第65話 褒美


 興奮するペイジンをなんとか落ち着かせて、話をどうにか進めた結果……血無しという者達の中に交易をやってみたいと希望する者が居れば、ペイジンが商売を教え込み、交易を生業とさせる……ということで話はまとまった。


 馬が居て馬車があるのだし……本職の商人に仕込まれた人材が来てくれるのは私達としても、とてもありがたい事だ。


 その話し合いの際に


『ペイジン、血無しという者達に限らず、イルク村の住民となるには条件があるんだ。

 犯罪者や悪人はお断り、私達に悪意を持つ者もお断り……という条件だ。

 人材を選ぶ際にはその条件のことも忘れないようにして欲しい』


『ヘッ? エ、エェ……それは当然のことデショウ。

 わざわざ言われるまでも無ク、その者の過去、人品などに関しマシテハ十分に気をつけるつもりデスガ……』


『先程の交渉でペイジンも経験したことかと思うのだが……アルナーは目利きでな。

 特に人柄の目利きに関しては、品物のそれとは比較にならない程正確なんだ。

 ……ここまで来て貰っておいて、追い返すなんて事はなるべくしたくないから……面倒だろうがそこら辺はしっかりとやって欲しい』


『お、お言葉、この胸に深く刻み込みマシタ。

 ……ディアスさんとアルナーさんの目に適う人物を選ばせて頂きマス』


 なんて会話があったので……まぁ、良い人材を選んでくれることだろう。


 血無しの者達にはイルク村を中心に、獣人国と隣領を行き来する形で交易をやって貰う予定で……追々、イルク村の特産品などが出来ればそれも商って貰うことになる。


 特産品として最初に思いつくのがメーア布……なのだが、生産量が限られている現状、外に売るのは難しそうだ。


 犬人族達にも新しい服を作ってやりたいし……そろそろ夏服のことも考えないといけない。

 またフランソワのお腹が目立つ程に大きくなっている今、負担になるようなことはさせられないだろう。


 メーアの数を増やせればとも思うのだが……野生のメーアに一度も出会えていない現状それも難しいだろうなぁ。


 ……まぁ、商売を教え込んだり準備をしたりで、血無し達がこちらに来るのはかなり先の話になるとのことだから……そこら辺については追々考えて行くとしよう。



 血無し達についての話を終えた後は、次回に向けての注文の話となった。

 今回の取り引きでは犬人族達が欲しがるような商品が無かったので、次回はそこら辺を……犬人族が欲しがるような商品をたくさん持って来て欲しいと注文しておいた。


 犬人族がいくらかの金貨や銀貨を持っていると聞いたペイジンは、その商機は見逃せないと前のめりになりながら注文を受けてくれて……また獣人国にも小型種の犬人族はたくさん居るとのことで、犬人族向けの商品に関しては自分に任せて欲しいと、なんとも自信ありげに胸を叩いていた。


 他にもいくつか日用品だとかの注文をし、それと馬が手に入るようであれば用意して欲しいとお願いして……そうして注文の話は終わりとなった。

 食料に関しては……今の所少し余ってしまっているくらいなので、注文しなくても問題無いだろう。


 そうして注文を終えるとペイジンは、夕暮れ前には出立したいからと、売れ残った品物や簡易市場の片付けを始めて……なんとも手早く出立の準備を整えたのだった。




「……今回は良い取り引きと良い勉強をさせて頂きマシタ。

 またそう遠く無いうちにこちらに寄らせテ頂きマスので、その際にはまた……今回以上の良い取り引きをよろしくお願い致しマス。

 ……デハデハ、ワタシ共はこれにて失礼させて頂きマス」


 と、そう言って深い礼をして、ペタペタと御者台に登り、手綱を操り……西へと去って行くペイジンと護衛達。


 その後ろ姿を見送った私は……さて、これから忙しくなるぞと肩を回す。

 

