第104話 エルダンとの会談 その4


 悩んだ末に私が出した結論を受けて、エルダンは、


「ディアス殿のその結論を伝えること自体は勿論構わないであるの。

 ……ただどうしてその結論に至ったのか、どうして資金も人材も必要無いとの結論に至ったのか、その理由を聞かせて欲しいであるの」


 と、そう言って……僅かにだが固い表情となる。


 私はそんなエルダンに対し、しっかりと頷いて見せてから口を開く。


「そもそもというか、なんというか……。

 その私が受け取るはずだった資金と人材が掠め取られたとかいう件、私はそんなに怒っていないというか、気にしていないというか……むしろ私は、そうなってくれて良かったとさえ思っているんだ。

 金貨を両手いっぱいに持って、大勢の人材……王国の人間を引き連れてここに来ていたなら、おそらくアルナーとは出会えていなかっただろうし、出会えていたとしても今のような関係は築けていなかっただろう。

 アルナーとの絆がなければ、イルク村も存在していなかっただろうし、エルダンとも今のような関係にはなっていなかったかもしれない。

 ……たとえその件が誰かの悪意による行いだったのだとしても、結果を見れば私にとって、それはとても幸運なことだったんだ―――」


 私が言葉を続ける中、エルダンはその眉を上へ下へと激しく動かし、私の言葉一つ一つになんとも分かりやすい反応を示してくれる。


「―――私は皆で作り上げたイルク村が好きで、イルク村に住む皆が好きで、そしてそんな皆と一緒にイルク村のこれからを作り上げ、守っていきたいと思っている。

 今まで散々エルダンに世話になっておいて、一体何を言っているんだと思われるかも知れないが……それは自分達の手でやらなければならないことだと思うんだ。

 だからまぁ、これからは貴族として、この地の領主として、金も人も自分達の力でなんとかしていきたいんだ」


 そう言って一旦言葉を切って、エイマとエリーへと視線をやると、二人は苦笑しながらもしっかりと頷いてくれる。


 私はそんな二人をじっと見つめて、頷き返してから言葉を続ける。


「そもそもの話、エルダンが公爵として忙しくなっていく中で、そちらに私達の下に来たいなんて人材は居ないのではないか?

 セドリオ達やマーフ達やシェフ達のように、領民募集の看板を見て心の底からこちらに来たいと思うのであれば勿論歓迎するが……王様がどうとかエルダンがどうとかでこちらに連れて来られるというのは可哀想な話だろう。

 資金だっていくらあっても足りなくなるのだろうし……公債なんて形をとってまで私達に気を使う必要は無い。

 ……王様だってそうだ。そんな大変な状況にあるなら私のことなんかを気にするよりも自分のことを優先して欲しいと、そう伝えて欲しい。

 ……王様には今のこの生活を手にする為のきっかけを貰った。

 ……エルダンには今まで生活が安定するまでの助力を貰った。

 それでだけでもう私は十分なんだ」


 と、私がそう言うとエルダンは難しい表情……というか困ったような表情になり「むむむむむ」と唸る。


 そうしてしばらくの間唸っていたエルダンは、ゆっくりと頷いてから言葉を返してくる。


「ディアス殿のお気持ちはよく分かったであるの。

 ……ただ、ディアス殿は二つの重大な勘違いをしてしまっているので、そこを正させてもらうであるの。

 まず一つ目……僕とディアス殿の関係は、僕が一方的な支援をしていたとかいう関係では決して無いであるの。

 そもそも既に十分過ぎる程の量のアースドラゴンの素材を頂戴しているし……他にも色々とディアス殿のおかげで得をさせて頂いているであるの。

 特に公爵位と領地の継承に関しては、父上と僕がひどく揉めてしまったという経緯もあって、陛下の承認を頂けるまでにかなりの困難を覚悟していた案件だったであるの。

 これの解決には様々な手回しや工作が必要で、相応の期間と相応の資金が必要になるはずだったというのに……それがディアス殿のおかげでこんなにあっさりと承認して頂けたであるの。

