第83話 決着


「メァメァメァメァ~~~メァメァ」


「メッメッメッメァーーメアッ」


 フランシスと大柄なメーアの戦いは予想していた通り、とても長い戦いとなった。


 両者共に一歩も譲らず……恐らくは本人達が思っていた以上に長い戦いとなってしまっているのだろう。


 長く歌い続けた為に両者共にすっかりと疲弊してしまっていて……段々と声が伸びなくなってしまって、声量が小さくなってしまって……それでもフランシスと大柄なメーアは歌うのを止めようとしない。


 そして……そんな戦いを真剣な目で見つめ続けるフランソワとメーア達。


 フランソワ達は未だにどちらを長にするか、勝者にするのか、決められずにいるようだ。


 そこに一体どんな理由があるのか。

 それがどんな理由であるにせよ、フランソワ達が真面目に真摯にフランシス達の歌に向かい合っているということは、その目の光の強さを見れば明らかだ。


 恐らくは躊躇するだけの、迷うだけの何かが……フランシスにも大柄なメーアにもあるのだろうな。



 そんな戦いの中で、最初に動きを見せたのは大柄なメーアの側にいた一人だった。


 そのメーアは、大柄なメーアを何度か見て、その目を何度か見つめて……そして申し訳なさそうにしながらフランシスの側に立つ。


 そのことに気付いたフランシスは、残っていた力を振り絞るような歌声を上げて……そしてそのメーアが、フランシスの歌声に合流する。


「メァ~~メァ~~メァ~~メァ~」

「メァ~~メァ~~メァ~~メァ~」


「メッア~~、メァメァ! メァ~~」


 そうして始まるフランシス達の合唱。その合唱にどうにか対抗しようと声を振り絞る大柄なメーア。


 しかし合唱の威力は凄まじく……こうして外野から聞いていても、明らかにフランシスの歌の威力というか、迫力がグンと上がったように感じられる。


 そしてそれは……戦況を一気にフランシスの優勢へと傾かせることになり、次から次へと大柄のメーアの側にいたメーア達がフランシスの側へと移動し始める。


 そうしてフランシスと、5人のメーアの合唱と、大柄なメーア一人だけの歌という構図が出来上がって……そこでようやくフランソワが動きを見せる。


 もしかしたら、フランソワはあえて最後まで待っていたのかもしれないな。


 いきなり妻が味方についてしまっては逆にフランシスにとって良くないだろうと、フランシスの立場を悪くしてしまうだろうと、そう考えていたのかもしれない。


 そうしてフランソワはフランシスを選び……結果、大柄なメーアは孤立してしまう。


 もう戦いは決したとそう言って良い状況となった……のだが、しかしそれでも大柄なメーアは諦めない。


 一人となってしまっても、自分の歌が合唱の前にほぼほぼかき消されてしまっていても、それでも諦めずに声を上げ続ける。


 そんな大柄なメーアに対しフランシスは、真摯に真っ直ぐに向かい合い、歌い続ける。


 多数の支持を得て勝負は決したと言って良いはずなのだが……それでもフランシスは、諦めない大柄なメーアと戦い続けて……そしてそんなフランシスを応援する為、フランソワが、メーア達が歌声を、合唱を響かせる。


『メァ~~~~メァ~~~~~メ~~ァ~~~~』


 その歌声にどんな意味が込められていたのか。


 大柄なメーアはがっくりと項垂れて……そして自らの歌を捨てて、フランシスの歌に合流し、合唱する。


『メァ~~メァメァメァ~~~』


 フランシスがフランソワが、大柄なメーア達が響かせるその歌に……戦いを見守っていた皆が一斉に歓声を上げ、場が一気に盛り上がる。


 その多くがフランシスを称える声だったのだが……私としてはあの大柄なメーアのことも褒めてやりたいところだな。


 最後まで諦めずに戦い、戦い抜いて、そうして相手のことを認めて相手の歌に合流する辺り実に清々しいと言うか、立派と言うか……中々出来ることでは無いと思う。


 フランシスを選んだ仲間達にも一切の怒りの色を見せず……自分がただ未熟だったのだと、そんなことを言っているようにすら見える大柄なメーアの態度は、中々どうして好ましいもので……うん、悪いやつではないようだ。


