第84話 子供達


 メーアの長決めが無事に終わり……翌日。


 朝食を終えて日課を終えて、私は新しいユルトの建設に精を出していた。


 建てる場所は私達のユルトのすぐ隣。


 そのユルトと私達のユルトとの間に通路のような物を作って繋ぎ、自由に行き来が出来る形になる予定だ。


 その新しいユルトにはエゼルバルドと妻達が住むことになっている。


 エゼルバルド達の仲睦まじい様子を見るに、そう遠くないうちに子供が出来るだろうし、今のうちにこうしておいた方が後々面倒が無いだろうとのアルナーからの意見があり、ならばそうしようと早速建て始めたという訳だ。


 ……こういう改造というか改築というか、増築が手軽に出来るのはユルトの優れた点だと思う。


 そうして一人で黙々と作業を進めていると……何か話でもあるのか渋い顔をしたイーライがこちらへとやって来る。


「……どうした?」


 と、私が声を掛けるとイーライは頭をガシガシと掻いてから声を返してくる。


「あー……兄貴。

 俺達、そろそろ家に帰ろうかと思うんだ。

 兄貴の無事を確認出来たし、土産も渡したし……もうそろそろかなってさ。

 これ以上長居すると、アイサの奴が妹達と……セナイとアイハンと一緒に居たい、離れたくないって、我儘言い出しそうだしさ……」


「ん……そうか。

 分かった、皆にも伝えておくよ」


 作業の手を進めながら私がそう言うと、イーライは意外そうな顔をし、しばし硬直し……そうしてから口を固く開く。


「少しは引き留められるかなって、思ってたんだけどな……」

 

 そんなイーライの言葉に、私は作業の手を止め、ユルトの資材をそっと置いて……そうしてからイーライの頭を鷲掴みにし、ガシガシと撫でてやりながら言葉を返す。


「……イーライ。

 お前にはお前の家と仕事があるのだから、そこに帰るのは当たり前のことだろう。

 子供が立派に独り立ちして、商売までしているっていうのに、どうして私が……親がそれを引き留めるんだ?

 お前も、もう良い大人なんだ……もしもお前が家も仕事も責任も全部投げ出して、ここに残りたいなんて言い出していたら、一切の手加減も容赦も無しで叱り飛ばしていた所だぞ」


 そう言ってガシガシとグリグリと強めに撫でてやると……私の腕に振り回されながらイーライが、


「あー……この歳になってそれは流石に嫌だな」


 なんて言葉を漏らす。


「私はお前達が何歳になってもお前達の親であり続けるし、何かあればお前達が何歳だろうと親として叱り飛ばすつもりでいるからな。

 覚悟しておけよ」


「あー……うん。

 流石兄貴だ……」


 そんなイーライとの会話の途中で、私は物陰に隠れてこちらに視線を送って来ている一つの気配に気付く。


 そしてそれが誰であるのかをなんとなく察した私は……口を大きく開き、大きな声でもって言葉を続ける。


「私がエリックの想いに応えないのは……応えるつもりが無いのは私がお前達の親であり続ける為なんだよ。

 エリックに限った話ではなく、他の誰かであっても……アイサだろうと他の子だろうと、その想いに応えてしまったら最後、私はその子の親ではなくなってしまうからな。

 ……そしてそれはお前達から私という親を奪ってしまうのと同じことだと私は考えている。

 だからお前達の為にも……セナイとアイハンの為にも、そんなことは絶対に出来ないし、するつもりも毛頭無いんだ」


 そんな私の言葉に、イーライが急に何を? と訝しがって……そして物陰からぐひんと誰かが鼻をすする声というか音というか、が聞こえてくる。


 それを受けてイーライは状況を察したという顔になり、半目で「あー……」と言葉を漏らす。


 そしてしばらくの間、ぐひんぐひんと物陰から音をさせていたそれは……ついに我慢出来なくなったのか、大きな声で泣き喚きながらこちらに駆け寄ってくる。


「お父様ぁぁぁぁあ!! お父様ぁぁぁぁぁぁああ!!」


 これまで出していた高い声とは全く別の……恐らくは地声なのだろう、太い声でそう泣き喚くエリックを受け止めた私は、イーライにそうしたように頭を掴んで撫で回す。


「……まぁ、あれだ。

 アルナーから聞いた話だと鬼人族の村では、エリックのような魂の形でもそれぞれ良い人を見つけて幸せに暮らしているそうだから、エリックもそういう相手を見つけたら良い。何かあったら相談くらいなら乗ってやるさ。

