第66話 金貨の使い途


 鐘の音を聞きつけて広場に集まった皆に、一人一人に礼を言いながら金貨を渡していく。

 戦場に出た者には二枚、出なかった者には一枚。


 セナイとアイハン、犬人族の子供達、マヤ婆さん達、フランシス達にも渡して……そして改めて皆に向かって礼を言う。


 そうして解散して良いと言おうとした時、トコトコと金貨を大事そうに両手で抱えたシェップ氏族の若者が私の前に進み出てくる。

 若者はおずおずとしながらも、私のことをしっかりと見つめ……そして声をかけてくる。


「ディアス様! 

 この金貨に穴を開けて良いですか?」


 そんなことを言われて……私は驚かされてしまう。

 今褒美として渡したばかりの金貨に穴を開けたいとは……一体何事だろうか?


 穴を開けたとしても金は金なので極端に価値が落ちるという訳では無いが……しかし穴の開いた金貨を受け取る商人は良い顔をしないことだろう。


 その若者になんて言葉を返したものかと私が悩んでいると、他の犬人族達も私の足元に集まってきて、自分も自分もと金貨に穴を開けて良いかの許可を求めてくる。


 そんな犬人族達に落ち着いてくれと声をかけて落ち着かせて……膝を折ってしゃがみ、視線を合わせてから、


「あー……どうして金貨に穴を開けたいんだ?

 穴を開けるなとは言わないが、開ける前にその理由を聞かせて欲しい」


 と、声をかけると、先程の若者がその目を輝かせながら声を返してくる。


「穴をあけたら紐を通せます!

 紐を通したら首から下げられます!

 ディアス様から貰ったご褒美、そうやってずっとずっと肌身離さず持っていたいです!」


「ずっと……?

 いやいやいや、それは金貨……通貨なんだぞ?

 行商人が来た際に何か欲しい物とか好きな食べ物を買って欲しいと思って渡したのだが……」


 若者の言葉に驚きながら私がそう言葉を返すと、若者は金貨をぎゅっと胸に抱えて、嫌だ嫌だと首を横に振り、使いたくない、手放したくないと声を上げながら涙目になってしまう。


 他の犬人族達も程度の差はあれど、誰もが似たような態度を示していて……うーむ、これはどうしたものだろうかな。


 以前にも犬人族達には、氏族の皆で話し合って使うようにと日々の労働の報酬として金貨や銀貨を渡していた。


 犬人族達は受け取った金貨銀貨をそれぞれのユルトの中に飾り、崇めていて……てっきりそれは待望だった仕事に就けて、その結果報酬を貰えたという嬉しさから来る行為だと思っていたのだが……この様子だと、どうやらそうでは無かったようだ。


 彼らにとっては大事な大事な記念品……というか思い出の品ということなのだろうか?


 犬人族達の好きにさせてやる……というのも手かもしれないが、ペイジンに犬人族向けに大量の商品をと頼んでしまっているので、通貨は通貨として使って貰わねば困ったことになってしまう。


「……金や銀に特別な思い入れがあるのか?」


「キラキラして綺麗だなとは思いますけど、特に思い入れとかは無いです!」


「……そうすると『私からの褒美』ということに意味があるのか?」


「はい! そうです!

 ご褒美嬉しいです! 記念です!」


「それなら、代わりに何か……良いご褒美をあげれば、金貨は金貨として使ってくれるのか?」


 いくつかの質問の後に私がそう言うと、犬人族達は手の中の金貨をじっと見つめて悩んで……凄く悩んでから、これより良いご褒美であればと頷いてくれる。


 頷いてくれて一件落着……となれば良いのだが、まだ問題は残っている。


 ……金貨の代わりになるような良いご褒美とは一体何を用意したら良いのだろうか? 

 自分で言っておいて何だが全く思いつかないぞ。


 しかもそれを100人近い犬人族達に用意してやらなければならない訳で……うぅむ……。


 そんな風に私が頭を悩ませていると、一連の流れを見守っていたアルナーが私の側へとやってきて……犬人族達に向かって声を上げる。


「お前達の気持ちはよく分かった。

 ……例えばの話だが、ディアスが自らの手で狩った獣の牙や骨を、ディアスが手ずから加工した首飾りが褒美だとしたら嬉しいか?」


 アルナーのその言葉に犬人族達は一気に湧き立ち、激しく尻尾を降り始める。


 犬人族達はそうやって、とても喜んでくれているようだが……しかしアルナーの言う獣とはつまりアレのことだよな……?


