第88話 エリーとアルナー その2
アルナーちゃんと一緒にガチョウの卵を茹でて、そのままお夕食の準備をして……準備を終えての休憩時間。
傾き始めたお日様を眺めながら、さて、どうしようかしら……と、ぼんやりしているとアルナーちゃんが弓と矢筒を手にユルトから出て来て、適当な木材を地面に突き立てて的にしてのお稽古をし始める。
ああやって家事の合間を見つけては、毎日欠かさずお稽古しているっていうんだから偉いわよねぇ。
テンポ良くガッガッと矢を的に命中させていくアルナーちゃんのお稽古。
命中率が良いのと、型がとても綺麗なのもあって見ていて気持ち良いわ。
……っていうか、アルナーちゃんのあの弓……あれってショートボウよね?
ショートボウなのになんであんなに威力が高いのかしら? 木材が矢を受けきれずにボロボロになっちゃっているじゃないの。
「ねぇねぇアルナーちゃん、その弓ってなんでそんなに威力が高いの?」
アルナーちゃんの側に駆け寄りながら私がそう尋ねると、アルナーちゃんは木材にトドメとなる一撃を放って……そうしてから私にその弓を見せてくれる。
「以前ディアスやクラウスにも似たようなことを言われたよ。
威力の理由は作り方と素材のおかげだろうな。
私達の弓と王国の弓ではその使い方はもちろん、作り方も素材も全くの別物であるようだ」
そんなアルナーちゃんの言葉を頭に入れながらその弓をよーく見てみると……あらやだ、何これ。
「これって……何かの骨? いえ、角かしら?
薄い木材を中心に骨とか角を貼り付けて……ん? んんん? さてはこれ、部分部分で使う素材を変えているのね……!」
「その通りだ。
……見ただけでよくそこまで分かったな」
感心した声でそう言ってくれたアルナーちゃんは、手にした弓を指でそっと撫でながら、弓の作り方についての説明をし始める。
「王国の弓は一本の木を素材にして作るそうだが……私達の弓の作り方では木はただの土台だな。
薄く削った木を土台にして引いた際に伸びる側に動物の腱だとかの柔らかい素材、縮む側に角や骨などの硬い素材を膠(にかわ)で貼り付けて……その家それぞれの伝統の形に整えて、持ち手や弦をかける部分をそれぞれに合った素材で補強するんだ。
すると弓を引く際、放つ際にそれらの素材達がそれぞれの特徴でもって力を発揮し、威力を補強してくれる……という訳だ。
使う者の力、体格に合わせて使う素材を変えたり、形を変えたりする時もあるし……その作り手によってもどんな素材を使うか、どんな形に仕上げるかが変わってくることもあるな。
私達は馬上で弓を射ることが多いので、馬上での取り回しを考えて小さく作り、それでいて威力が出るように工夫するようになって……その結果こういう形になったのだと聞いている」
そこで一旦説明を終えたアルナーちゃんは「試しに一度引いてみろ」と私にその弓を差し出してくる。
そこまでの手間をかけて作ったこの弓、一体どんなものなのかしらとワクワクしながら受け取って、早速引いてみようとする……けども、
「な、何これ、硬すぎて全く引けないじゃないの!?」
あまりの硬さに思わずそんな声を上げてしまうわ。
いや、ほんと何これ、こんなのどうやったら引けるのよ。
私……アルナーちゃんよりかなり体格が良いし、力もあるつもりだったけど……も、もしかしてアルナーちゃんの方が力持ち……?
