第69話 カニスの帰還
クラウスが黒ギー狩りを始めて今日で五日が経つ。
今日までの間にクラウスが狩った黒ギーの数は二頭だけ、とあまり順調とはいえないようだ。
クラウス程の腕があれば黒ギーの十や二十、マタビの粉を使えば簡単に狩れるはずなのだが……どうもクラウスは独力での狩りにこだわっているらしく、そのせいでそんな状況になってしまっているらしい。
マタビの粉も使わず、犬人族達の助けも借りず、この広い草原を独りで駆けて探し回り、独りで戦いを挑む。
……そんなやり方で黒ギーの群れを相手にし、怪我をすることも無く二頭も狩れたのであれば、むしろ上等な結果だと言えるのかもしれない。
クラウスとカニスの仲を応援している婦人会や、クラウスと一緒に日々の訓練をしているマスティ達は、そんなクラウスに自分達に手伝わせて欲しいと何度も声をかけているそうなのだが……クラウスはどうしても独力で、自分の力で結納品を用意したいのだと頑なな態度を崩さないのだそうで……どうしたものだろうなぁ。
そんなことを考えつつ、ユルトの中で作業をしていた私は出来上がった骨細工の首飾りを、私のすぐ横に置いてある木箱の中にコトリと置く。
その木箱の中には、かなりの数の完成品が並べられていて……もう二、三日もあれば必要な数を用意出来そうだ。
作業に慣れて来たというか、コツを掴んだというか……アルナーの言っていた通り、一度出来てしまうとどんどん手が早く進むようになってくれて気が付けばこの数だ。
こうやって出来上がった首飾り達を眺めていると、こういう細かい作業も悪くないものだな、と思えてくる。
……まー、体が動かせないのは少し不満というか、溜まるものがあるので折を見て畑の方にでも行って力仕事をしたいところだな。
そうして作業が一段落したからと背を伸ばし、肩を回して……と運動不足の体を解していると、
「ディアス、カニスが戻ったぞ。
忙しくしている所悪いが、報告があるそうだから聞いてやってくれ」
との声と共にアルナーがカニスを連れ立ってユルトの中に入ってくる。
アルナーの後に続くカニスのなんとも晴れやかな表情を見るに、どうやら両親への報告は上手くいったようだ。
「ただいま戻りました!
両親からの許しも貰えましたので、今日からこちらの住民として、クラウスさんの家族として頑張らせて頂きます! よろしくお願いします!」
ピシリと直立し姿勢を正し、元気な声でそう言ってくるカニス。
「こちらこそよろしく頼むよ。
色々と大変なこともあると思うが、クラウスと一緒に頑張って欲しい」
私がそう言葉を返すと、カニスは「はい!」との一言と共に満面の笑みとなって……そしてそこで会話が止まってしまう。
……報告があるという話だったが、こちらから報告しろと促すべきなのだろうか? と、そんなことを考えていると、カニスがハッとした顔になって両手をわたわたと振り、いかにも慌てていますという態度を見せてから、口を開く。
「そ、そうでした! 報告があるのを忘れていました……!
