第53話 リチャードとディアス


――――ダンスホールで リチャード



 ディアスは王族に危害を加えたことがある。


 とのリチャードの言葉を耳にした貴族達は……リチャードの意に反してまで、そんな厄介者には関わらない方が良さそうだと、そんな厄介者の下に自ら向かっているディアーネにも関わらない方が良さそうだと考えを改めて……それでこの日の会合は解散という運びとなった。


 そうして貴族達が立ち去り、静かになったダンスホールで……椅子に座ったままのリチャードは深く嘆息する。


 疲れているのか、それとも何かに呆れているのか。


 そんな態度を見せるリチャードの周囲には護衛や従者達や、ダンスホール内を掃除するとの名目で会合が解散となった後に姿を見せた使用人達の姿がある。


 それらの者達は何かを待っているのか、リチャードの言葉を待っているのか、仕事もせずに何も言わずにただダンスホールの中で姿勢を正して立っているだけだ。

 ……そしてそんな静かな空気に耐えられなくなったのか、従者の一人……若くがっしりとした体躯の男がヘラヘラとした笑顔を浮かべながらリチャードの側へとやってきて、なんとも軽い調子で口を開く。


「リチャード様、リチャード様。

 本題の前にちょっと質問良いッスか?

 俺、さっきの話を聞いてて、ちょっと気になっちゃったんスけど、なんで王様はディアスを辺境に追放しちゃったんスか?

 なんか、話を聞いてる感じ王様ってディアスのこと嫌ってるどころか好いてるっぽいッスよね?

 だってのになんで王様はそんなことしちゃったんスか?」


「……お前は何度注意したらその口調を改めるんだ?

 王宮内ではそれらしく振る舞えと何度も言ってあるだろう……?

 ……それとな、父上はディアスを追放してなどいないのだから、その質問はそもそもの前提が間違っているぞ」


 なんとも低俗で無礼な物言いをするその従者に、リチャードは一瞬不快そうに顔を歪める……が、すぐに表情を正して、そう言葉を返す。

 リチャードに間違いを指摘された従者は……その意味が理解出来ていないのか、首を傾げるばかりで、リチャードはそんな従者の様子に仕方ないといった様子で嘆息してから、再び口を開く。


「父上はディアスを辺境に追放したのでは無く、ディアスならきっとあの草原をなんとかしてくれるだろうと信頼し、任せたんだ。

 辺境と言えば聞こえは悪いが、言い換えればそこは国境線であり国防の最前線だ。

 そんな最前線を任せるとなれば当然信頼のおける者を選ぶだろう?

 父上はディアスをとても深く信頼している。

 ……何しろ父上が何か失策をしでかす度に、その尻拭いをしてくれたのがディアスなのだから、それも当然の事だ」


「……王様が平民を信頼してるって……平民が王様の尻拭いをしたって……それ、マジッスか?」


「……ああ、本当だ。

 外交で失敗し、開戦となってしまって……国が滅び自らの首が落ちるとなった時に現れたのがディアスだ。

 それからというもの父上が何かしでかす度にディアスが活躍し、ディアスが暴れて、ディアスが事態を解決し、ディアスが父上のしでかした失策を帳消しにする程の利を王国に与えてくれた。

 ……そんな事が何度も繰り返されて20年。

 父上にとってディアスは英雄であり、命の恩人であり……誰よりも信頼する20年来の大親友なんだよ」


「いや、でも最近の噂じゃぁディアスは、一人で……お金も人手もなんにも無い状態で辺境に放り出されたって……」


「それをやったのは父上ではない。

 まだ確たる証拠は無いが……まず間違いなくマイザー達の仕業だろう。

 父上はあの草原を……領主達が次々に不審死してしまうあの草原をディアスに任せると決めて、当然それに見合った人材と金品を用意していたのだが、そこにマイザー達が横槍を入れたようだ。

 マイザー達はどうやら草原の呪いで……オーガ達の呪いで死ぬであろうディアスに大金をくれてやるなんて勿体無いと、そんな愚かな考えで行動を起こしたようだな」


 自らに従う人材は自らの派閥に取り入れて、それ以外は王都から遠ざけて……ディアスの為にと用意された金品の全てを奪い取ったマイザーと第二王子派閥の貴族達。


 後先を考えないその愚かさにリチャードは思わず失笑してしまう。


 大体にして金を奪うのが目的ならば、そのついでにディアスも人材達も一人残らず殺してしまえば良かったのだ。

 そうした方が後腐れが無いし、足も付きにくくなる。

 ただ金を奪うだけ奪って、後のことは本当かどうかも分からない与太話の類となる草原の呪いに任せるなんてのは、いくらなんでも不合理にも程がある。

 実際にディアスはあの草原で元気にドラゴン狩りに精を出しているというのだから全くのお笑い草だ。

 ……いや、ディアスは敵国の……帝国の暗殺者達を何度も何度も退け、ものともしなかったと聞くし、殺そうとはしたが失敗した……という可能性もあるかもしれないな。



 と、リチャードがそんなことを内心で考えていると……リチャードの話を時間をかけて飲み込み、どうにか理解したらしい従者が、納得出来たという顔を一瞬だけ見せて……そしてまた何か疑問が浮かんで来てしまったのか首を傾げ始める。


「……あれ? でもそうだとするとマイザー様って……やばくないッスか?

