第82話 そしてメーア達
イーライ達が、私の家族達がイルク村に来てから五日が経った。
この五日間、家族達は私とクラウスが用意したユルトで寝泊まりしながら、それぞれの楽しみ方でイルク村の日々を楽しんでくれている。
イーライは毎日毎日イルク村の中を見て回り、村の皆の話を聞いて回り、イルク村に必要そうな物、村の皆が欲しがりそうな物を調べている。
そうやってこの村にどんな需要があるのか、どんな品を持ってくれば売ることが出来るのかを調べているようだ。
商人になったとは聞いていたが……中々どうして、様になっている。
アイサは……アルナーとセナイとアイハンと、エイマとマヤ婆さん達とカニスと犬人族達と、それとメーア達を可愛い可愛いと愛で続ける日々を送っている。
ただ愛でているだけでなく持ってきた仕立て用具を使って、アルナーとセナイとアイハンとに王国風のドレスを作ってあげたり、持ってきた化粧品でもって王国風の化粧を教えたりと、アルナー達を飾り立てることにも執念を燃やしているようだ。
エリックは……なんとも意外なことにアルナーと仲良くなり、アルナーと一緒に時間を過ごし、アルナーの家事や針仕事を手伝っている姿をよく見かける。
エリックがそうなった理由は、エリックがいくら突っかかっても口汚く罵っても、エリックの色が青のままだからと、アルナーが好意的に接し続けたことと……アルナーがエリックの事情に誰よりも一番親身になってくれたことにあるようで、今ではすっかり仲良くなり、下手をすると私よりも長い時間をアルナーと過ごしているかもしれない。
伯父さんは日がな一日、何をする訳でもなく、ぼんやりと時を過ごしている。
ぼんやりと……と言うと少し語弊があるが、適当な日陰で涼みながら皆の暮らしぶりを静かに見守り、たまに話しかけて助言をする……と、そんな感じだ。
……まぁ、これまで色々と大変だったようだし、これからは伯父さんのしたいようにしてくれたら良いと思う。
そして……イルク村へとやって来たメーア達。
『数ヶ月前のある日、自らの縄張りで平和に暮らしていた所、王国の悪漢達に誘拐されてしまい、なんとも酷い環境下に監禁されてしまった。
挙句の果てに悪漢達の醜悪なる趣味の為に処刑されてしまうと聞いて、そこからなんとしてでも逃げ出そうと計画を整えていた所、西方にメーアと共に暮らす勇者が居るとの話を聞き……その地に向かおうと、自由を手に入れようと心を決めて計画を実行した。
その旅路にはいくつもの苦難が待ち受けていたが、我らは決して屈することなく旅を続けて……そして善良な旅人に出会い、彼の助けもあってこの地に辿り着くことが出来た』
と、そんな事情でメーア達はイルク村へとやってきたんだそうだ。
イルク村で暮らしたいというのであれば反対する理由などあるはずも無く、むしろメーア毛の生産量が増えるということを考えれば、それは私達にとってとてもありがたい話で、そうしてメーア達を受け入れることが決まった……のだが、そこで一つの問題が浮上することになった。
それはイルク村で暮らすメーアの誰が群れの長になるのか、という問題だ。
今までのイルク村にはフランシスとフランソワが暮らしていて……私は知らなかったことなのだが、フランシスがイルク村の群れの長、ということになっていたらしい。
そしてイルク村へとやって来たメーア達にも、一際大きな身体を持つオスの長が居るのだそうで……フランシスとその長、どちらがイルク村で暮らすメーア達の群れの長になるのか、それを決めなければならないんだそうだ。
私としては無理に長を決めなくとも、イルク村の中に二つの群れがあって二人の長が居る、という形でも良いのではないかとも思ったのだが……メーア達にはメーア達なりのルールと拘りがあり、それはそう簡単に譲れるものではないらしい。