えーっと……まず、エルダン様ですが、既に王都に向かったとのことでご不在でした。
カマロッツさんもエルダン様に同行しているとかでご不在で……お二方が不在の間、自分の父が領主代行を務めているとかで、ついでなので結婚の報告と一緒に竈場の屋根と厩舎のこともお願いしておきました。
資材は数日以内に届けられるそうで……それと一緒に何人かの職人が来てくれるとかで、職人達が竈場に合わせて屋根や厩舎の形を整えてくれるそうです」
そういえば王都に行く予定があるとかなんとか……エルダンがそんなことを言っていたな。
それでカニスの父親が領主代行をしている、と。
代行を任せられるとは……どうやら余程の人物のようだ。
「それと自分とクラウスさんの結婚式ですが、父がそういった事情で向こうを離れられないので、母だけがこちらに来て参列するとのことですので、その際はよろしくお願いします。
その代わりと言いますか、クラウスさんと向こうに行った際には、父がちょっとした宴席を開くとのことでして、何日か泊まってくるかも知れないのでこちらもよろしくお願いします。
……えーと、はい、これで報告は終わりー……のはずです」
そう言ってからカニスは、報告すべき事柄を数えて確認しているのか、白い毛に包まれた指を一本一本折っていって……そうしてから改めて「これで終わりです!」との一声を上げる。
「ああ、分かったよ。
カニスのお母さんの歓迎の準備はしておくし、向こうに泊まるのもカニス達の好きにして構わない。
それで、クラウスを連れての挨拶はいつにするんだ?」
と、私が声を返すと、カニスはにっこりとした笑みを浮かべて元気な声を上げる。
「はい! 少しでも早く両親にクラウスさんを紹介したいですし……こういうことはさっさと済ませたい性格なのですぐにでも出立するつもりです!!」
そんなことを言ったカニスは、言い終えてすぐに私の表情から何かを察したのか、
「……あー、もしかしてクラウスさん、今何処かに出かけてる感じですか?」
との言葉を付け加える。
そんなカニスに私は……クラウスが結納品を用意しようとはりきっていることや、独力での狩りにこだわっていること、狩りが順調では無いこと、今はその狩りに出かけていることを話していく。
私の話を聞くなりカニスは明るかった表情を暗くしていって……グルルと小さく唸り、その鼻筋に小さくシワを寄せる。
「……なーにをやってるんでしょうねー、あの人は。
結納品のことは素直に嬉しいですけど、独りでとか本当にもう……。
今まで築いてきた縁の力もクラウスさんの力なのですから、素直に皆に手伝って貰えば良いのに……!」
そう言ったかと思えばシュッシュと手を振り……何やら素振りのような何かをし始めるカニス。
次第に勢いと鋭さを増していくカニスの素振りを見ながら……私は恐る恐る声をかける。
「……あー、カニス。
一応聞いておくが……その手は一体何をするつもりなんだ?」
「そりゃぁ勿論、お馬鹿なことをやっている旦那さんの頬を、この手でベチンとやって目を覚まさせるんですよ!
その気持ちは……まぁ正直嬉しいですけど、でもそれで……独りで無茶をしたせいで怪我をしたり死んだりしたら自分がどれだけ悲しむのかってことをクラウスさんは分かっていません!
そんな人にはこうするのが一番だと母が言ってました! 父も何度かやられていましたし!」
そう言ってカニスは何度かの素振りをしてから「それではこれで失礼します!」と一声上げてからクラウスの帰りを待ち構える為にとユルトから出ていく。
そんな勇ましいというか、なんというかなカニスの後ろ姿を見送った私は……そこでようやくいつの間にやら私の側でしゃがみ込んでいる、アルナーの存在に気付く。
無言でじっと私の顔……というか頬を見つめてくるアルナー。
そのままアルナーはただただ無言で私の頬を見つめていて……そんなアルナーに対し、私は仕方なしに口を開く。
「……アルナー、どうかしたのか?」
「いや……? 何かあれば私も妻としてベシンとやった方が良いのだろうかと考えていただけだ」
「あー……まぁ、程々に頼むよ」
「……やるなとは言わないんだな?」
「叩いてどうこうすることを良いことだとは思わないが……まぁ、アルナーに叩かれるようなことをしたのなら、その時は叩かれて当然……仕方ないことだと受け入れるしか無いさ」
私がそう言うと、アルナーはフフッと小さな笑い声を漏らして……それで満足したのか、立ち上がってユルトの入り口に向かって歩いていく。
そうして入り口まで後数歩というところで、何か用事を思い出しでもしたのか、はたと動きを止めたアルナーが振り返り口を開く。
「……そういえばディアス、念の為の確認なのだがクラウス達に贈る祝いの品は用意したのか?
私と婦人会とマヤ達は祝宴の食事を豪勢にすることで祝いの品にしようと準備を進めているが……ディアスはその首飾りばかりにかまけていて準備をしていないように見えるが……大丈夫なのか?」
そんなアルナーの言葉を受けて私は思わず、祝いの品のことなど考えてもいなかった!? と顔に出してしまう。
するとアルナーは半目になって、無言のまま平手での素振りを始めて……私は慌てて言葉を返す。
「だ、大丈夫だ。
首飾り作りはもうすぐ終わるし、式までにはちゃんとした品を用意するよ。
……な、何を贈るかはまだ考えていないが、なんとか間に合わせるさ……!」
そんな私の言葉にアルナーは半目のまま……何を思っているのか大きな溜め息を漏らすのだった。
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