第64話 ガーと鳴くからガチョウ
餌は料理の際に出る野菜の切れ端で良い。
そこらに放しておけば、勝手に雑草などを啄むし、数日であれば餌を食べずとも生きていける。
それでいて成長は早く、半年もあれば大人となり……かと思えば長生きで、20年30年は当たり前に、時には50年もの時を生きることもある。
病気に強く、怪我にも強く、卵をポンポンと産み続けるその生命力は凄まじい。
飼い主によく懐く反面、警戒心が高く攻撃的で……余所者に対してはガーガーと大きな声で鳴きながら追いかけて、そのクチバシで攻撃するという習性がある為、家に泥棒が近付けばガーガーと鳴き喚き、畑に害獣が近付けばクチバシでつついて追い払う……と、番犬のような仕事もしてくれる。
そして何より、卵、肉、羽毛と、ガチョウ達がもたらしてくれる恵みの数々は、そのどれもこれもが素晴らしい物ばかりで……そうした理由からガチョウ達は、『恵みの鳥』とも呼ばれている。
センジーのことを今も元気に追いかけている6羽のガチョウ達は、どれも身体が大きく元気で、羽毛の質も良く……買うとなると、一羽につき金貨3枚……いや、金貨5枚はするだろうか。
それを6羽も買うとなるとかなりの出費となってしまうが……まぁ、今は余裕があるのだし、構わないだろう……と思う。
そんなことを考えながら交渉を白熱させているアルナー達の下へと向かい、あのガチョウ達を購入したいのだが……と声をかけると、アルナーとペイジンはガチョウをネタにその交渉戦を一層に激化させていく。
それからしばらく熱戦が続き……そうして決着となり、迎えた結果は……まぁ、引き分けという所だろうか。
魂鑑定を使い、値引きできそうな品は値引きさせて、粗悪品や法外な値段の品は見事に見抜いて購入しなかったアルナー。
持って来た商品の半分以上を売ることに成功し、特に高価な工芸品達の多くを売り捌くことが出来たペイジン。
そのどちらもが勝者であり……どちらも損をすること無く相応の得をしている。
……と、私からの評価はそんな所なのだが、どうやら本人達の評価はそうではないらしい。
アルナーが余裕の笑みを浮かべる中、ペイジンの大きい目と口はなんとも悔しげに歪んでいて……粗悪品や法外な値段の品を堂々と市場に並べて、それらを売り付けようとしていることをアルナーに看破されてしまい……だというのにその点について一切責めず、値引きの理由にもせず、前言の通りペイジンに儲けさせてやったアルナーの方がいくらか上手だった……ということのようだ。
そんなペイジンを見るアルナーの目は、次はどんな品でどんな手で来るのやらと挑戦的で……ペイジンはペイジンで悔しさを振り払いつつ次こそは目にもの見せてやるからな、と挑戦的で……次回の戦いも白熱したものとなりそうだ。
兎にも角にも、そうしてアルナーは金貨一袋と引き換えに……食料や雑貨などの日用品の全てと、ガチョウを6羽と、ぶどう酒の樽をいくつかと、小箱や食器などを中心とした多くの工芸品達を手に入れたのだった。
交渉戦が終結し、それらの品々の引き渡しが護衛達の手により行われる中、ペイジン・レが私の方へと揉み手をしながらペッタペッタと歩いてくる。
「……イヤハヤ、今回ハ良い勉強をさせて貰いマシタ。
兄が草原デハ決して油断するナと言ってきた意味がよーく分かりマシタヨ。
……ハァ~~……。
サテ、気を取り直シマシテ、ディアスさん。領民募集の件のオ話よろしいデスカ?」
途中大きな溜め息を挟みつつ、そんなことを言ってくるペイジンに私が頷くと、ペイジンがその目をキョロキョロと動かしながら口を開く。
「端的に申しマシテ獣人国の獣人達に、獣人国を出てマデこちらに来ようとする者ハ居ないというのが現状デス。
奴隷であれバ、いくらでも都合が付くのでスガ、ディアスさんは奴隷がオ好きではないトの事。
それでも兄ハ、ディアスさんと良いオ付き合いをシタイからと八方手を尽くしまシテ……その結果、一応の目星が付いたノデスガ……その目星というのガ血無し達の事デシテ……。
ここに血無し達を連れてくる前にまず、血無し共でも構わないのカの確認を取らせテ頂こうかと思った次第デス」