「よし、ならば今日のところは解散して仕事に戻ろう。

 ……金貨は無くさないようにちゃんとしまっておくんだぞ。

 首飾りは完成次第、ディアスが一人一人に手渡してくれることだろう」


 アルナーがそう言うと、犬人族達は尻尾の振りを激しくしながら楽しみだとの言葉を残して解散し、それぞれの仕事場へと移動していく。


 様子を見ていたマヤ婆さん達や、クラウスやカニスも一緒にこの場を去って行って……そうして皆が居なくなるのを待っていたらしいセナイと、エイマを抱きかかえたアイハンが私達の下へと駆け寄ってくる。


「私達もご褒美の首飾り欲しい!」

「ほしい! ほしい!」


 そんなことを言いながら元気にピョンピョンと跳ねるセナイとアイハン。

 ……いや、まぁ、そんなに欲しいのであれば二人にも作ってやっても構わないが―――。


「―――アルナーの言っていた獣というのは、恐らく黒ギーのことだぞ?

 セナイとアイハンもよく食べているだろう? スープの中によく入っているあの骨付き肉のことだ。

 ……あの骨を加工した首飾り、欲しいか?」


 私が以前……この草原に来たばかりの頃に狩り、鬼人族の村で干し肉や燻製肉に加工された黒ギーの肉。

 それにくっついている骨であれば入手は容易だし、数を揃えるのも難しく無い。

 

 アルナーは妙な言い回しをしていたが……黒ギーの骨とはゴミとしてそこらに埋めて捨てているような物でしかないのだ。


 そんな黒ギーの骨の首飾り……に対するセナイとアイハンの反応は、


「……欲しくないかも」

「……いらなーい」


 と、いうものだった。

 ……まぁ、普段から自分達の手でゴミとして捨てている物なのだから、その反応も当然だろう。


 私としてもそんなゴミで作った首飾りを、あれだけ私の褒美を楽しみにしている犬人族に褒美としてやるというのは……心が痛むというか、許されないことのように思えて仕方ないのだが……。


 と、そんなことを考えていると、


「なぁに、その分気持ちを込めて手間をかけて作ってやれば問題無いだろう。

 犬人族達が欲しているのは価値がある物では無く、ディアスの気持ちを形にした物だということは、金に対する態度からも明らかだ。

 気持ちを込めながら丁寧に削り、一つ一つ手間をかけて……それでもディアスが納得いかないのであれば、小さな宝石でも埋め込んで見栄えをよくしてやれば良い。

 宝石の欠片であれば山のように余っているぞ」


 いつものように私が考えていることを察してか、アルナーがそう助言をしてくれる。


 確かに気持ちこめて丁寧に手を入れてやって、その上宝石も埋め込めばそれなりの……見栄えの良い首飾りになってくれることだろう。


 そういった細かい作業は苦手というか、不器用な私には少々……いや、かなり大変な作業になるだろうが……まぁ、うん……犬人族達の為に頑張るとしようか。


「安心しろ、ディアス。加工だとかそういった作業は私が得意とするところだ。

 不器用でも上手くやれるコツを教えてやれるし、ディアスでもすぐに上達するはずだ」


 またも一言も口に出していない私に、そう助言をしてくれるアルナー……。


「……うん、ありがとうアルナー。

 そう言ってくれてとても嬉しいよ。

 ……それはそれとして、前々から気になっていたのだが……私はそんなに分かりやすい人間だろうか?

 先程から何も言っていないのに考えていることが読まれすぎだと思うのだが……。

 ……もしかしてアレか? 先程ペイジンに使ったような交渉術を私にも使っているのか?」


 私がそう言うとアルナーはにっこりと優しく微笑んで……そのまま口を閉ざし何も言ってこない。


 セナイとアイハンは両手で口を抑えながら笑いを堪えていて……アイハンの肩の上のエイマは私から視線を逸らして震えている。



 ……ああ、うん、そうか。

 私にも皆の考えていることが手に取るように読み取れるよ。

 

 そうか……私はそんなに分かりやすい人間だったのか……。


 

 と、私がそんなことを考えた瞬間、その場に居た皆が一斉に吹き出してしまって……そんな皆の笑い声の中、私は無言で、ただただ立ち尽くすことしか出来ないのだった。

 

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