第91話 ゾルグという男
アルナーの兄、ゾルグ。
アルナーが男になったらこんな感じになるのではないかという程にアルナーによく似た、アルナーの実家の長子。
アルナーの真似なのか複雑に編み込んだ上で首の後ろで一つに縛った長い銀の髪に、立派な青い角に、その真っ赤な瞳もアルナーによく似ている。
そんなゾルグとアルナーの仲は……なんと言ったら良いのか。
ゾルグはアルナーを深く愛しているが、アルナーはゾルグを酷く嫌っているという、そんな微妙な関係であるらしい。
アルナーがゾルグを嫌っている理由は単純明快、ゾルグに男気が無いからだ。
ただ男気が無いだけならまだしも、ゾルグは意中の女性に貢ぐ為に家族の財にまで手を出していたのだそうで……そのせいで大変な思いをすることになったアルナーがゾルグを嫌うようになってしまったのは仕方のないことだろう。
むしろよく嫌うだけで済ませていたなと思ってしまう訳だが……そこら辺は家族としての情があっての事なのだろうなぁ。
……ここに来たばかりの私に対するアルナーの厳しい態度と、男気を見せてからの打って変わった態度は、もしかしたら鬼人族の価値観以上にゾルグという兄の存在が影響していたのかもしれない。
そしてそんなゾルグだが……ここに来た目的は悪徳領主から、つまりは私からアルナーを取り戻す為、なのだそうだ。
遠出から帰って来てみれば、実家の様子は様変わりしていて、最愛の妹の姿が何処にも見当たらない。
慌てて両親に事情を聞いてみれば、妹はよりにもよって憎き王国の、親子かと思う程に歳の離れた領主に嫁いだとのこと。
それを聞いたゾルグは、さてはこの生活の為に、金の為に妹を売り払ったなと激しく憤ったらしい。
あの聡明なアルナーがそんな結婚を受け入れるはずが無いので、アルナーはきっと騙されているのだと、そんな風に思い込んでしまって……後はもう両親の言葉にも、弟妹達の言葉にも一切耳を貸さず、感情の赴くままに実家を飛び出して来てしまったのだそうだ。
他の村人からアルナーの居場所、イルク村のある場所を聞き出し……そうしてゾルグはここまで駆けて来て、アルナーを見つけるなりその思いをそのまま口に出してしまった。
『アルナー! 助けに来てやったぞ!
ああ、ああ、言わなくても分かっている! 家が貧しいからって、ここの悪徳領主に付け入られてしまったんだろう!
親かと思う程の年上の王国の領主が結婚相手だなんて、可哀想に……。
いや、お前は何も悪くないぞ! 悪い輩に騙されてしまったのだから仕方ない!
安心しろアルナー! 俺がお前を守ってやる! おのれ悪徳領主め……俺が居ない間によくも好き勝手やってくれたな!!』
しかし父親でも無ければ、家長候補ですらないゾルグにアルナーの現状をどうこうする権利も、決定権も無いのだそうで……その上、ある種の侮辱とも取れるそんな言葉を投げかけられてしまって、色々と積もり積もっていたものがあったアルナーはついに怒りを抑えきれなくなってしまい、それでゾルグに飛びかかってしまったのだそうだ。
ゾルグとしてはアルナーの為に、アルナーを窮地から救い出す為にしたことだったので、まさか怒られるとは夢にも思っていなかったのだそうで……それで先程のように話を聞いて欲しいと必死に訴えていた……と、そういう事らしい。
アルナーを落ち着かせて、ゾルグをどうにかこうにか宥めて落ち着かせて……そうして二人からそんな話を聞いた訳だが……なるほど、確かにこれはエリーの言う通り兄妹喧嘩だな。
しかしまぁ、そういう事であるならば話は早い。
今のこの生活がアルナーが望んだ結果なのだという事と、ここでアルナーがどんな暮らしをしているかをゾルグに分かって貰えば、それで話は収まるはずだ。
そう思って私……から言っても説得力が無さそうなので、アルナーからそこら辺の話をしてもらった……のだが、地面に座り込んだゾルグは不貞腐れた顔を作り出し、その顔をアルナーから逸らして黙り込んでしまう。
アルナーの言葉を疑っている……という訳でも無さそうだが、これは一体? と私が首を傾げていると、エリーから声が上がる。
「……まさかアナタ、嫉妬しているの? お父様に?」
私の肩に手を置いたエリーのそんな一言に、私がまさかという顔をし、アルナーがなんとも厭そうな顔をする中、慌てた様子のゾルグから大声が上がる。
「馬鹿なことを言うな! 妹の結婚相手に嫉妬などする訳が無いだろう!?
