第67話 骨細工の首飾り
骨細工の首飾り。
その言葉から、どうしても無骨で粗雑なイメージがあったのだが……しかしいざアルナーに作り方を習い、その通りに作ってみると……中々どうして、悪くない出来上がりとなってくれた。
アルナーから借りた宝石細工の道具を使って……黒ギーの骨を犬人族が好きだという牙の形に整え、紐を通す穴を開けたらヤスリで一生懸命磨いて……骨が骨に見えなくなり白く柔らかな光沢を放つようになるまで磨き上げる。
磨き終えたらちょっとした模様と、勲章との文字を刻み込んで……小さな窪みを作り、そこに
……うん、想像以上の良い出来だ。これなら犬人族達も満足してくれることだろう。
問題があるとすればこれ一つを作るのに三日もかかってしまった……ということだろうか。
乾燥した骨という素材は思っていたより柔らかいというか、脆いというか崩れやすいというか折れやすいというか……細工をする際に少しでも余計な力を込めるとすぐに壊れてしまうのだ。
おかげでもうどれだけの骨をゴミにしてしまったか……。
適切な手加減を学んで、骨を壊さなくなり……そこからようやく作業が進むようになって……そうこうするうちに三日。
うぅむ、この調子では必要な数を作り上げるまでに一体何日かかるのやらだなぁ……。
ユルトの中で胡座に足を組みながら二つ目の首飾りを作りながら、私がそんなことを考えていると、アルナーがユルトの中に入ってくる。
「ディアス、少し話が……っと、なんだ、ようやく完成したのか」
入ってくるなりそう言って、私の側へと来たアルナーは完成品の首飾りを手に取り……しげしげと眺める。
そうして首飾りの紐の長さを整えて自分の首に下げて……指で弾いて揺らしてから、アルナーが妙に明るい声で話しかけてくる。
「ふむ……良い出来じゃないか、これなら犬人族達も喜んでくれるだろう」
「まぁ、それ一つに三日もかけたからなぁ。三日もかけたのだからそれなりの出来にはなるさ。
一つに三日……。こんな調子では皆の分を作り終えるまでにどれだけの日数が必要になるやらなぁ」
「こういう物は一度作ってしまえば、後はすいすいと手が進むようになるものだ。
焦る必要は無いのだし、一つ一つ丁寧に着実にこなしていくことだけを考えると良い。
……そうしていれば、ふと気付いた時には全てが終わっていることだろう」
「……まぁ、そうだな。アルナーの言う通り焦らずにコツコツ続けていくとするよ」
アルナーの言葉を飲み込み、そう言って……そして私はアルナーを見ながら首を傾げる。
「……ところでアルナー、何かあったのか? さっき何か言いかけていたようだが……?」
「ん……? ああ、大事な話があるのを忘れていた。
ディアスがそうやって作業をしている間に、私達の方でも進められることは進めておこうと思ってな。
それで厠の増設と竈場(かまどば)作りを私達で進めようと考えているのだが、構わないか?」
アルナーにそう言われて、私はうん? と首をかしげる。
厠の話はマヤ婆さんから聞いていたが……竈場作りとは一体?
私がそんな疑問をそのまま口にすると、すぐにアルナーが答えを返してくる。
「今はそれぞれのユルトの竈で食事を作っているんだが……この人数になってくると少々手狭というか、道具や食材の行き来など色々と面倒でな。
そこでエイマから竈場を作ってはどうかと提案があったんだ。
竈を何台もこう、横に並べて作って、皆で協力しあって料理をする場を竈場と言うそうなんだ」
身振り手振りで竈場の姿を空中に描きながら何処か弾んだ調子で言葉を続けるアルナー。
「竈だけでなく、クラウスのやっていたパン焼き窯とかも作って、犬人族達が使いやすいように足場も作って……薪や燃料を置く場所も作って、井戸も作って洗い場も作って……竈場全体を覆う厩舎みたいな屋根を作る。
……そんな竈場があれば今よりも色々な料理が、楽に手早く作れるそうなんだが……どうだろう?」
余程に竈場での料理をやってみたいのか、熱の籠もった声でそう言われて……ふぅむ、と唸りながら考えて……そして頷き、言葉を返す。
「構わないぞ。
私は料理だとかそういう事は詳しくないから細かいことはアルナー達に任せるよ。やりたいようにやってくれ。
……ただ、竈はともかく屋根を作るとなると材料はどうするんだ?」
「屋根に関してはカマロッツに頼もうかと考えている。
厩舎用の屋根を一つか二つ買えばそれで事足りるはずだ。
馬が一頭増えたことだし、厩舎の増設も一緒に頼むつもりだ」
ああ、その手があったか。
隣領には出来合いの材料があるとのことだし、木材を買って一から作るよりは良い案だろう。
「そういうことであればゲラントが次来た時に、その旨を書いた手紙を―――」
「―――いや、わざわざ手紙を書く必要は無い。
カニスが近い内に里帰りするそうだから、その時にカマロッツへの言伝てを頼むつもりだ」
私の言葉を遮ってのアルナーのそんな言葉に、私はなるほど、と頷く。
カニスがここに来た目的は、小型種の犬人族達がここでの生活に馴染めるかを確認する為であり……最近の犬人族達の馴染みきった様子から、その目的は果たされた、ということなのだろう。
そんな風に私が頷いたのを見て、話がまとまって良かったと笑顔を見せたアルナーは踵を返し、ひらひらと手を振りながら言葉を続ける。
「里帰りを終えたカニスが帰ってくるまでに、クラウスのユルトを大きめの物に建て直すとか色々とやるべきことがあるんだが……まぁ、それらに関してはクラウス自身に頑張って貰うとするよ。
それじゃぁディアス、作業の続き頑張ってくれ」
「ああ、分かった―――って、うん?
