第89話 アルナーの家族 その1


 セナイとアイハンと一緒に生まれたてのガチョウのヒナの可愛さを堪能し……心行くまで堪能し、そうして私はセナイ達と別れて倉庫へとやって来ていた。


 イーライ達の持って来た土産やらメーアの長決めの際の宴やらと、物の出し入れが激しい倉庫は汚れやすく、傷みやすいので定期的な掃除と手入れが欠かせないのだ。


 エリック……いや、エリーが言うには、これからのことを考えればもっとしっかりとした、レンガ造りや石造りの倉庫を作るべき、とのことなのだが……木材ならばともかく、倉庫規模のレンガや石となると、入手や運搬にかかる手間だとかが問題なんだよなぁ。


 エルダンに頼んで、いくらかの金貨を払えば作って貰えそうではあるのだが……うぅむ、そこまでの面倒をかけてしまうって良いものだろうか。


 竈場や厠の件に加えて、つい先日ギルドの件でも便宜を図ってくれるようにと頼んだばかりなのもあって、どうにも躊躇われてしまう。


 ……と、そんなことを考えながら倉庫内の荷物の整理や掃除を進めていると、生気に満ちた笑みを浮かべたクラウスがやって来る。


 結婚式以来、クラウスは食事の最中でさえもその笑顔を絶やしたことが無い。

 いつでもどこでもニコニコと笑顔で過ごしていて、寝ている時ですら笑顔なのではないかと、そう思ってしまう程だ。


 常に笑顔で、常に幸せそうで……そんなクラウスを見ているだけでこちらまで幸せな気分になってしまうな。


「ディアス様、お一人で掃除だなんて水臭い!

 ちょうど手が空いた所ですし、俺もお手伝いしますよ!」


 笑顔のままそう言って私の作業を手伝い始めるクラウス。


 ただ笑顔なだけでなく幸せそうなだけでなく、最近のクラウスはやる気にも満ち溢れていて、その働きぶりは凄まじいの一言だ。


 それは働きすぎなのではと思えてしまう程で……私はクラウスに負担をかけまいとあえて声をかけなかったのだが……まさかクラウスの方からやって来てしまうとはなぁ。

 

 ……これはもうクラウスに負担をかけないように、私の方で頑張って、手早く作業を終わらせるしかないか。

 

 そうして私が奮闘する中、クラウスはなんとも楽しそうに箒を振るい、鼻歌まで歌い始める。


 なんともテンポの良い、明るいクラウスの鼻歌が響く中、私は懸命に作業を進めて……そうやって一通りの作業が終わった頃に、クラウスがなんとも楽しげに弾ませた声をかけてくる。


「そう言えばディアス様。

 自分達の式を終えてみて……ふと気になったんですけど、ディアス様とアルナー様の結婚式って一体どんな感じだったんですか?

 鬼人族の村では盛大に祝われたんでしょう?

 当然、王国式の……俺達の式とは全然違う様式だったんですよね?」


「あー……まぁ、そうだなぁ、盛大だったな。

 鬼人族達の結婚式は、その家の裕福さや結納の品の価値なんかで規模と形式が変わるものらしいのだが……何しろ私の結納品がアースドラゴンの素材だったからなぁ、一番盛大な形になったんだ。

 アルナーの……ドレスというか、結婚用の服も随分とこう、分厚い豪華な刺繍のされたものを何枚も、埋もれてしまうくらいに重ね着して……ああ、それと角に金糸で刺繍をした派手な布をかけていたな。

 その上、宝石もこれでもかと付けていて……座っているだけでも大変そうだったなぁ」


 私はクラウスにそう言って、アルナーと婚約した……あの時のことを思い返しながら説明していく。



 いきなり結婚だ、婚約だと言われて……何がなんだか分からないうちに人が集まり物が集まり、会場となった広場に布が敷き詰められ、そこに豪華な料理達が並べられていって……私とアルナーが座る一段と高い席が作られ、そこに座るように指示されて……。


 その席にそれなりに着飾った私と、がっちりと着飾ったアルナーが座り、すぐ側にアルナーの父母と三人の弟妹達が、会場の中央にモールが座り……そうして気が付けば村中の鬼人族達が会場のあちこちに座っていて、アルナーの家の代表の……アルナーの一番下の弟、十歳のルフラが式の始まりを告げる、いくつもの芋を付けた蔓を模した木彫りの杖を私の下へと持って来て―――。


「え? 十歳の子供が家の代表なんですか?

 父親とか、長子では無く?」


 ―――と、説明の途中でそんな声を上げるクラウス。

 ああ、そうか。クラウスは知らないのだったな。


「鬼人族は末子相続の文化なんだよ。

 流石に十歳に家を仕切らせはしないが、儀式だとか結婚式の場では末子が代表を務めることになっているんだ。

 一番若い未来のある末子が家を継ぎ、経験と知識のある兄姉がそれを守り、支える。

 末子を支えた兄姉は他の家の者と結婚し、縁を繋ぐことで家を豊かにしていく……と、そういう文化なんだそうだ」


 私がそう言うとクラウスは、なるほどと頷いてから言葉を返してくる。


「末子相続ですか。

 そう言われてみると、確かに理にかなっているように思えますね。

 ……えーっと、それで芋の蔓の杖、ですか?」


「ああ、芋はこう……ポンポン増えて、蔓に連なるだろう?

 その様子から子沢山をもたらすとかそんな意味があるんだそうだ。

 とはいえ、ここでは蔓付きの芋なんて早々手に入らないから、それを模した杖を使うんだ。

 その杖を私が受け取り、皆に見えるように掲げてからアルナーに渡し、それを合図に式が始まる……と、そんな感じだな。

 式が始まったら後はもう食べて飲んで、歌って踊っての大騒ぎだな。

 私がアースドラゴンを倒した際の再現演劇まで始まって、夜遅くまで騒ぎに騒いで、私とアルナーが新婚夫婦用のユルトに入っていって……と、それで終わりだったな」


「はぁー……なるほど。

 そういう形の結婚式も悪くないですね。

 特に演劇は良いアイデアだと思います、次の機会があったらうちでもやりたいですね」


「おいおい……勘弁してくれ。

 あの時でさえ恥ずかしくて死にそうだったというのに、うちでそんなことをやられたら―――」


 と、そんな私の言葉を遮る形で、シェップ氏族の若者が慌てた様子で倉庫の中に駆け込んでくる。


「た、大変です!

 変な角の人が突然やってきて、アルナー様は何処だとか、アルナー様をお家に連れて帰るとか叫んで……そしてその人にアルナー様が襲いかかっちゃいました!

 なんかもうボコボコって感じなんですが、どうしましょう!?」


 そう言ってあわあわと両手を振り回す若者を見ながら、私は何事だと訝しがる。


 角……というと、鬼人族なのだろうが、鬼人族が一体なんでまた? アルナーを連れて帰る? 実家の方で何かあったのか?


 それに事情がどうあれ、アルナーが鬼人族に襲いかかるというのも解せない話だ。


 ふーむ……?


 と、顎を撫でながらそんな風に考え込んでいると、クラウスが声を上げる。


「ディアス様! 兎に角まずは現場に行きましょう!

 考えるのはそれからでも!」


 そんなクラウスの言葉に、それもそうだなと頷いた私は、クラウスと若者と共に、アルナー達が居るという方へと駆けていくのだった。


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