第68話 クラウスの相談


 アルナーからクラウスとカニスに関する衝撃的な話を聞かされた翌日。


 イルク村はいつになく騒がしい空気に包まれていた。


 今朝方、護衛のマスティ数人と連れ立って出立したカニスのことが心配なのか、カニスの両親が結婚を許してくれるのかが心配でたまらないのか、闇雲に走り回ったりブンブンと槍を振り回したりしているクラウス。


 クラウスの結婚が決まり、結婚式をどんなふうに執り行うか、どんな風に盛り上げるかと張り切っているマヤ婆さん達。


 早速始まったらしいアルナーと鬼人族達による厠の増設と竈場の建設。


 アルナーが肌身離さず身に付けている首飾りを見て、自分達も欲しい、早く欲しいとソワソワとしている犬人族達。


 一体何をしているのかタッタカタッタカ、蹄を鳴らしながら村中を駆け回っているフランシス。


 なんとも騒がしくて、賑やかで、とても楽しそうな、そんな空気に包まれていた。


 長時間ユルトの中に籠もって作業をしているせいか、そこに混じって私も体を動かしたい! という衝動に駆られるが……ぐっと我慢をして首飾り作りに意識を傾ける。


 黒ギーの骨をヤスリで削って磨いて削って……と、そうしていると、ユルトの入り口の方から誰かの視線を感じる。


 一体誰だろうと顔を上げると……セナイとアイハンが、ユルトの入り口からこちらを覗き込んでいるのが見える。


 あれで隠れているつもりなのか、顔をちょこんと入り口から覗かせて、じーっと何も言わずに視線を向けてくるセナイとアイハン。


 その表情は何処か落ち着きがなく、そして何かを言いたげだ。

 ……まぁ、言われるまでも無く、二人がどうしてそうしているのかは大体察しがつく。


 恐らくはアルナーが首飾りを身に付けているのを見て、セナイ達も欲しくなってしまったのだろう。


 一度欲しくない、いらないといった手前、今更欲しいとは言いにくいのだろうなぁ。


 じーっと、じーーっと無言のまま熱烈な視線を送り続けてくるセナイとアイハン。


 ……そのあまりの熱視線ぶりに負けた私は作業の手を一旦止めて、声を上げる。


「セナイとアイハンの分もちゃんと用意するから、心配しなくて良いぞ!」


 私のその言葉を耳にした途端セナイとアイハンは笑顔となって手を繋ぎ合い、喜びのままにピョンピョンと跳ねて……そしてそのまま、ユルトの入り口を開け放ったままピョンピョンと跳ね去っていく。


 開けたらちゃんと閉めなさいと言ってやらないといけないなぁと、溜め息を吐きながら立ち上がり、入り口へと向かい、入り口へと手を伸ばした……その時、固く真剣な表情をしたクラウスが姿を見せる。


「ディアス様……相談したいことがあるのですが、今お時間よろしいですか?」


 私はそんなクラウスに良いぞと頷き、ユルトの中へと招き入れたのだった。




 ユルトの中で向かい合って座ったクラウスから……長々と聞かされた話を要約すると、


「つまり、カニスの両親へ贈る結納品を何にしたら良いか迷っていると、そういうことか?」


 とまぁ、クラウスはそんな内容の相談をしたいようだ。


 優しく気立てが良くて美人で……いくら言葉を並べ讃えても足りない程のカニス。

 そんなカニスが自分(クラウス)なんかと、種族の違う人間なんかと結婚してくれるとなった以上、それ相応の事をしたいのだが、何を贈ったら良いのか分からないと、そういうことのようだ。


 私のそんな要約にクラウスはゆっくりと頷いてから言葉を返してくる。


「はい。カニスさんは用意しなくて良いと言ってくれたのですけど……それでも用意した方が良いかなと思いまして……

 ディアス様もアルナー様のご両親に結納品を贈られたのですよね?」


「……いや、私の場合は贈ったというか、いつの間にか贈らざるを得ない状況になっていたというかだったのだが……まぁ、そうだな、アースドラゴンの素材を贈ったよ」


「あ、アースドラゴンの……。

 その時のご両親の反応はどうでしたか……?」


 反応……反応か。

 正直なところ、あの時はいっぱいいっぱいだったというか、突然のことで困惑してしまっていて、はっきりとは覚えていないのだが……すごく好意的な反応だったことは覚えている。


