第74話 王都のエルダン
ディアーネが起こした騒動から一ヶ月と少しの時が過ぎて……王都にて王との謁見を無事に、最高の形で終えることが出来たエルダンは、謁見の日から十日が過ぎても尚、王都に滞在し続けていた。
王のお膝元である王都をすぐに離れてしまっては礼を欠く……という尤もらしい理由を掲げながら、毎日のように王都中の商店を巡り食堂を巡り酒場を巡り、気の良いお坊ちゃんを演じながらのエルダンなりの情報収集に勤しんでいたのだ。
そうやってエルダンが表側で派手に動く中、裏側ではゲラントを始めとする諜報隊の者達が王都の風景に紛れながらの情報収集をしており……そうしてエルダンはかなりの質、かなりの量の情報を集めることに成功していたのだった。
王都周辺の近況に経済状況。
王とその周辺の動向に、第一王子リチャードの動向、第二王子マイザーの動向。
第一王女と第二王女の動向に、第三王女ディアーネの近況。
すっかりと行き付けとなった王都一と謳われる高級食堂の一室で、ゆったりと椅子に腰掛けたエルダンが、それらの情報をまとめた……独自の符丁でまとめた紙の束を見つめながらゆっくりと口を開く。
「リチャード殿下は戦後復興を進めつつ派閥の拡充と取りまとめに注力。
マイザー殿下は派閥の立て直しもせずに資金集めにご執心。
他の派閥はこれといった動きを見せず事態を静観。ディアーネは反省の色が全く見られず何をしでかすか分からないので遠方の神殿へ移送が決定……。
前々から漏れ聞こえてきていたリチャード殿下の評判と、ディアス殿との縁のこともあってリチャード殿下への支持を表明した訳だけども、他の選択肢などあって無いようなものであるの……」
呆れ混じりの表情と声色でエルダンがそう言うと、側に控えていたカマロッツが言葉を返す。
「リチャード殿下は、エルダン様が免税措置を受けることに反対していたそうなのですが……事が決まってからは陛下に撤回を迫る訳でもなく、こちらに妨害工作をしかける訳でもなく、免税によって景気が良くなるだろうからと、カスデクス領への投資と交易ルートの拡充に力を入れ始めたそうです。
また全くの不意打ちで支持を表明されたエルダン様に思う所があるとのことでしたが、どうあれ支持をしてくれているのだからと、今では寛容な態度を示されているとか。
……器量もお人柄も、こちらが想定していた以上のものをお持ちのようです」
王との謁見の際、一体どういう意図なのか王に後継者候補についての相談をされてしまったエルダンは、咄嗟にリチャードの名を上げて、リチャードを支持するとの発言をしてしまっていた。
それは戦後交渉の場でアルナーの口から出たディアスの縁者であるとの話と、ディアスを援助しようとしていたという話、それと世間でのリチャードの評判から判断してのことだったのだが、どうやら間違いではなかったようだとエルダンは安堵の息を吐く。
「リチャード殿下がこちらの想像以上の人物であったこと、その地盤が強固になりつつあることは僥倖であるの。
王都にはさっさと落ち着いてもらって、良い商売相手になってもらわないとであるの。
マイザー殿下に不穏な動きあり……とのことだけども、こちらもリチャード殿下程のお方ならばなんとかしてくれそうであるの」
と、そんなことを言いながら紙の束を一枚めくり、二枚めくり……そこに書かれた符丁を読み解いていくエルダン。
そんなエルダンの様子をじっと眺めていたカマロッツは機を見てエルダンの側に近寄り、常人ではまず聞き取れない小さな声を口の中で響かせるという特殊な方法で言葉を発する。
『そのマイザー殿下に関してですが……諜報隊は帝国と繋がりを持っているのではないかと疑っているようです。
不慣れな王都での調査で確証の方がまだ取れておらず報告書への記載はしておりませんが、可能性は高いとのことです』
店に十分な金を支払っての人払いを済ませてある上、周囲に潜んだ諜報隊が目を光らせているので、この会話を誰かに聞かれることなど、まずあり得ない事なのだが……それでも内容が内容だからと、カマロッツはエルダンの特別な耳でしか聞き取れない方法を選んだようだ。
それを受けてエルダンはしばし熟考し……そうしてから軽い笑顔を作りだし、さらりと言葉を返す。
「分かったであるの。
その件に関しては深入りしてまで調べる必要はないであるの。
怪我をしたり道に迷子になったりしたら大変だから程々で済ませるようにと伝えておくであるの」
エルダンのその言葉を受けてカマロッツは小さく頷き、普通の方法で言葉を発する。
「……了解致しました、そのように各員に伝えておきます」
と、ここで一旦言葉を区切り、咳払いをしたカマロッツは居住まいを正してから言葉を続ける。
「それと陛下に献上した魔石なのですが、陛下はその魔力を利用するのではなく、ご自身の装飾品として加工しようとのお考えのようです。
……どうやらそれがアースドラゴンの魔石であるというよりも、ディアス様から贈られた品であることが嬉しいらしく、そういった理由でそのようなお考えに至られたのだとか。
……陛下の周辺ではドラゴンの魔石の利用価値の高さから、どうにか陛下のお考えを改められないかと説得を試みているそうで……この件に関しては一悶着があるかもしれないとのことです」
話題を変える為、流れを変える為、何気なく発したカマロッツのそんな言葉に、エルダンは今日一番の驚愕の表情を浮かべる。
そうして俯き、目頭を強く抑えながら「うーん」と唸り声を上げたエルダンは……少しの間があってからゆっくりと顔を上げて、どこか遠くの方を見ながら口を開く。
「……陛下の深謀遠慮は、僕なんかには理解出来ないであるの。
それに関しては陛下と、陛下を支える周囲の方々に任せるとするであるの。
……そろそろ良い頃合、その一悶着が一騒動になる前に僕はお母様と妻達が待つ領地に帰るとするであるの」
エルダンのその言葉を受けて「了解しました」と頷いたカマロッツが手を叩いて合図を出すと、床下や天井、壁の向こうからバサバサ、ガタガタ、トタトタとの音が周囲から響いてくる。
そうしてその日のうちに支度を整えたエルダン一行は、領地に帰るべく王都を発つのだった。
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