「まぁ、普通はそうだろうな。
これを手にしていきなり引くことが出来たのはディアスくらいのものだ。
……その弓にはアースドラゴンの素材が使われていてな、引く際に魔力を込めないとダメなんだ」
「な、なるほど……力で引くんじゃなくて、魔力で引く感じなのね」
アルナーちゃんが言うには、ドラゴンを始めとした高位のモンスターは、その皮や甲羅だけでなくその筋肉や腱までもが異様な硬さを誇っているのだそうよ。
筋肉や腱がそんなに硬くて一体どうやって動いているのかというと、その答えが魔力なんだって。
一定量の魔力を流すことで硬さがほぐれて動けるようになると、そういうことらしいわ。
その特性は素材になっても変わらないんだそうで……魔力を込めて引いて、矢を放つ際に魔力を抜く。
そうすることであの威力が発揮されると、そういうことらしいわ。
後は無闇に力を込めて引くんじゃなくて……どの部分にどんな素材が使われているかを頭に入れて、その素材の硬さや特徴をよく考えて、弓全体に上手く力が行き渡るように引くと上手くいく……そうなのだけど、うぅん、それってかなり難しいことのような気がするわね。
というかお馬さんに乗りながら魔力を込めて、そんなことも考えて……その上、獲物に狙いを付けて射るってこと? そ、そんなのって……、
「普通に無理じゃない? それ??」
アルナーちゃんの説明を受けての私のそんな一言に、アルナーちゃんはふふっと小さい笑いを零しながら言葉を返してくる。
「ディアスと全く同じことを言うんだな。
……まぁ、練習が必要なのは確かだが、言う程難しいことでも無い。
セナイとアイハンは馬上弓を始めて……確か五日程で空を飛ぶ鳥を射落としていたぞ」
「……いやー、それはあの子達が特別なんだと思うわよ。
あの子達の弓のお稽古、何度か見たことあるけれど……風を利用して矢の軌道をかくんと曲げたり、お空に向かって放った矢をかくんと落として的の真上に落としたりと、無茶苦茶なことしていたわよ?
まだまだ子供の力だから威力の方は大したことなかったけど、あの技の冴え……末恐ろしいったら無いわね」
「確かにあの二人には特別な才能があるが……馬上弓に関しては私や鬼人族の子供達でも出来ることだから、難しくないというのは本当の事だ。
エリーも今度練習してみると良い、馬上弓が上手ければ獲物が取り放題だぞ」
「いやー……私はそういうのは良いかなーって。
一応護身術の心得はあるんだけど、それも二流が良い所だから……きっと弓も上達しないと思うわ。
私としては戦いになる前に、知恵と口でなんとかする方を頑張っていきたい所ね」
「……そうか。
試作のこの弓が上手くいったから、いくつかの弓を作ってみているのだが……使い手の方が中々揃わないな」
とても残念そうにそう言うアルナーちゃん。
……っていうか、これで試作なの? この威力で試作品なの?
「……ちなみにその作っている弓って、これよりも威力が高かったりするの?」
思わず私がそんなことを聞くと、アルナーちゃんは大きく頷いてから言葉を返してくる。
「それは当然だろう。
本来弓というのは、材料の準備や成形、膠の貼り付けなど……大体一年くらいの時をかけて作るものだ。
そうやって作った弓の威力は、こんなにわか作りの弓とは比べ物にならないぞ」
こ、これと比べ物にならないって……一体どんな化物弓を作っちゃっているのよ。
鉄の鎧なんか簡単に貫通しちゃうんでしょうし、しかも馬で駆けながらそれを射ってくるって……お、恐ろしいったら無いわねぇ。
と、そんなことを考えていると、遠くの……村の西の方から、全く聞き覚えのない男の人の叫び声が響いてくる。
『アルナー! 何処だぁぁぁぁぁ!』
そんな声を聞くなり私は何事かしらと首を傾げちゃう。
余所者……にしては変ね?
アルナーちゃんの魔法にも、犬人ちゃんの警戒網にも引っかからないなんて……。
それに余所者がアルナーちゃんの名前を知っているというのも変な話だし……そうすると鬼人族の村の人、かしら?
『アルナー! 出てこぉぉぃ!!』
またも響いてくる男の人の声。
それを聞いてアルナーちゃんは凄い表情をしながら、
「チッ……生きて戻ったのか。
獣にでも食われ死ねばよかったものを……」
なんて、今までに聞いたことのない低い声を、今までに見たことの無い態度で吐き捨てちゃうわ。
……その様子からこの声の主が誰なのか、なんとなーく分かっちゃったわねぇ。
さっきの話に出た例のあの人が、何の目的だか知らないけどやって来ちゃったって感じかしら。
そうだとするとなんとも扱いに困るというか……さてさて、どうしたものかしらねぇ……。
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