第48話 犬人族の三氏族


 興奮した様子で一直線にこちらへと向かってくる小型種の犬人族達。


 大型種の犬人族が転んだことで一部はその足を止めたのだが……荷車を曳き走る一団のほとんどはその足を止めようとせずに今も尚走り続けている。


 そんな犬人族達は、もう随分と長い距離をそうして走り続けているのだろう、疲労からか足はもつれ気味で、息は荒く、足並みも揃っているとは言い難い状態になってしまっている。


 あのままではいつか転んでしまって、大怪我をしてしまうかもしれない。何はともあれまずは彼らの足を止めるのが先決だろうと、私は真っ直ぐに彼らの下へと駆けていく。


 一方アルナーはそんな私の意図を察してくれたのか、なら自分はこっちだとばかりに転んでしまった犬人族の方へと駆けて行ってくれる。先程の声からしてあの犬人族は女性のようだし、彼女の介抱はアルナーに任せるとしよう。


 そうして私は、犬人族達との距離を詰めながら、


「おーい、落ち着けー!

 速度を緩めろー! このままでは転んでしまうぞー!」


 と、大声を上げる。


 大型種の女性にあれだけ必死に待ってと言われても、それでも尚暴走し続けているのだ、まさかこれで止まってくれるとは思えないが……だからといって声をかけない訳にもいかない。


 力尽くに止めた場合、変に転んでしまったり、勢い付いた荷車に轢かれたりで大怪我をしてしまうことだろう。どうにかこれで止まってくれると良いのだが……。

 

 と、そんなことを私が考えていると、私の声をその耳で拾ったらしい犬人族達が、こちらへと顔を向けてきて……その顔をぱぁっと明るい笑顔へと変化させる。


 そして笑顔となった犬人族達は意外な程素直に私の言葉に従い、その興奮を収めながら、少しずつ駆ける速度を緩めていく。


 まさか素直に言うことを聞いてくれるとは……と、肩透かしを食らいながら、私が足を止めると、そんな私のすぐ側まで速度をゆるゆると落としながら犬人族達が近付いてくる。


 そうして犬人族達は荒く息を吐きながら、毛の色というか犬種というか……犬人種ごとの一団に分かれて、身を寄せ合いながらちょこんとその場に腰を下ろし始める。


 一際大きな体躯の黒い毛の一団は、どっしりとした太い手足をしていて……垂れ耳、垂れ目、垂れた頬といった顔をしている。


 毛が太く、量が多いのか、全身に渡ってもっさりとしているのが印象的だ。


 次に体の大きい茶色い毛の一団は、毛がとても短く、すっきりとすらりとした体が印象的で……ピンと立つ大きい耳をこちらに向けながら凛々しい表情をしている。


 真面目な性格なのかビシリと整列し、ピシリと背筋を伸ばしながら座り……身動ぎ一つせずにこちらをじっと見つめてきている。


 残るは黒と白の毛が入り混じった、ふわっとした細やかな長い毛を持つ小柄な一団だ。


 乱れたマントから覗き見るに背は黒く、腹は白く、おでこから鼻筋のラインと口周りが白で、それ以外の部分黒……といった配色になっているようだ。


 落ち着きのない性格なのか、その瞳と垂れたふんわりとした耳を忙しなく動かしている。


 それらの一団はそれぞれにじぃっと私のことを見つめて来て……そして何かを待っているかのように見える。


 何か……私の方から言葉をかけるべきなのか? と頭を悩ませていると、アルナーと、アルナーに介抱されたらしい……白いその毛を草の汁で変に染め上げてしまった犬人族が、鼻筋にシワを寄せながらこちらへとやってくる。


「……もー、自分の言葉には全く耳を貸そうとしないのに、なんでその人の言うことには素直に従うんですか、アナタ達はー……。

 夜通し歩き続けたかと思ったら、突然興奮し始めて走り出しちゃうし……全くもー……」


 怒っているのか、嘆いているのか、白い毛の犬人族はそう犬人族の一団に言葉をかけるが、犬人族達はそちらへ一切返事をせず、反応もせず……ただ私の方だけを見つめてくる。

 その視線を追いかけて……視線をこちらへと移して、そうして私に気付いたらしい白い毛の犬人族は、

 

「あのー……アルナーさん。

 あちらの地味な方は一体何者なんですか?