メーア達の長を決めるとなって気になるのが、一体どうやって決めるのか、だが……アルナーが言うには、メーア達はとても平和的なある方法で長を決めるんだそうで……その詳細を聞かされた私は、まさかそんな冗談みたいな方法でと驚いてしまったのだが、どうやら冗談などではなく本当のことであるらしい。
そして……時は昼過ぎ、場所は広場。
準備が整ったということで、これからそのメーア達の長決めが始まろうとしていた。
メーア達の長が決まる瞬間を見守ろうと、私とイルク村の皆と、イーライ達が広場を囲うようにして集まっている中、フランシスとフランソワ、そして大柄なメーアに率いられたメーア達が、そんな皆の脇をすり抜けるようにして現れて、のっしのっしと広場の中央へと歩いていく。
そしてフランシスと大柄なメーアがそれぞれ前へと進み出て、向かい合うように立ち、
「メァー」
「メァー」
と鳴く。
それから蹄でもって地面を何度か蹴り、そうすることで足場をしっかりと固めて、固めた所へと足を構えて、顔をくいと上げて堂々と胸を張るかのようにして……そうしてメーア達の長決めが始まる。
「メァ~メァ~~メァメァメァ~~~~~メァ」
「メァメァメァメァ~~メァ~メァメァメァ~」
それは歌だった。
以前宴の時に聞いた楽しげなようなものではなく、勇ましいような……力強いような、強く何かを訴えかけてくるような、そんな歌だ。
その歌にはそれぞれの主張というか、これからどう群れを導いていくかという想いが込められているのだそうで……そうやって歌い合うことで群れの皆に、自分がどれだけ本気なのか、どれだけ真剣に群れの為を思っているのかを分かって貰おうとしているらしい。
長を選ぶ側のメーア達は、歌の上手い下手ではなく……どれだけ本気で長になろうとしているのか、どうやって群れを導こうとしているのかを歌から感じ取ることで、どちらが長に相応しいのかを選ぶんだそうだ。
そして長を選んだなら、選んだ方の側について合唱し、その歌を盛り上げ、その主張を盛り上げていって……最終的に多数の支持を得た方が長となる。
どちらかが多数の支持者を得られなかった場合は仕切り直し、多数の支持を長候補の誰かが、どちらかが得られるまで何度でもこれを仕切り直すんだそうだ。
そんな長決めの歌い合いが続く中、私はどうしても気になることがあり……そのことを思わず呟く。
「……どうしてフランソワは真っ先にフランシスを支持しないんだ?」
今の所フランシスも大柄なメーアも、合唱してくれる支持者は誰も居ない状態だ。
フランシスの妻であるフランソワなら、真っ先にフランシスの支持を表明しても良いと思うのだが……。
そんな私の呟きに対し、側に居たアルナー……ではなく、いつの間にか私の真後ろに立っていた伯父さんから声が返ってくる。
「お前は相変わらず馬鹿なんだなぁ……そんなことは少し考えりゃ分かることだろうが。
そいつが良い旦那であることと、そいつを心から愛していることと……そいつが指導者として優秀かどうかってのは全く別の話なんだよ。
あの羊っ子は、腹に子供が居るんだろう? これから子供が生まれるんだろう?
なら尚更子供の為に……そしてあそこで頑張っている旦那の為にも良い指導者を選ばなきゃならねぇ。
そこんところをあの羊っ子はよく分かってるんだろうさ」
伯父さんのその言葉にアルナーがその通りだと頷き、そして私もなるほど、と頷く。
改めて見てみればフランソワも他のメーア達もとても真剣な表情で歌を聞いていて……それだけでなく、フランシスと大柄のメーアの表情や挙動一つ一つにも目を配って、なんとも真剣に、真摯に長を選び出そうとしているようだ。
そしてどのメーア達もまだどちらが長に相応しいのか決め兼ねているようで、合唱しようとする動きはまだ見られない。
……これは長い戦いになりそうだとそんなことを思いつつ、私はフランシスと大柄のメーアの歌に聞き入るのだった。
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