お、俺はただ、あまりの突然の事に……あのアルナーに想い人が出来てしまったという事に……お、驚いてしまっているだけだ。
ようやく遠征から帰って来れたというのに、アルナーが家から居なくなってしまうなんて……。
結婚相手にしても俺が良い相手を見つけてやろうと考えていたのに……それがよりにもよって村の外の人間とだなんて……」
大声を上げたかと思えば、急に小声になって言い淀むゾルグ。
そんなゾルグの言葉と態度に私とアルナーが唖然としてしまっていると、エリーから更に声が上がる。
「アナタ、そこまで妹のことが好きなのに、なんだってまたお家のお金の使い込みなんかしちゃったのよ?
そもそもそれが無ければお父様とアルナーちゃんが結婚することも無かったのかも知れないのよ?
そ・れ・に、今まで散々弟妹達を苦しめていた男が、今更そんなことを言った所で白々しいだけよ?」
淡々としながらもかなりの厳しさを含んだエリーの声に、周囲の犬人族から「そうだそうだ!」と、賛同の声が上がる。
家族との繋がりを、家族そのものを何より大事だと考える犬人族としては、ゾルグの行いは到底許せないことなのだろう。
「……確かに、そのことについては悪かったと思っている。
今更言ってもしょうがないことだとは分かっているが……すまなかった、アルナー」
意外にも殊勝なゾルグのそんな謝罪に対し、アルナーは怒りの表情を浮かべながら大声を張り上げる。
「本当に今更だな!!
私や父母が散々止めろと言っても、族長にまで言われても止めなかったくせに今更何だと言うのだ!!」
するとゾルグはガバッと立ち上がり、アルナーに負けない程の大声を上げ返す。
「びょ、病気だと言われたんだ!
だから金が必要だと……! 後で絶対に返すとも!!
魂鑑定も青だったのに……なのになんで……」
そんなゾルグの様子を見てハッとした表情になったアルナーは、その表情を冷たいものへと変えていく。
「さてはお前! 例の女に逃げられたな……!
それ見たことか! やはり詐欺だったのでは無いか!
あれ程……あれ程散々騙されていると、そう言ったのにお前というやつは……!!」
「あ、青だったんだ、確かにあの娘は青だったんだ!!」
そうやってアルナーとゾルグが言い合う中、私はふと気になってしまったことを聞こうと口を開く。
兄妹の言い合いに口を挟むべきでは無いのかも知れないが……しかしこれは確かめておく必要がある事だろう。
「アルナー、魂鑑定の結果が青の相手に騙されるなんて、そんな事があり得るのか?
悪意があれば、結果は赤くなるのだろう?」
「……ディアス。
魂鑑定も所詮は魔法の一つでしか無いんだ、それが魔法である以上防ぐ方法も誤魔化す方法も存在している。
魔法を防ぐ呪具などで弾かれることもあるし……相手がより強い魔力を持っているだとか、魔法を使う者としてより優れていれば、当然結果は間違ったものになることだろう。
……魂鑑定はその事を踏まえた上で、慎重に使わないとゾルグのように……こいつのようになってしまう魔法なんだ。
ただでさえこいつは生まれ付きの魔力が少ないというのに……」
「……なるほど、そういうものなのか」
「ああ。
ディアスのように魔力を全く持っていないだとか、クラウスや犬人族達、ペイジン達のように魔力を扱う腕前の無い相手であれば間違った結果が出ることはまず無いだろう。
あるいは魔力や腕前を持っている相手であっても、隠蔽魔法中に使うだとか、不意を打って使えば正しい結果になるはずだ。
そもそも魂鑑定のことを知られていなければ防がれたり、結果を誤魔化されたりする心配をする必要は無い。
そういった事を踏まえた上で、相手のことをよく観察した上で使ってこその魂鑑定魔法なんだ。
……それとあれだ、アイサのように私以上の魔力と腕前を持っていながら、こちらの意図を察して、一切の抵抗をせず好きにさせてくれる相手も……まぁ、たまにだが居るかな。
……アイサは驚く程の真っ青だったよ」
突然出て来たアイサの名前に私がまさかアイサがと驚いてしまっていると、ずいと身を乗り出して来たエリーから声が上がる。
「つまり、お兄さんは鬼人族の魔法に詳しい相手に騙されちゃったと、そういうことね?
そういう相手って多いものなの?」
「さてな。
遠征班が何処で活動しているかまでは私も知らないんだ。
だがまぁ、ある程度の腕前を持っていて、鬼人族とある程度の交流がある相手であれば、看破する者が居てもおかしくはないだろう。
……だからこそ慎重に使う必要のある魔法なのだが……それをこいつは……」
そう言ってアルナーがゾルグを睨み、自然とその場に居た全員の視線がゾルグへと集まる。
そんな視線の中でゾルグは、その身を小さくしながら何を思っているのか、ぐううと唸り声を上げるのだった。
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