 王様お気に入りのディアスからお金を盗んだなんて事が王様にバレたりしたら……」


「父上は未だにマイザー達の流した……ディアスが戦勝祭が終わらぬうちに血気に逸って勝手にネッツロース草原に向かってしまった……なんて与太話を信じているようだが、じきにその噂を耳にすることだろう。

 そうなれば近衛達が調査を始めることだろうし……遠からずマイザー達は大きな痛手を負うことになるだろうな」


 調査の手がマイザーまで及ぶかは分からないが、第二王子派閥の何人かの首は危うくなることだろうし、手に入れた金品以上の物をマイザーは失うはず。

 王国の病巣とも言える第二王子派閥に大きな傷をつけるきっかけがあのディアスというのは……これもまたディアスがもたらした利なのだろうかと、リチャードは誰にも聞こえないような小声で呟く。


 そんなリチャードのことをじっと見つめながら、その従者が再び口を開こうとした折、そんな従者を押しのけて、赤毛の女従者がリチャードの前へと進み出てくる。


「もー、アンタばっかり質問しすぎだよ!

 ねぇねぇ、リチャード様、わたしも質問! 質問!

 さっきの話を聞いて、ずっと気になってたんですけどー、ディアスが危害を加えた王族って誰なんですかー?

 王様は違うだろうし~、王妃様ってことも無いですよね~?

 ……まさかリチャード様が~なんてことも無いはずですし~」


 元気に、元気過ぎる程に女従者がそう言うと……途端にリチャードは今までに見せたことの無いような渋面を作り出し、側に立っていた老齢の騎士もなんとも言えない表情をし始める。

 他にも事情を知っているらしい何人かがその表情を微妙なものへと変化させて……そうした空気から女従者は何かを察して……渋面のままのリチャードのことを驚愕の表情で見やる。


 そんな視線を受けたリチャードは肯定もせず否定もせず、ただ渋面のままに黙り込み……そうしてしばらく誰も声を発さない、沈黙の時間があった後に……使用人達の一人、まるで何かで染めたかのように漆黒の髪をした派手な化粧の女使用人が仰々しい仕草で身振り手振りしながら、まるで童話を子供に聞かせるかのような口調で語り始める。


「昔々ある所に、親に甘やかされ我儘放題していた性根のひん曲がったどうしようも無い少年がいました。

 そんな少年はある日、父親に戦場が見たいと、自分も戦場で戦果を上げたいという、とんでもない我儘を言い出してしまいます。

 息子を甘やかしてばかりの父親は、息子のその我儘を深く考えること無くあっさりと受け入れてしまって……そうして王国初の若英部隊が組織されることになりました。

 念願叶って戦場に出ることが出来ただけで無く、若英部隊の指揮まで任されることになった少年でした……が、経験も能力も無いままに指揮を執った結果、それはもう見事なまでに敵軍に四方を囲まれてしまいました。

 そんな状態ではまともに戦えるはずも無く、部隊と護衛のほとんどが戦死してしまい……あわや少年も戦死してしまうか、はたまた敵国に捕らわれてしまうかと思われたその時……一人の乱暴で粗野な男がその場へと駆けつけたのです。

 怪力無双と呼ぶに相応しいその男は少年の下へと迫る敵を一人残らずなぎ払い……そうして少年を窮地から救い出しました。

 男に救われた少年は男のことを褒め称え、望むだけの褒美をやるとの声をかけました……が、男はそんな少年の言葉を完全に無視して、何故こんな馬鹿で無謀なことをしたのだと大声を張り上げて……その拳を少年の頭めがけて力いっぱいに振り下ろしたのでした。

 ……めでたしめでたし」


 漆黒の髪の女使用人が語るそんな童話を、ダンスホール内に居た事情を知っていると思われる者達は何も言わずに微妙な表情のまま聞き流し、そうで無い者達は驚愕の表情を浮かべながら聞き入り……語りが終わるなりにリチャードを凝視する。


