第73話 結婚の祝宴 その3


 私とアルナーのダンス……のような何かが終わると、私達のダンスを見ていた皆の視線が自然とクラウスとカニスの方へと向けられる。


 犬人族達とのじゃれ合いを終えて席に戻り、私達の踊りを眺めていたクラウスは、その視線を受けて戸惑ったような表情を見せるが、すぐに意を決したかのように表情を引き締めて、立ち上がり……カニスの方へと手を差し出す。


 カニスはすぐさまにその手を取って立ち上がり、無言のままクラウスに寄り添い……そうして今日の主役達のダンスが始まる。


 静かで丁寧でゆるやかで、私達のよりも数段上手く、しかし優雅というには何かが足りない……ごくごく普通のダンス。


 そんなクラウス達のダンスに周囲の誰もが微笑み、祝福の言葉を送り……祝宴の場は一層に賑やかになっていく。


 クラウス達に負けじとダンスを楽しむ者、セナイ達に負けじと歌を楽しむ者、ダンスや歌に疲れて食事を再開させる者、そんな風に活気付く場をゆったりと眺める者。


 それぞれがそれぞれの方法で、祝宴を今日という日を楽しみ、堪能し、そして祝う。



 ……そうして少しの時が流れて、ダンスが、歌が、食事が一段落し、落ち着いた静かな空気が辺りを漂い始める。


 こういった宴の際によくある、なんともいえない独特の時間。

 

 気怠く、温かく、眠気を誘うそんな時間が訪れたところで私は、そっと席から立ち上がり、ユルトへと足を向ける。


 ユルトの中に入り、いつでも持ち出せるようにと入り口近くに用意しておいた木箱を持ち上げて……広場へと戻る。


 この木箱の中には完成した骨細工の首飾りがしまってある。


 村の皆の分が出来上がって、すぐにでも配ろうとしたのだが……祝宴の準備などで皆が忙しくしている関係で中々良い機会に恵まれず、配れずにいたところ、クラウスとカニスから祝宴の際に配ってはどうか、との提案があったのだ。


 折角の祝宴だというのに、そんなことをしてしまっては水を差してしまうのではないか?

 

 とも思ったのだが、クラウスからは祝宴を盛り上げる良い賑やかしになるから構わないとの言葉があり、カニスからは良いことは重なれば重なる程、たくさんの幸せを呼び込むものだから遠慮せずにやって欲しいとの言葉があり……ならばとその言葉に甘えることにした、という訳だ。


 広場へと戻り、木箱をテーブルの上に置くと、その音から木箱の中身が何であるかを察したのか、まったりとしていた犬人族達がピンとその耳を立ててざわつき始める。


 そして私が木箱の中から首飾りを取り出すと、犬人族達は一斉に喜びの声を上げて飛び上がり、こちらに駆け出そうとし始める。


「落ち着け、皆の分はちゃんとあるから、一列になって一人一人順番に受け取るように」


 と、私がそう言うと、犬人族達は素直にその言葉に従ってくれて、喧嘩することもなく一列になってくれる。


 そうやって出来上がった列の一人一人に、出来るだけ手早くテンポよく、箱から取り出した首飾りを渡していく。


 首飾りを受け取った者達の反応は、大切そうに握りしめる、抱きしめる、早速首にかけるなど様々ではあるが、皆が皆とても良い笑顔をしており……どうやら喜んで貰えたようだ。


 列に並んだ犬人族達と、こっそり列に紛れ込んでいたセナイとアイハンにも配り終えたなら、それぞれの席でゆったりと食事とお茶を楽しんでいるマヤ婆さん達に配り、フランシスとフランソワの角にかけてやり……エイマにもエイマ用にと出来るだけ小さく作った品を手渡す。


 出来るだけ小さくしたつもりではあるのだが、それにも限界があり……エイマが両手で抱えて持つような大きさとなってしまっているのが、なんとも申し訳ない限りなのだが、


「わぁ! ボクの分まで作ってくれたんですね! ありがとうございます!

 お部屋の壁が殺風景だったので、壁飾りにさせて頂きますね!」 


 と、本人が喜んでくれているので良しとしよう。


 ちなみにエイマの言う「お部屋」とは、私達のユルトの隅に置いてある木箱のことを指す。


 その木箱には板を横に滑らせて開閉する玄関や窓、天窓があり……メーア布の端材を集めて作った寝床や、木材を削って作ったテーブルや椅子などもあって、エイマが快適に日々を過ごせるエイマの為の空間となっている。


 なんでも竈場の屋根を作りに来た職人達に依頼し、倉庫で余っていた荷箱を元に作って貰ったのだそうだ。


 そんな私にとっては小さな、エイマにとっては大きな首飾り……もとい、壁飾りをエイマが受け取ってくれて……そうして木箱の中の首飾りは残り二つとなる。


 その最後の二つを手に取った私は、クラウスとカニスの席へと向かい、そっとそれらを差し出す。

 あの戦いの際、まだ領民では無かったカニスは、首飾りを差し出す私に驚いたような表情を見せてくるが、影でクラウスを支えてくれたのだから受け取る資格は十分にあるだろう。