 私が王国の人間である以上、相当な反対をされるかと思ったのだが、そんなこともなく、結納品の受け渡しはあっという間に終わって……そしてそのまま流れるように結婚式へ。


 あのスムーズさが結納品のおかげなのだとするなら……確かに贈る意味はあるのかもしれないな。


「結納品をすごく喜んでくれて、その後はするすると話が進んだな。

 ……モールの話によると、アースドラゴンの素材でなくとも黒ギー30頭でも良かったとかなんとか……」


「あの黒い牛を30頭ですか……。

 お、俺もそのくらい狩れば……!」


「あー、待て待て。

 犬人族の、カニスの家の結納文化がどうなっているとか、価値観とかの問題があるだろう。

 黒ギーを渡して本当に喜ばれるかも分からないんだ、早まるな。

 ……それよりもだ、クラウスには何枚か金貨を渡していただろう? あれを使って隣領で何か適当な品を買って贈れば良いのではないか?」


 気ばかりが逸ってしまっているクラウスを手で制し、どうにか落ち着かせながらそう言うと……クラウスは目に力を込めながら言葉を返してくる。


「あの金貨はなんと言いますか……自分の力で得たという自覚があまりないのです。

 いえ、勿論貰えたことは光栄で嬉しいのですけど、もっとこう自分の持つ力で得たものを贈りたいと言いますか……!

 今程のディアス様の話を聞いていて、ディアス様とアルナー様のようになりたいと、あやかりたいとも思いまして……それで狩りの成果をと考えたのですが、どうでしょうか!」


 狩りの成果……か。

 私の成果というとアースドラゴンと黒ギーだ。

 アースドラゴンの素材であれば確かに喜んで貰えるのだろうが、都合よく出遭えるかも分からないし、何よりアレを狩るとなれば相応の危険が伴う。


 黒ギー程度であればクラウスなら余裕で狩れると思うのだが、食材が豊富であるらしい隣領でアレの肉が喜ばれるかは微妙な所だな……と、そんなことを考えていると、ユルトの外でタッタカタッタカと駆けるフランシスの蹄の音がまたも聞こえてくる。


 その蹄の音を聞いて……ふと、ある閃きを得た私はその閃きをそのまま口に出す。


「それならクラウス、こういうのはどうだ?

 まず黒ギーを狩って、狩った黒ギーを鬼人族の村に持っていく。

 鬼人族達に黒ギーを渡し、メーア布に交換して貰って……そしてそのメーア布を結納品として贈ったら良い。

 黒ギーそのものや、黒ギー肉は……向こうで喜ばれるかは微妙な所だが、質の良い布であれば、使い所はいくらでもあるし、あって困るというものでもないだろう。

 以前カマロッツもメーア布の質の良さには感嘆していたし……きっと向こうのご両親も喜んでくれるはずだ」


 私のその提案にクラウスは感心したのか深く頷いて、明るい表情を見せてくる。


「確かにメーア布なら喜んで貰えそうですね……!

 間接的ですが狩りの成果と言えますし、ここらの特産品でもありますし……ですが、鬼人族の方々はその交換に応じてくれるでしょうか?」


「そこら辺の細かいことは本人達に聞いてみたら良い。

 厠の建設やらで鬼人族の男衆達が来ているのだろう? 

 どのくらいの量で交換してくれるだとか、どのくらいの量の黒ギーを欲しているかとかの話を聞いて……ついでに狩りのコツだとかも教わると良い。

 ……私のやり方は参考にはならないだろうからなぁ」


  私がそう言うと、返事と礼の言葉を一緒に吐き出すなり勢い良くユルトから飛び出ていくクラウス。


 ……話をしているうちに落ち着いてくれたものと思っていたが、どうやらまだまだ気が逸っているようだ。

 気が逸ったままの状態で狩りをして怪我をしないと良いが……。


 ……まぁ、クラウスも素人ではないし、いざ獲物を前にしたなら落ち着きを取り戻すことだろう。


 そうして首飾り作りの作業を再開させて、少しの時間が過ぎた頃……鬼人族との話が終わったのか、慌ただしく村の外へと駆けていくクラウスの、ドタドタと騒がしい足音と、気合の雄叫びが響き聞こえてくる。


 ……いや、うん、本当に怪我だけはしないよう気をつけてくれよ?


 結婚を前にして大怪我とか……笑い話にもならないからな……?


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