第113話 森の中で その3


 戦斧とそこらにあった木の枝を使ってどうにか10個程の芋を掘り終えて……この芋もいくつか残した方が良いのだろうか? と、考え込んでいると、ローワンの実の収穫を終えたらしいセナイとアイハンが、私の手の中にある芋を見るなりその目をギラリと輝かせ、こちらにタタタッと駆けてくる。


 そうして芋を手にとったセナイ達は、土を綺麗に払ってから眼前に持っていってじぃっと眺めたり、匂いを嗅いだりして芋を選別していき……半分程を籠の中へと放り込んでいく。


「……それは味の良し悪しを見極めているのか?」


 と、私がそんな問いを投げかけると、セナイ達は残った芋を植える為なのか木の棒で土を掘り返しながら言葉を返してくる。


「味じゃなくて力!」

「ふえるちからが、あるか、ないか」


「増えないのは食べる! 増えるのは植える!」

「らいねんも、たべるため」


「なるほどなぁ……。

 その力のある芋を今掘り返しているところに植えるのか? 元の場所では駄目なのか?」


「元の所にも植えるけど、違う所にも植える!」

「いろいろなところに、ひろげてうえる!」


「この方がたくさん増える! 強く育つ! 木と一緒!」

「おなじところに、たくさんだとやせる、すくないとこえる!」


 そう言って芋を植える為に土を一生懸命に掘っていくセナイとアイハン。


 その様子を見た私とアルナーはお互いを見合って頷き合い、セナイ達がそう言っているのであればそうするのが一番なのだろうと一緒になって土を掘り、セナイ達の指示に従いながら芋を一つ一つ丁寧に植えていく。


 芋を植え終えて、一旦休憩しようかとなり、木の葉をかき集めてその上に、私、セナイ、アイハン、アルナーという並びで腰を下ろし、アルナーが用意してくれていた革袋入りの薬草茶で喉を潤す。


 そうやって一息ついてから……背負い籠の中から取り出したくるみを愛おしげに眺めているセナイとアイハンに声をかける。


「そう言えば先程、木がどうのと言っていたが、木も数が少ないほうがよく育つのか?」


 私のそんな問いに対してセナイとアイハンは、二人同時に小首を傾げて少しの間悩んでから声を返してくる。


「少なすぎてもダメ、多すぎてもダメ」

「ほどほどがいい、えだのすきまから、おひさまがちょっとみえるくらい」


「ふーむ。

 ……そうするとこの森は、木が多すぎるのかな」


 と、太陽どころか空すら見ることの出来ない、枝と葉だけの森の天井を見ながらそう言うと、同じく天井を見上げたセナイ達が、


「うん、これじゃぁ良い木も良い薬草も育たない、痩せた森になっちゃう」

「きのこはたくさんだけど、あんまりよくない」


 と、そんな言葉を返してくる。


「そういうことなら今度来た時は木材の調達ついでに、適当にそこら辺の木を伐ってやるとするかなぁ。

 木材と薪が手に入る上に、森が元気になると言うなら良いこと尽くめだ」


 近くの木に立てかけた戦斧を見ながら私がそう言うと、セナイとアイハンが同時に私の膝をペペンと叩き、語気を荒げる。


「適当に伐るんじゃダメ!」

「よわってるのと、じゃまなのをえらんできるの!」


「……伐って良い木と、悪い木があるのか?」


『ある!!』


 珍しく同時にそう言ったセナイとアイハンの言葉を受けて私が気圧されてしまっていると、静かに話を聞いていたアルナーから、笑い声が上がる。


「あっはっはっは!

 森の中では私だけじゃなくディアスも形無しだな!

 ……森の中ではセナイとアイハンが先生だ、二人に教わりながら伐れば良いだろう」


 アルナーのその言葉を受けてまたも『先生!!』と同時に声を上げたセナイとアイハンは、目を輝かせてにんまりとした笑顔となって……そうして先生と呼ばれたことが余程嬉しかったのか、体を左右に揺らしながら風変わりな歌を歌い始める。


『寂しがり屋さんでやっかみ屋さんの葉の王様~。

 いつも森の中を見守っている~。

 森は一度失ったら砂を呼ぶから~、大事に賢く扱って~、葉の王様を怒らせないようにしましょう~』


 両親から教わった歌なのだろうか。

 細く高い声を綺麗に合わせてなんとも楽しそうに歌い続けるセナイとアイハン。


 心ゆくまで歌を歌い、歌が一段落したらまたくるみを眺めて、眺めながら鼻歌を歌って……と、なんとも自由に休憩時間を楽しんでいく。


 そうしてそんな二人の姿をぼんやりと眺めていたアルナーが、ポツリと言葉を漏らす。


「……今頃は村でもマヤ達の織物歌が響き渡っているんだろうな」


「ん? ……ああ、エゼルバルド達が来て以来、毎日精を出してくれているようだな」


 と、私が言葉を返すと、アルナーは万感の思いを込めたというような、強く響く声を吐き出す。


「秋の終わりになるとペイジンが大きな隊商を連れてやってくる。

 なんでも向こうの国ではメーア布が高級品として取引されているとかでな、メーアがよく草を食べてよく肥える夏が終わって、質の良い毛をたっぷりと生やしてくれる秋の……冬を前にして私達が様々な物資を欲している、秋の終わりこそが取引の本番になるんだ。

 春、夏の来訪はその為の、どれだけの物資を必要としているかの様子見と……私達とメーアがちゃんと生き残っているかの確認も兼ねているんだろうな」


「……なるほど、そうだったのか」


「メーアのおかげで行商人が来てくれて、メーアのおかげで私達の今がある。

 そして所有しているメーアが多ければ多い程隊商から物資を買うことが出来るが、自らの男気を超える数になってしまうと世話をしきれず、冬をちゃんと越させてやることが出来ずに死なせてしまうことになり……それが過ぎてしまえば大罪として罰せられてしまう。

 所有するメーアの数というのはそんな風にその家の豊かさと、家長の男気に直結しているんだ。

 今年はフランシスとフランソワとその子だけで秋を迎えるものと思っていたのだがな、それがまさかあれ程までに増えてくれるとはなぁ……」


 アルナーのそんな話を聞いて、フランシス率いるイルク村のメーア達は、私が所有する家畜というか、イルク村の皆で世話をするイルク村皆の―――いや、イルク村の一員という感じなのだがなぁと、そんなことを考えていると、またも私の表情を読んだらしいアルナーが言葉を続ける。


「メーアは家畜ではなく村の仲間だと、そんなことを考えていそうだな?

 なるほど……そういう考え方もありなのかもしれないな。

 私達はこれからメーアバダルと名乗る訳だし、伯父さんがメーアの神殿を作るとか言っていたことからも家畜扱いは相応しくないだろうな。

 村の一員で、家族の一員で、神様の使いのメーア様か……ふふっ、フランシス達が聞いたらどんな顔をするだろうな」


 アルナーにそう言われて……フランシス達がするであろう顔を思い浮かべた私が笑い、同じ想像をしたらしいセナイとアイハンが笑い、そうしてアルナーが笑い……そうやって一頻りに皆で笑い合ってから「さて、もうひと頑張りするか」と、皆で一緒に立ち上がるのだった。

 

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