第105話 会談を終えて
『街道』についての話し合いを何処までも白熱させていったエルダンとエリーは、何処にどんな街道を通すかという方向に話を持っていき、そうして二人同時に頷いて立ち上がり、天幕から出て行ってしまう。
……現場を見ながら話の続きをしようと、そういうことなのだろうか。
流石に街道を通すとなったら、村の皆や鬼人族達に意見を聞く必要があり、現場を見てどうこうとかは、それからのことだろうと思うのだがなぁ……。
だからといってあそこまで白熱しているのをここで止めるのも野暮か、好きにさせておこう。
……と、そんなことを考えていると、カマロッツがお茶のおかわりを淹れたポットを持って来てくれる。
エイマ用に作ったらしいくるみの殻製の器と、私のカップにお茶を注いでくれるカマロッツを見やりながら私は、ふいに思い出したことがあり、そのことを口にする。
「そう言えばカマロッツ、以前受け取った手紙に書いてあったが、ジュウハを雇ったんだって?
……あの男を雇うとなると色々と苦労があって大変だろう?」
そう言ってカップに口をつける私に、カマロッツは笑顔になって言葉を返してくる。
「……いえいえ。
とても優秀な方で、エルダン様だけでなく、わたくしを含めた家臣一同も良い刺激と教えを受けさせて頂いております」
「確かに優秀は優秀なんだがなぁ。色々な面でだらしないからなぁ、アイツは」
「ディアス様のお言葉の通り、色々と自由に遊んでいらっしゃるようですが、それ以上にジュウハ殿の教えには価値があります。
特に戦争を嫌い、戦争を避けることを最上としているところが素晴らしい」
カマロッツのそんな言葉に対し、両手で持ったくるみ殻の器を傾けて、少しずつゆっくりとお茶を飲んでいたエイマが、顔を上げて疑問の声を上げてくる。
「ジュウハさんって、以前ディアスさんが言っていた『王国一の兵学者』を自称しているっていう昔のお仲間さんのことですよね?
えぇっと……兵学者さんなのに、戦争を嫌っているんですか?」
そう言ってこくりと首を傾げるエイマに、私は頷いてから言葉を返す。
「ああ、アイツが言うには戦争はやればやるだけ損をしてしまう、この世で最も効率の悪い、最悪の行いなんだそうだ。
武器や防具などの物資が失われるし、相応の金もかかってしまうし、何より多くの人命が失われてしまう。
勝っても負けても損をするばかりで、そんなことを繰り返しているようでは、いずれ『人の世』は衰退してしまって、モンスターの侵攻に敗北することになってしまう。
同じだけの人材と物資と金をかけて畑でも耕していた方がずっと賢くて理にかなった行いだと、口癖のように何度も何度も……うるさいくらいに口にしていたよ」
私が昔を思い出しながらそう言うと、カマロッツが補足する形で言葉を続ける。
「故にジュウハ殿は、内政を整え、経済を盛り上げ、文化を栄えさせ、十分な軍備をし、その上で外交を尽くし、戦争を避けることこそが最も優れた兵学であるとしているのです。
戦争を避けることに全力を懸けるのと、戦争そのものに全力を懸けるのと、果たしてどちらが良いのか……納得の行くお話です。
それでいて、いざ戦争が起こってしまった際のこともしっかりと考えておられますし、その戦術一つ一つの質の高さには全くもって驚かされるばかりです。
かつてはその優秀さを買われて王城に仕えていたそうですが、それがどうして野に下ることになってしまったのか……」
そう言って渋い顔になるカマロッツ。
その顔を見ながら私は、ジュウハと初めて顔を合わせた際に確かそんな話を聞かされたなと思い至り「あー」と声を上げながら古い記憶を掘り起こす。
「確かー……お偉いさん達の集まる会議で講和を主張しすぎたとかなんとか、そんな理由だったかな。
ジュウハの考え方だと戦争は、多少の損をしてでも良いから兎に角早く終わらせるべきなんだそうだ。
さっさと講和をして国力を回復させて、回復させた国力でもって損を取り返せば良いだろうってことらしい。
そういう訳で、戦争が始まった直後と、王国軍が連敗し追い詰められた際と、それから勝ち始めた時にも講和を主張していたらしいんだが……どんな戦況でも早期講和としか言わない無能と見なされたらしくてな、更には敵国と内通しているのではないかとまで疑われて、それで辞めることになってしまったんだそうだ」
私のそんな説明に対し、カマロッツは渋い顔のまま、
「なるほど、それで……」
と、そう言ってから頷いて……何やらあれこれと考え込み始める。
そうして話が一段落したのを見て、エイマは手にしていた器をテーブルの上に置いて、ものすごい勢いで今の話を記録し始める。
今の話はただの雑談であり、記録する必要は無いように思えるが……まぁエイマの好きにさせてやるかとそんなことを考えながら、長話で固くなった体を解していると、私の懐の中で、先程エルダンから渡された小箱がカタリと音を立てる。
その音を耳にして、そう言えば封筒と手紙を受け取っていたなと思い出し……まずは封筒の方から確認してみるかと懐から引っ張り出して、封蝋を剥がしてみると、折りたたまれた何枚かの手紙と小さな封筒が姿を見せる。
その小さな、やたらと分厚い紙で作られた封筒には封蝋がされておらず、中には何も書かれていない白い紙が入っているだけで……これは一体何の為の封筒なのだろうか? と首を傾げていると、そんな私の様子を見てなのか、カマロッツが声をかけてくる。
「そちらは家名を届け出る為の封筒となっております。
中の紙にディアス・なにがしといった形で名前と家名を書き、お渡しした印章でもって封蝋をしてください。
後はわたくし共に直接か、ゲラントに封筒を預けて頂ければ、責任を持って陛下の下に届けさせていただきます。
……期限は一応無いということになっていますが、それでもひと月以内にわたくし共にお届け頂ければと思います」
その言葉を受けて私は思わずといった感じで大きな声を上げてしまう。
「か、家名ってまさか、自分で考えるのか!?」
そんな声を上げた私に対し、エイマだけでなくカマロッツまでがお前は一体何を言っているんだと言わんばかりの表情と視線を向けてくる。
そうして呆れ混じりのため息を吐いたエイマが、半目になりながらこちらに言葉を投げかけてくる。
「『新たな家名を名乗る権利』を頂いたのですから、当然そういうことになりますよ。
そしてこれもまた当然のことですが『家名』ということは、ディアスさんだけでなく、アルナーさんや、セナイちゃんアイハンちゃんもその家名を名乗ることになります。
そのことを踏まえた上で、公爵家に相応しい意味の込められた素敵な家名を考えてくださいね?
子々孫々受け継いでいくものなんですから、変な家名にしないように気をつけてくださいね!」
エイマにそう言われて、お偉いさん達の方でそれらしい家名を考えてくれるものとばかり思い込んでいた私は……これは大変なことになってしまったぞと、両手で頭を抱え込んで、重い唸り声を上げるのだった。
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