 何しろガチョウ達を飼うことになったのだから、やらなければならないことがいっぱいあるのだ。


 ガチョウ達の寝床となる飼育小屋……は使わなくなっていたフランシス達のを流用するとして、その近くにちょっとした水場を作ってやる必要がある。


 ガチョウは水場が無くても飼えることは飼えるのだが……水場が無いと体調を崩してしまったり、卵を産まなくなったりするので作った方が良いだろう。


 溜池ほど深くする必要は無いし広くする必要も無いのですぐに作れるはずだ。簡単な水路を作り川から水を引いて、川に排水するような作りにしないとな。


 と、そんなことを考えながら飼育小屋へと向かって歩いていくと……何か一仕事を終えたといった表情のマヤ婆さん達と、大勢の泥だらけの犬人族達の姿が視界に入る。


 泥だらけの犬人族達は、私を見つけるなりこちらに駆けて来て……尻尾を振り回しながら、


「褒めて! 褒めて!」

「撫でて! 撫でて!」


 なんてことを言って来る。


 そんな犬人族達の様子に、一体何について褒めれば良いのかと私が困惑していると……遅れてやって来たマヤ婆さんが弾んだ声で話しかけてくる。


「坊や、ありがとうねぇ。

 あんなに良いガチョウ達を買ってくれて。

 あの様子なら冬までには何羽か増えてくれることだろうし……今からガチョウのローストが楽しみで仕方ないよ」


「ガチョウのローストか……うん、私も今から楽しみだよ。

 ……ところでマヤ婆さん、犬人族達はこんなに泥だらけになってしまって……一体何をしていたんだ?」


「何をしていたって……そりゃぁガチョウ達の為に働いて貰ってたんだよ。

 フランシス達の小屋があったろう? 全く使っていないようだしアレを一旦借りることにしてね、皆に川の側まで運んで貰って、その側に小さな池を掘って貰ったのさ。

 その池は川から水を引いて、川に排水する形にしておいたからガチョウ達が泥遊びをしても安心だよ。

 ああ、それと小屋と池の回りを柵で囲いたいから、鬼人族の村に資材を分けて欲しいって伝えるようにセンジーの若い子に鬼人族の村に行ってもらったよ。

 ついでにほら、エイマちゃん用と、犬人族達用の小さな厠の増築の話もするように頼んでおいたから、そのうち向こうから連絡があるんじゃないかい。

 ……坊やには無断でやった形にはなるけど、どれも必要なことだし、問題は無いだろう?」


 どうやらマヤ婆さんと犬人族達は、私がペイジンとあれこれと話している間に、私がやろうとしたことをやってくれていたようだ。


 それどころか飼育小屋の移動や厠のことなど、私が考えていたよりも良い形でやってくれたようで……うん、問題なんてあるはずも無かった。


 私はマヤ婆さんの言葉に深く頷いてから、


「柵は夜までには作っておきたかったし、問題無いどころか助かったよ、ありがとう」


 と、マヤ婆さんに礼を言い、


「お前達も頑張ってくれたみたいで助かったよ、ありがとうな」


 と、犬人族達に礼を言って……犬人族一人一人撫で回していく。


 そうして犬人族達皆を撫で回した後に……ああ、そういえば昨日の戦いの褒美をまだやっていなかったな、ということに気付く。


 戦場で私と一緒に戦ってくれたマスティ達は勿論のこと、イルク村に残りイルク村を守ってくれた皆にも褒美をやる必要があるし、戦争……のようなものを無事に乗り越えられたという気持ちの切り替えの意味でも、こうしたことはやっておく必要があるだろう。


「……よし、近い内にペイジンが皆が好みそうな物を持って来てくれるとのことだし、昨日の戦いの戦勝記念ということで皆に褒美をやるとしようか。

 戦場に出た者達だけでなく、村を守ってくれた皆にも……というかイルク村の住民全員に褒美をやるつもりだったから、村の皆を広場に集めてくれ。

 ……ああ、泥で汚れている者は川で洗って身綺麗にしてから広場に来るようにな」


 私がそう言うと、途端に犬人族達はその目を見開いて……そして喜びのあまりか遠吠えをし始める。

 皆がそうして遠吠えをし続ける中、一人の犬人族が広場へと駆けて行って……そうして広場の方から一つの鐘の音が響いてくる。

 ……そういえば戦鐘の音が集合の合図になるんだったな……。



 よし、遠吠えなり鐘の音なりを聞きつけて、すぐにでも皆が集まってくることだろうし……早速倉庫に行って金貨達を引っ張り出してくるとしようか。


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