 ……まぁ、私に相談するくらいならアルナーに相談した方が良いとは思うがな」


 そんな言葉をかけながら、ようやく私のことを以前のようにお父様と呼んだエリックの頭を撫で回していると……騒ぎを聞きつけたのか、セナイとアイハンを連れたアイサがこちらへとやって来て、何も言わずに撫でろと言わんばかりにその頭を押し付けてくる。


 アイサがそうしたのを見てか、セナイもアイハンも真似をし始めてしまって……そうして私は、私の子供達の頭を、それぞれが満足するまで撫で回し続ける羽目になってしまったのだった。




 そんな騒動がありつつ、子供達の手を借りつつ……新しいユルトは無事に完成となった。


 今までに無かった通路を作る必要があるとはいえ、基本的には普通のユルトと同じ作り方で進められるので、苦戦することも無く、時間がかかるということも無く……子供達の手助けがあったおかげもあってかなり楽に、思っていたよりもかなり早く作業を終えることが出来た。


 そうして出来上がったユルトの側に腰を下ろし、子供達と一塊になって身体を休めていると……エゼルバルド達と一緒に散歩に出ていたベン伯父さんが、エゼルバルド達を連れてこちらへと歩いてくる。


「なんだぁ? いつの間にやら大所帯だな」


「……色々と話をしていたので」


 やってくるなりそんなことを言ってくる伯父さんに、そんな言葉を返し……そして雑談も兼ねて何があったかを話していると、側で話を聞いていたセナイとアイハンが、イーライ達が帰ってしまうと知って、その顔をぐにぐにと歪め始める。


 するとすかさず伯父さんがそんなセナイ達の前に膝をついて二人の頭を優しく撫で始める。


「今生の別れって訳じゃねぇんだから泣くな泣くな。

 儂はここに残るし、エゼルバルド達もいるんだ、寂しいことなんてなんも無いんだぞ」


 と、そんなことを言ってセナイ達を宥める伯父さんに……私は黙っていられず言葉を返してしまう。


「神殿の方は良いの―――よろしいので……?」


「んな風に言葉を選ぶくらいなら、普通に話せ、普通に。

 ……儂はもう神殿には戻らねぇぞ。

 古道だなんだも全部無駄になっちまったことだし……余生はここで羊っ子の世話をして過ごすと決めた。

 そのついでにディアス、お前が馬鹿をしないかもしっかりと見張っといてやるよ」


 伯父さんのそんな言葉に私がなんとも言えず苦い顔をしていると、そこにエリックがずいと顔を突き出し、会話に割り込んでくる。


「あ、私もここに残るわよ。

 お店もお家もぜーんぶ人に譲っちゃって、今更あっちに帰ったって何も残ってないからね。

 ……それにこの村、口の回る人が少なすぎて放っておけないんだもの。

 今後は私が交渉を担当するから任せて頂戴な!

 頭のお硬い連中相手に、この見た目で商売をしていたのは伊達じゃないってとこ、見せてあげる!」


 堂々と、あるいは楽しげにそんなことを言うエリックを見て、さてどう叱ったものかと私が頭を悩ませていると……伯父さんとエリックがイルク村に残る事が余程に嬉しいのか、笑顔になったセナイとアイハンが、わいわいと元気に声を上げ始めてしまう。



 そんなセナイ達の様子を見て私は、今ここでエリックを叱ることを諦めながらも……後でしっかりと時間と場を用意した上で、エリックを叱ってやらねばと心に決めるのだった。


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