 なんであの人、皆にあんなに好かれているんですか?」


 と、白い短い毛に覆われている以外は私のそれと変わらない形をした指で私を指し示しながらアルナーに問いかける。


「あの地味なのはディアス、私の良人でここの領主だ。

 どうして好かれているかは……私に聞かれても分からん」


 と、事も無げにさっぱりとした態度で言葉を返すアルナー。


 白い毛の犬人族はアルナーのその言葉に驚いて目を見開き、口を大きく開けて……顔を覆う毛のせいでそうだとは分からないがきっと顔色を青くしているのだろう、わなわなと震えまでして……、


「じ、地味とか言っちゃってすいませんでしたー!!」


 と、悲鳴のような大声で謝罪するのだった。


 

「じ、自分の名前はカニスと言います。

 エルダン様の下では小型種の世話係をしていた者で、今回は引率として同行したという訳です……!」


 謝罪を繰り返し続ける白毛の犬人族に気にしなくて良いからと声をかけること数回。


 それでどうにか落ち着いたらしいカニスと名乗る犬人族は、緊張した様子でそう挨拶してから……小型種の犬人族達についての説明をし始める。


 今回の移住希望者達は小型種の三氏族であること。


 三氏族はエルダンとカマロッツがその真面目と善良さを保証する者達であること。


 犬人族が引いていた荷車には彼らの私物の他に、老人や子供達、妊婦などが乗っていること。


 またそれらの他にもエルダンが必要だろうと用意してくれた食料が載せられていること……などといった内容になる。


 カニスがそうする間に、アルナーはちょこちょこと周囲を歩き回り……犬人族達一人一人のことをじっと見つめながら角をその都度光らせている。

 どうやらそうやって、かなりの数となる犬人族一人一人に魂鑑定を使っているようだ。


 ……カニスはそんなアルナーの様子に気付きもせずに、説明を続けてくる。


「黒毛の皆さんがティベ・マスティ。自分達はマスティと呼んでいます。

 とても勇敢で力自慢の氏族です。

 茶毛の皆さんがバー・センジー。センジーと呼んでいます。

 とても真面目で、堅物過ぎるなんて言われることもある氏族です。

 白黒毛の皆さんがオースン・シェップ。シェップと呼んでいます。

 兎に角好奇心旺盛で、働くことが大好きな氏族です。

 ……氏族名は彼らにとってとても大事なものなので、ちゃんと覚えてあげてくださいね」


 氏族名というのは、私達でいう所の家名に似た存在なんだそうだ。


 例えばカニスが黒い毛の氏族の一員であった場合は、カニス・ティベ・マスティと、名乗ることになるらしい。


 私達がその名を呼ぶ時はカニス・マスティと略して呼んでも良いし、ただ単純にマスティと氏族名だけ呼んでも良いそうだ。


 小型種達は氏族としての繋がり合いをとても大事にしているのだそうで、氏族名で呼ばれることは彼らにとっては、とても喜ばしい事であるらしい。


 氏族同士で助け合い、どんな時でも一緒に暮らし、氏族の全てを自らの家族として扱う。


 老人や妊婦達をも無理に荷車に乗せて連れて来たのも、そういった小型種独特の価値観があっての事なんだそうだ。


 私はそんなカニスの説明を聞いて……ふぅむ、と唸る。


 氏族同士で支え合って生きているとは聞いていたが……まさかそこまでだとは……。


「あー……カニス、一つ質問があるのだが……。

 氏族同士で一緒に暮らすというのは、具体的にどの程度の事を言うんだ?