「……その血無しというのは一体、どういう者達なんだ?」
全く聞き覚えがないその単語に私がそう尋ねると、ペイジンはその目を伏せ、軽く頷いてから言葉を返してくる。
「血無しとは獣人でありながラ、獣らしさを失ってしまっタ者達のことになりマス。
その姿は人間族にかなり近ク、一部に獣ラシサを残していマスガ、獣の血も獣の力も失っテ……身体能力は人間族のそれと全く変わりマセン」
そんなペイジンの説明を聞いて、ふとエルダンのことが思い浮かぶ……が、エルダンは十分に獣人らしい力を残しているし、変身能力なんかも持っていたな……。
「そうなってシマウ原因はよく分かっておりまセン。
どういう訳だか唐突に血が薄い子供が生まれてシマッテ、それから何代か子を成してイクト完全に獣の血が無くなってシマウのデス。
そうシテ生まれた血無し達は獣人国ではあまり良い扱いを受けてオラズ……獣人国から逃げ出したいと考えている者モ少なくありマセン。
かと言ッテ獣人に対する差別意識の強い王国に行く訳にもイカズ……ですガ、ディアスさんは亜人の奥方と結婚し、また棄民であっても懐深く受け入れるお方。
であればト、この草原であればト移住に前向きな者が何名か居る……という訳デス」
その上、私達は獣人のエイマと犬人族とも一緒に暮らしているし……確かにそういう人達が住むには悪く無い場所なのかも知れないな……。
……まぁ、ここで無くともお隣、エルダンの領地でも問題無く受け入れてくれると思うが……。
「今の獣王様は血無しにも深い愛を示すお方デ、血無しの保護や原因の解明、治療方法の研究にも熱心なのデスガ……先代、先々代の獣王様は全く別のお考えをお持ちダッタという事もアリ……その影響が今も国民の中に残っているという訳デシテ……。
どうでショウ? 移住を希望スル血無し達の受け入れ、して貰えるでショウカ?」
と、ペイジンに問われて……少し、いや、かなり悩んだ私は、受け入れたいと返事をするついでに隣領、エルダンの領についての説明もすることにした。
エルダンの抱えている秘密については私が勝手に言う訳にもいかないので伏せつつ、獣人の奴隷を保護し、解放し、獣人・亜人と人間族が一緒に暮らせるようにと、頑張っている領主が隣に居る。
実際に見た訳では無いが、隣領から入ってくる品物などを見る限り隣領は相当に豊かであり、暮らしやすそうであり……うちに来るのも良いが、そちらに行くのも良いのではないか? と、そんな感じの説明だ。
エルダンであれば手厚く保護してくれる事だろうし……これまで辛い思いをしてきたのであれば、うちよりもエルダンの下で良い暮らしをした方が良いだろう。
そしてそんな隣領の話を聞いたペイジンは、兄のドがそうしたように大きく口を開けて、舌をだらりと出しながら驚きを表現し……そしてしばらくの間があった後に、大口を開けての大声を上げ始める。
「そ、そのお話、モット早くして欲しかったデス!
マサカ王国に獣人への理解のある領主がまたモ現れるナンテ……! しかも豊かデ、様々な品物がアルというコトハ、新たナ交易先になる可能性ガ……!
ディアスさん、街道の整備と隊商宿の建設をしてみまセンカ?
……ソ、そうデスカ、それには人員と資材ガ足りないト……。
ナラバ、ディアスさん、馬車を持ってまセンカ! それでディアスさんが交易をしてみるとかドウデショウ! 獣人国の窓口についてハワタシが担当しますノデ、ご安心ヲ!
エ? 馬車はあるケド、人手も馬も足りないから難しイ? そ、そんな御無体ナ……!
そ、それなら血無し達に商売を仕込んで、ここを拠点ニ、王国と獣人国の交易をさせれバ……!」
興奮状態となったペイジン・レは、そんな風にして盛り上がり……次々に言葉を吐き出し続ける。
どうやらペイジンの頭の中は新たな交易先、新たな商機のことでいっぱいになってしまっているようで、血無しという者達の話よりも、商売の話ばかりをするようになってしまって……そんなペイジンの話が落ち着くまでには、かなりの時間が必要となってしまうのだった。
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