 そうやって複数の目に凝視されてしまったリチャードは、何かを諦めたかのように嘆息し、ゆっくりと口を開く。


「……誰かに殴られたのは後にも先にもあの時だけだ。

 挙句の果てにディアスは、俺が王族だと名乗っても王様ごっこは家に帰ってからやれと聞く耳を持とうともしやがらない。

 王様に憧れるのは良いが、手柄欲しさに無謀な真似はするんじゃないと説教までしてくれやがって……それから王都に帰れるようになるまでの三ヶ月間、俺はディアスの下で扱かれることになったんだ」


 そんなリチャードの言葉に、この話を初めて聞いた者達は驚愕したり、恐れ慄いたり、あるいは笑ったりと様々な反応を示す。

 そうやってダンスホール内が騒がしくなっていく中、リチャードの側に立つ老齢の騎士が口を開く。


「……その結果、捻じ曲がっていたリチャード様の性根は叩き直されて、リチャード様は皆が知っている通り、努力を怠らず、誠実で……身分や生まれでの差別をしない立派なお方へと成長されたのです。

 リチャード様のような素晴らしい指導者に恵まれたという事もまた、ディアスがもたらしてくれた利と言えるでしょう」


「ディアスとの出会いが無くとも……この国の、無能な王と貴族達のせいで滅びつつある現状をその目で見たなら、たとえ昔のままの俺であっても目を覚まし、考えを改めただろうさ」


 老齢の騎士の言葉に対しリチャードがそう口を挟むと……老齢の騎士は何も言葉を返さずに肩を竦めて自らの髭を一撫でする。

 リチャードはそんな老齢の騎士の態度を横目に見ながら、従者や使用人達に向けて口を開く。


「ディアスが延命してくれはしたが、無能共が上に居座っている限りこの国の寿命は失われていく一方だ。

 また滅ぶだなんて事態になる前になんとしてでも無能共を排しなければならない。

 その為なら腐敗しきった神殿の力も借りるし、馬鹿貴族達の相手もするし……平民達のギルドの……お前達の力を借りもする。

 ……そういう訳だから今回も頼むぞ」


 そう言ってリチャードは本題に入るぞとの一声の後に、護衛や従者、使用人達に紛れ込んだギルドの者達に様々な『雑務』を依頼していく。

 依頼が言い渡されると同時にジャラリと重い音のする革袋が老齢の騎士から渡されていって……革袋を受け取ったギルドの者達はその重さに満足気な笑みを見せる。


 そうした中で、先程リチャードに質問を繰り返した体躯の良い若者が、自らに言い渡された依頼の内容を聞くなりにそのヘラヘラした顔を……なんとも不快そうなものへと変化させる。

 

「あー、やっぱりディアーネの追討は俺達がやるんスねぇ。

 面倒臭いなぁ……さっきの元気な坊っちゃん達にやらせりゃ良いじゃないッスか」


「結局あいつらも本質的にはディアーネと大差が無い。

 手柄と武勲に飢えて、求めて……そんな奴らがディアスを前にしたら何をしでかすか予想が出来ん。

 ……それに、ディアーネのような馬鹿ならまだしも、あいつらの手に王の印章が渡ると面倒なことになるのは明白だ。

 ディアスと接触する前にディアーネに追いつき、その身柄と印章を確実に持ち帰ってこい。

 王笏に関しては……まぁ、レプリカでも作っておけば良いだろうから無理に持ち帰らなくても良い」


「え? マジッスか? 印章ってそんなに価値があるんスか?

 なら他の奴らに売りつけるって手もー……」


「俺以外の王族貴族が、平民を相手にして素直に金を支払うと思うのならそうしたら良い」


「……あ、はい。

 寄り道しないでまっすぐにリチャード様の所に持ってきます。馬鹿なこと言って申し訳ありませんでした」

 

 若者のそんな露骨な態度に深く嘆息した後、リチャードは老齢の騎士に指示を出し、金貨の入った袋を2つ、若者へと渡させる。

 若者は2つの袋を受け取り……じっと見つめながら首をかしげる。


「……ん? これじゃぁ多過ぎッスよ?

 仕事に行く前からもう成功報酬をくれるんスか?」

 

「片方はいつも通りの前払い分だ、もう片方は……一応、念の為に渡しておく。

 ディアスが危険人物であり、関わるべきでは無い厄介者だというのは嘘では無い、だから不必要に近付いたりはするな。

 だがそれでも、もし、もしディアスに接近することがあれば……それを渡してやれ。

 ……呪いでは死ななかったが、飢えて死んだなんて事になられては、笑い話にもならんからな」


 そんなリチャードの言葉に、若者は目を丸くした後に笑い……ダンスホール内にいた何人かの者達もそれぞれの方法で大なり小なりの笑い声を漏らす。


 

 挙句の果てに側近である老齢の騎士まで笑いだしてしまい……そんな空気の中でリチャードは、苛立ちのままにその美しい顔を酷く歪ませてしまうのだった。

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