 と、言うのもだな、犬人族がやってくると聞いて暇を見ては犬人族達用にと、いくつかの家を建てておいたのだが、私達の暮らすユルトという家は……この人数で、氏族全員で住むには少しばかり手狭なんだ」


 カニスがあれこれと説明してくれている間に、荷車に乗っていた老人や女性、子供達が、荷車から降りてそれぞれの氏族に合流している。


 そうして出来上がった各氏族の一団の人数はざっと数えてみた所、20~30人程になっている。

 小型種達は名前の通りとても小柄な体躯をしてはいるが、それでも私の膝から腰ほどの背丈はあって……それが30近くともなればユルトの中に入るには入るが、手狭というか、ぎゅうぎゅう詰めになってしまうことだろう。


 集会所のような大きなユルトなら……多少の余裕が出来るとは思うが、それでも手狭だろうし、集会所クラスとなるとかなりの資材を使うので、そう何軒も建てられるものでは無い。


 私のそうした心配に対し、カニスはからからと笑って大丈夫ですよぉ、と軽い調子で手をひらひらと振る。


「事前にディアスさん達の暮らしぶりについては、カマロッツさん達から聞いていましたし、カマロッツさん立ち会いのもとで今回の移住者達を決めているので、そこら辺は問題ないです。

 小型種の皆さんは……こう、狭い所で一塊になってぎゅうぎゅうになって寝るのが好きなので、そのユルト? でも問題無く暮らしていけるだろうってカマロッツさんが言ってましたよ!」


 と、そう言ってカニスは再度からからとした笑い声を上げる。


 と、そんな折、魂鑑定を終えたらしいアルナーが側へとやってきて……小声で話しかけてくる。


(カニスは薄い青……というかほぼ白だな。

 小型種達は……驚くことに一人残らず全員が強い青だ)


 ……悪い結果にはならないだろうと思ってはいたが、まさか全員が強い青とは……と、驚かされてしまう。


 エルダン達が保証するとまで言うのだから、赤は居ないのは当然としても、白が一人もいないとはなぁ。


 まぁ、全員が青という結果自体は悪いことでは無いのだし、素直に喜んでおくとしよう。

 と、そんなことを考えていると、カニスが何かを思い出しでもしたのか、ハッとした顔になってから声を上げる。


「だ、大事な話をするのを忘れていました。

 皆さんのお仕事です、お仕事の話です!

 小型種の皆さんは、お仕事をするのが大好きなんですが、そのせいでお仕事が無いとストレスを抱えちゃうんですよ。

 なので、お家とかも大事なのですが、どんなお仕事があるのかもとても大事な事なんです。

 ディアスさん、そこら辺は大丈夫なんですか……?」


 カニスが不安気にそう尋ねてくると、小型種達もまた不安そうな顔をし始めて……私のことをじぃっと無言のまま見つめてくる。


 ……まぁ、そこら辺については私なりにちゃんと考えておいたので問題は無い。


 こちらとしてもタダ飯食らいを養うつもりは毛頭無いので、しっかりと働いて貰うつもりだ。


 犬人族達の不安げな視線をしっかりと受け止めつつ……大丈夫だと頷いて見せてから口を開く。


「犬人族の仕事については、今私が進めている溜池作りの手伝いに、馬や牛を食事に行かせるだとかの世話に……それと希望する者には領兵になって貰えないかと考えている。

 領兵の仕事としては夜間の警備や、クラウスとの戦闘訓練に……それと当然だが有事があれば戦闘に出て貰うという形になる。

 どの仕事に就くかは自由にして貰って構わないし、他にもこんな仕事が出来るからやらせて欲しいという希望があれば出来るだけ受け入れていくつもりだ」


 私のその言葉を聞いた途端にカニスは凄い顔になる。


 唖然というか、なんというか……何を言っているんだコイツはと、そんなことを腹の中で考えてそうな……そんな顔だ。


 そしてカニスが大きく口を開き何かを私に言おうとした瞬間……小型種の各氏族から上がってきた歓喜の声の数々がカニスの声をかき消す。


 遠吠えが交じりながらのそれらの歓喜の声は『嬉しい!』とか『頑張る!』とか『早く働きたい!』との内容で、それらの言葉を繰り返しながら犬人族達はわんわ、わんわと騒ぎ立てる。



 夜通し歩き、あの勢いで駆けたのなら相当に疲れているだろうに、その騒ぎはしばらくの間、元気いっぱいに続けられるのだった。

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