 父上が所属していた関係で大きな障害となるはずだったマイザー派が弱体化したのも、社交界に顔を出したこともない僕という存在が陛下に目をかけて頂いたのも、全てはディアス殿のおかげ……この件だけでもどれだけの大きな借りとなっているか、言葉だけでは言い尽くせない程であるの」


 そう言ってエルダンはぽんと自分の大きな腹を叩いてみせて、なんとも意味深な表情を向けてくる。


 おそらくその表情は「更にはサンジーバニーの件もある」と、そんなことを伝えようとしてのものなのだろう。


「そして勘違い二つ目は公債の件についてであるの。

 これについては僕も王様も損をしない話なので安心して欲しいであるの。

 公債……つまり国への貸し付けは、持っていればいるほど、貴族としての格が上がるというか、国内における発言権が増すという性格を持っているであるの。

 僕はディアス殿の支援をした分だけ公債という名の発言権を得られるので損は無く、陛下も僕という味方の発言権が増える上に、返済を求められることの無い名ばかり公債が増えるだけなので損は無いという訳であるの。

 ある程度の上限が定められているため無制限にという訳にはいかないものの……既に十分な資金を用意しているのでディアス殿が心配や遠慮をする必要は無いであるの!」

 

 そう言って今度は大きな笑顔を見せてくるエルダン。


 私はそれらのエルダンの言葉を呑み込んで、その意味を懸命に理解しようとして……先程のエルダンのように「むむむ」と唸る。


 そうして懸命に頭を働かせて……全ては私が考えすぎたが故の「空回り」だったのか? と、そう思い至った―――その瞬間、隣の席のエリーから大きな声が上がる。


「お父様のイルク村を自分達の力で大きくしたいという想い!

 そしてカスデクス公のお父様を支援したいという想い! どちらの想いにも応えられる素晴らしい案が私にあるわ!

 それはすなわち「道」よ!

 カスデクス公? 貴方の大きな馬車でここまで来るのは大変だったのではなくて?

 領境には森がある上、この草原も馬車で進むのに適しているとは言い難いわよね!

 そこで私は、カスデクス領の最寄りの都市とイルク村を繋ぐ大きな街道を造ることを提案するわ!

 途中に井戸付き屋根付きの休憩所や、警備用の詰め所も作って……あ、隊商宿も欲しいわね。

 道は全ての基本よ! 道さえあればお金も人材も私達だけでもどうとでも出来るわ! 

 道を作るだけならお父様の想いには反しないし、その上、立派な街道の敷設にはとんでもないお金がかかるから公債の件もこれで解決よ! どうかしら!!」


 ぐっと拳を握り、その目を爛々と輝かせたエリーに、エルダンが、


「確かにその通りであるの! 

 街道があれば物や人の流れが自然と出来上がるのは勿論のこと、僕も遊びに来やすくなるであるの!」


 と、同様にぐっと拳を握った上で言葉を返して……そうして二人はどんな街道を造るか、どの街とイルク村を繋ぐかといった話を、それがさも決定事項であるかのように凄まじい勢いで話し合い始める。


 そんな二人の勢いというか、言葉の量の多さに圧倒されてしまって、私が何も言えなくなってしまっていると、そんな私の手元にトトトッと歩いてきたエイマが、口元をその両手で隠しながら「うふふ」と笑って、声をかけてくる。


「ちょっとだけ空回っちゃいましたね。

 でも、とっても格好良かったですよ。なんて言いますか……ディアスさんらしい感じがして良かったです。

 皆と一緒に頑張っていきたいという想いと、イルク村と皆が好きだっていう想いを……こういう場でしっかりと言葉にしてくれたこと、領民の一人として嬉しく思います。

 ディアスさんがこれからどうしたいと想っているのか、皆のことをどう想っているのかを聞く機会って今までありませんでしたからね……皆さんもきっと、この話を聞いたら喜んでくれるに違いありません!」


 そう言って、先程の私の発言をまとめてあるらしい紙束を両手で掲げて見せてくるエイマ。


 恥ずかしいから皆には見せないでくれと言ってもきっと無駄なのだろうなぁ……。

 

 と、そんなことを考えて溜め息を吐いた私は、ちょうど良いタイミングで人数分のお茶を淹れて来てくれたカマロッツからカップを受け取り……その中身を一気に飲み干すのだった。

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