では全く思いつけなかった。

 だからもう一番簡単で、公平で、分かりやすい『半分こ』が良いのではないかという考えに至ったと、そういう訳だ。

 幸い私は公爵という立場で、領地の裁量権というものが与えられている。

 私が公爵として半分こだと言えば、それは王様がそう言ったのと同じ扱いになるとかで、今後ずっと……王国が滅ばない限りは、この草原の半分は鬼人族のもので、隠れたりせず堂々と自由にして良い土地なのだと保証されるそうだ。

 他にもまぁ、細かい話……街道で盗賊だとかを捕まえてくれたらこちらから報奨金を出すとか、野生のメーア達の為にある程度は草原を残すようにしようだとか、天災などの事情でどちらかが飼葉不足に陥ったら金で飼葉を売り買いというか、草原の草を融通し合おうという話もあるのだが……本筋としては『草原を半分こにしよう』と、それだけの話になるかな」


 そう言って話を終わらせ、ゾルグの反応を待っていると、ゾルグは驚愕一色だった表情を、苦いような硬いような、そんななんとも言えない表情に変えてから、ゆっくりと言葉を吐き出してくる。


「……まぁ、色々と言いたいことはあるが……俺が族長ならその話、悩むまでもなく受けるだろうな。

 50年経っても俺達の人数は減ったままで、一方で王国は他所と戦争をしてたってのに人数を増やし、発展し続けている。

 戦争をしたらまず勝ち目のない現状で、半分も貰えるなら十分……いや、貰い過ぎなくらいだ。

 街道だってペイジン達との行き来が盛んになると考えれば十分な利益があるし……それとまぁ、考え方次第ではその話……俺達の、草原全てを獲得しての大勝利だと考えることも出来るからなぁ。

 だってそうだろ? お前の嫁はアルナーで、お前の子供はアルナーの子供だ。

 アルナーの子供がその土地を継ぐなら、それはつまり鬼人族の血を引く鬼人族の縁者が継ぐってことになる訳で……つまりは残りの半分も鬼人族の土地ってことに―――」


 と、そんな言葉を口にする中で、ゾルグは何か気付いたことがあったらしく、ハッとした表情となって……両手を頭の後ろで組んで、背中をぐぅっと伸ばしながらため息交じりの声を漏らす。


「―――あ~……つまり族長は、最初の段階でそこまで考えてたって訳だ。

 お前……いや、ディアスとアルナーが結婚した時点で、こうなることが決まってたんだなぁ。

 そういうことなら頭の固い連中も賛成するはずだし、そうしておいて後は緩やかに時間をかけてってことか……なるほどな。

 大事なメーアを分けてやって、ユルトや食料や道具を分けてやって、俺達と同じ生活をさせてやって……俺を族長候補にしたのも納得だ。

 俺が族長になれば、長同士が縁者ってことになる訳だし、そうなったらもう同族みたいなもんじゃねぇか。

 なーにがドラゴン殺しが居ればだ、なーにが利用して取り込むだ……全部族長の手のひらの上じゃぁねーか」


 そんなことをブツブツといって、両手をぐっと上げて背伸びをし……自分の両膝をバンッと叩いてからこちらへと視線を戻し、口を開くゾルグ。


「ディアス、その公爵とかいう地位のことと、さっき言っていた裁量権とかいうやつのこと。

 それと王国の法についてを詳しく教えてくれ。

 その上で、他の細かい条件だとか約定について話し合うぞ。

 ……こうなったらせめてあのババアの度肝を抜いてやらなきゃ気が済まん!

 この俺がそこら辺の話を上手くまとめて来たとなれば、あのババアもさぞや驚いてくれるだろうよ」


 その目を力強くギラギラと輝かせながらそう言ってくるゾルグに、私は何がなんだか分からないながらも「分かった」とそう言って、頷くのだった。

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