 そうして合唱が終わりとなって、フランシス達の歌が終わって……フランシスが勝利の声をあげる。


「メァーーーーー!」


 それでメーアの長を決める戦いは終わりとなった。


「メァー!」

「めぁー!」


 戦いが終わるなり、そんな声を上げながらフランシスの下へと駆け寄り、抱きつくセナイとアイハン。


 フランシスを褒める為、称える為、アルナーやアイサ、他の皆もフランシスの下へと向かっていって……そんな中で私は、一人静かに、目立たないように、その輪から離れていく大柄なメーアの方へと足を向ける。


「中々立派だったじゃないか」


 大柄なメーアの側を歩きながらそう言って……そっと大柄なメーアの頭を撫でてやると、大柄なメーアは私から顔を逸らし、静かにフルフルと震え始める。


「……そう言えばお前達にも名前を付けてやらないとだなぁ。

 そうだな……アージムとか、ターンムズとかどうだ? 格好良い名前だろう?」


「……メァー」


「……まだメーアの言葉はよく分からないが、お前が乗り気でないのは分かったよ……。

 なら、そうだな……もっと格好良い響きの……エゼルバルドという名前ならどうだ?」


 と、私がその名を告げた瞬間、大柄なメーアはこちらへと向き直り、潤んだ目を見せてきながら嬉しそうに「メァー!」と一鳴きする。


「おお、そうか、気に入ったか。

 そうだよな、なんかこう、響きが格好良いよな。

 フランシス達の名前は、あの毛の感触を表すような……そんな響きの名前を選んだのだが、やはりお前は格好良い名前の方が良いよな。

 よしよし、お前は今日からエゼルバルドだ」


 そう言って私がエゼルバルドの頭を撫でてやると、エゼルバルドは少しの間それを堪能してから、私の手から逃げるように頭を動かし、その頭をくいと上げて……もう良いから、フランシスの所へ行ってやれと、そんなことを仕草と表情で伝えてくる。


 私はそんなエゼルバルドに分かったと一言だけ返して……フランシス達の方へと足を向けたのだった。




 それからフランシスの勝利を祝う、村の皆と私の家族達入り乱れてのちょっとした宴が開かれることになった。


 皆がそれぞれに楽しみ、明るく笑うそんな宴の中で、私は残りのメーア達にも名前を付けてやることにした。


 驚くことに残りのメーア達はその全員がメスであり……そしてエゼルバルドの妻達でもあるそうで……妻達の名前は、本人達の希望もあってエゼルバルドにちなんだ名前を付けることになった。


 エゼルティア。

 エゼルグー。

 エゼルファナ。

 エゼルミィ。

 エゼルリーラ。


 アルナーやセナイ、アイハンの意見も参考にしながら決めたそれらの名前は、当人達にとても好評ですんなりと受け入れられた。


 そうして名付けを終えたエゼルティア達は嬉しそうにメァーと一鳴きしてから……村の外れで一人佇むエゼルバルドの下へと歩いていく。


 エゼルバルドはそんなエゼルティア達のことを受け入れて静かに寄り添い……エゼルティア達もまたエゼルバルドにそっと寄り添う。


 エゼルティア達がフランシスを長に選んだことで夫婦仲がこじれやしないかと心配だったのだが、どうやらそれは余計な心配だったようだ。

 

 器が大きいというか、なんというか……立派なことだ。


 ……そんなエゼルバルドに勝ったフランシスは、エゼルバルドよりも更に大きな器を持っているということになるのだろうか……?

 

 フランシスは一体どんな主張を、どんな想いをあの歌に込めていたのだろうなぁ……。


 後でアルナーに聞いてみるとしよう。



 ともあれこうして、イルク村に新たなメーア達が加わることになり……全部で8人となったメーア達を、群れの長となったフランシスが率いていくことになったのだった。


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