「領民になった記念とでも思って遠慮すること無く受け取って欲しい」


 と、私がそう言うと、カニスは笑顔で首飾りを受け取ってくれて……そしてそのまま首にかけてくれる。


 クラウスもまた首飾りを受け取るなり首にかけてくれて……そうして二人はお互いを見合って柔らかく微笑み合う。


 柔らかく微笑みあったまま良い雰囲気になって行く二人を見て、私がその場から立ち去ろうとした―――その時、タタタッとセナイとアイハンがその場へと駆け込んでくる。


 そうしてクラウスとカニスの席の間に入り込んだセナイとアイハンは、それぞれが持っていた一枚ずつの布を、クラウスとカニスに手渡す。


「はい! 私達からはこれ!」

「おめでとう!」


 手渡すなりそう言って笑顔を見せるセナイとアイハン。


 セナイ達が祝いの品をくれたのだと察して、お礼の言葉を口にしたクラウスとカニスは手の中の布を広げて……それを目にするなり今日一番の大きな笑顔を咲かせる。


 ハンカチ程の大きさのそれらの布には、双葉と欠け月の刺繍と、双葉と満月の刺繍がしてあり……その仕上がり具合からセナイとアイハンが一生懸命に仕上げた刺繍だということが一目で分かる。


 セナイとアイハンの想いがたっぷりと詰まったこの品を前にしたのなら、誰であろうとも笑顔になってしまうことだろう。


 すると、そんなクラウスとカニスの笑顔がきっかけになったのか、村の皆がぞろぞろと動き始めて、それぞれから祝いの品々や言葉達がクラウス達へと贈られ始める。


 アルナーや婦人会、マヤ婆さん達からは今日の食事が祝いの品だ、との言葉があり、食材集めに奔走した犬人族達からは頑張って集めた食材が祝いの品だよ、との言葉。


 他の犬人族達からは草原で拾って来たらしい綺麗な色の石などが贈られ……中にはどこから拾って来たのか岩塩を贈る者まで現れる。


 フランシスとフランソワからは貴重らしいメーアの角の欠片が贈られ、エイマからは二人のこれからに幸あれとの詩をしたためた紙片が贈られる。


 そんな風に皆がクラウス達に贈り物をする中、アルナーやマヤ婆さん達が私に向けて……何やら半目での冷たい視線を送ってくる。


 ……うん? その視線は一体何なんだ?


 と、しばしの間首を傾げた私は、その視線の意味に気付いて……いやいやいや、首飾りだけで終わりでは無いからな!? ちゃんとした品も用意してあるからな!? と、駆け足で倉庫へと向かう。

 そうして倉庫の奥に隠しておいた寝具を引っ張り出して、肩に担いで広場へと駆け戻る。


 広場に戻った私の様子を見たアルナーは寝具にされた刺繍を見付けて、これがどういう品であるかを理解したらしく、なるほど、と得心したという顔になって周囲のマヤ婆さん達にこの刺繍の意味を、この寝具の意味を説明し始める。


 アルナーの説明を聞いたマヤ婆さん達だけで無く、その一団に混ざっていたカニスの母マーテルまでもが満足気な顔となってくれて……アルナー達から「見直した」だとかそういった内容の言葉が聞こえてくる。


 私へと向けられたそんな言葉に、色々と思う所があるものの、今優先すべきはクラウス達だと相手にせずに、クラウス達の下へと向かう。


「二人共、結婚おめでとう。

 これは私からの祝いの品の寝具だ。魔除けだとか病除けの効果があるそうだから、早速今日から使ってくれ」


 祝福の言葉を口にし、肩に担いだ寝具を二人に見せてから、


「ここに置いても邪魔だろうから、これは二人のユルトにしまっておくからな」


 との一言を置いて、大きめのユルトへと建て替えられたクラウスとカニスの新居へと足を向ける。

 数々の料理達と祝いの品達とで埋め尽くされている二人の席に、こんな大きな品を置く訳にもいかなかったからだ。


 そうして寝具を新居の入り口近くへと置いて、広場へと戻ると……どういう訳だか、広場では片付け作業が始まってしまっていた。


 まだまだ陽が傾き始めるにはいくらかの時間がある。


 陽が沈んでからも祝宴を続けるという話だったのに、なんだってまたこんなに早々と片付けを始めてしまったのだろうか?


 夕食用にと残った料理を各ユルトへ分配し、食器を片付け、飾り布を片付けて……と、どうやらアルナーを始めとした婦人会とマヤ婆さん達とマーテルがそうした片付け作業の中心となっているようだ。


 一体何がと周囲を見回すと、片付けが進む広場の隅で居心地悪そうに佇むクラウスとカニスの姿があり……クラウスとカニスの表情から、アルナー達がそうしている理由をなんとなく察する。


 寝具の話が出たからと言って何もそんな……陽が沈まないうちからここまでして急かすことも無いだろうになぁ……。


 そもそも今日の祝宴の進行役は私のはずなのだが……。

 

 そうした思いをアルナー達にぶつけてみてもアルナー達は手を止めることなく片付けを進めてしまって……そうしてこの日の祝宴は予定よりもかなり早めに終了となってしまうのだった。


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