ちょ、ちょっと待ってくれアルナー。カニスはまたここに帰ってくるのか?
……それになんでまた、いきなりクラウスのユルトの話になったんだ……?」
そう言って私が首を傾げると……ユルトの出口に向かおうとしていたアルナーは振りかえり……そして私と同じように首を傾げる。
「……なんでも何もカニスはクラウスと……」
と、そう言ったアルナーは……続く言葉を吐き出さずに飲み込む。
そしてじっと、じーっと私のことを見つめて……何を思ったのか半目になり、呆れたような口調で言葉を続ける。
「……まさかとは思うがディアス、気付いていなかったのか?
カニスとクラウスが良い仲になったのはもう随分と前のことだぞ?
……今回カニスが里帰りをするのは父親にそのことを報告する為だ」
「……は?」
そんな私の声と共に、私の手の中にあった骨と細工道具がポロリと床に落ちる。
「く、クラウスとカニスがか!?
あの二人、一体いつのまにそんな仲になったんだ……!?」
私のそんな言葉にアルナーは大きな溜め息を吐いて……そしてやれやれと顔を左右に振ってからゆっくりと口を開く。
「いつの間にも何もなぁ……。
カニスはここに来てからずっとクラウスと犬人族との訓練を見学していたんだぞ。
毎日毎日……欠かさずにずっとだ。
そしてその訓練を主導していたのはクラウスだ。
クラウスはアレで中々腕は立つし、真面目で勤勉で思いやりもある。
……そんなクラウスとの日々の中でカニスは想いを寄せたようだな」
ある日のこと、訓練の最中に犬人族の一人が怪我をしてしまった。
そのことに気付いたクラウスはすぐさまにその犬人族に駆け寄って……的確に丁寧な手当てをしてやった。
犬人族に寄り添いながら、怪我をさせてしまったことを謝罪しながら、真摯にそうするクラウスの姿にカニスは心を動かされた……らしい。
それからカニスはクラウスとの距離を縮めようと努力するようになり、色々と言葉を交わすようになって……そんな風にアピールを始めたカニスに対し、クラウスは種族の差などのこともあって、最初は戸惑うばかりだったそうだが……次第に心を開いていって、そして―――。
「あの戦いを経て、二人は一緒になる決意をしたそうだ。
カニスはクラウスの勇敢さに惚れ直したと、クラウスはカニスという帰りを待っててくれる存在の大きさを痛感したとか言っていたな。
……しかしディアス……本当に気付いていなかったのか?
食事の時なんか二人で見つめ合ったり、互いに世話をし合ったりと、睦まじく情を交わし合っていたじゃないか?」
アルナーにそう言われて食事の時間のことを思い出そうとするが……思い浮かぶのは美味しそうな食事のメニューと美味しそうに食事をしている皆の笑顔だけだ。
クラウスとカニスがどうしていたかは……うぅむ、全く覚えがない。
最近のカニスが何処で何をしていたかについても全く覚えがなく……そうか、クラウスと一緒の時間を過ごしていたのか。
「そうすると……カニスはここで暮らすつもりなのか?
クラウスと一緒に?」
「そのつもりのようだな。
今回の里帰りでカニスが事の仔細を両親に報告し、そうしてから折を見てクラウスと一緒に両親に会いに行って……準備が整ったら結婚するそうだ。
……あの二人の仲の良さならそう遠くないうちに子宝にも恵まれるんじゃないか?」
私の問いに対してそう答えたアルナーは、詳しい話を聞きたければ当人達に聞けとの言葉を残して……手をひらひらと振りながらユルトから出ていく。
そうしてユルトの中で一人残された私は……ただただ呆然としてしまう。
とても喜ばしいことではあるし、嬉しいことでもあるのだが……驚きのほうが勝るというかなんというか……まさかあの二人がくっつくとはなぁ。
呆然としたまま、うぅむと唸り……周囲を見回して、落とした骨と道具を拾い上げて……そしてそこでようやくアルナーが完成品の首飾りを身につけたまま出ていってしまったということに気付く。
……元々アルナーにもあげるつもりではあったから構わないと言えば構わないのだが……まさかそのまま持っていってしまうとは……。
それ程に良い出来であり、気に入ってくれた……ということなのだろうか?
……うん、皆にも気に入ってもらえるように、頑張って作るとしようか。
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