第49話 三氏族の氏族長達
元気いっぱいに騒ぎ続ける犬人族達をしばらくの間見つめて……中々騒ぎが収まりそうにないので、落ち着け落ち着け、騒ぐな騒ぐなと声をかけながら膝を折る。
そうやって私が地面に膝を突いて目線を犬人族に合わせてやると、犬人族達は途端にすっと落ち着いて大人しくなる。
先程の暴走気味に駆けていた時もそうだったが、ちゃんと言えば分かってくれる者達ではあるらしい。
「私はこの草原の領主のディアスだ、よろしくな」
私がそう言うと、どう反応したものかとのざわめきがあった後……それぞれの氏族から一人ずつが前に進み出て来て、二本の足でトコトコとこちらへと歩いてくる。
そうして私の目の前までやってきた3人のうちの一人、黒毛のマスティがその手をすっと差し伸べてきて……私はその短い五指と肉球のついた手をしっかりと握り、握手を交わす。
「氏族長だ……です、マスティの。
名前はマーフ・ティベ・マスティ、よろしくな……です、ディアス様。
氏族の皆で頑張る!……です、兵士の仕事」
マーフは丁寧な言葉使いに慣れていないのか辿々しく……太く落ち着いた声でそう言ってくる。
そうする間、ずっと私の手の中にある自分の手をマーフはにぎにぎと動かしていて……まぁ、うん、これだけ手の大きさが違うのだから、そうなってしまうか。
「よろしくな、マーフ。
そう固くならずに気軽に話してくれて良いぞ?
……兵士の仕事をしたいとのことだが、マスティの皆が兵士の仕事をしたいのか?」
私がそう言葉を返すと、マーフの後ろに控えるマスティ達のほとんどが同意とばかりに頷き始める。
そうするマスティ達は腕も足も太いし、体つきもがっしりとしている者達ばかりのようで……腕には覚えがあるという所だろうか?
私は任せてくれとばかりに鼻息を荒くし始めるマスティ達に頷き返し、頼むぞ、と一声かけてからマーフとの握手を終える。
すると、今度は茶毛のセンジーが手を差し出し握手を求めてくる。
先程と同じくしっかりとその手を握ってやると、センジーはなんとも忙しない様子で口を開く。
「氏族長、セドリオ・バー・センジー、よろしく。溜池作りの手伝いでもなんでも雑用も皆でやる。早く働きたい!」
セドリオは高いながらも男だと分かる硬い声でそう言ってくる。
ピシリと背筋を伸ばし、クイっと顎を上げてキビキビと喋る姿は凛々しくも見えるし、堅物そうにも見える。
「よろしくな、セドリオ。
雑用ということならマヤ婆さん達……高齢の者達が居るのでそっちにも気を使ってやって欲しい。
溜池作りの手伝いもやって貰えると助かる」
私がそう言うと、セドリオはツンと顎を上げるだけで何も言葉を返して来ないが……マントの中で激しく尻尾が振られているようなので……まぁ、了解したということなのだろう。
最後となった黒白毛のシェップは……私が視線をやったことで、それでようやく自分の順番なのだと気付いたようで……握手というかなんというか、わたわたと両手を振り回してくる。
その両手を受け止めて握ってやると、シェップはそれを合図として矢継ぎ早に少年のような声をその口から吐き出し始める。
「氏族長ライハートゴードフニャディシェフ・オースン・シェップです!
長いのでシェフって呼んでください!
お世話したいです、馬さんとかの! あ、羊さんは居ないんですか? 居ると嬉しいんですけど、ああでもお世話出来るだけでも嬉しいです!
家畜達のお世話ならこのシェップ達にお任せください!」
三氏族の中で一番流暢ながら、一番落ち着きのないシェフに少し気圧されてしまう。
勢いというかなんというか……溢れ出んばかりの感情が物凄い。
「あ、ああ、よろしくな、シェフ。
羊は居ないが、羊によく似たメーアというのが居るかな。
ただメーアの世話は私がすることになるだろうから、馬達の方をよろしく頼むよ」
シェフは私のその言葉に少し残念そうにしながら……だがすぐに勢いを取り戻して、嬉しいです!と元気な一声を上げる。
シェフとの握手をそうやって終えて……ふと気付けば、私の隣でアルナーも私と同じように膝を突いていて、そちらでもアルナーとマーフ、セドリオとの握手が始まろうとしていた。
アルナーは握手をしながら、私(ディアス)の妻だとの挨拶をして……マーフとセドリオは若奥様だ、美人な奥様だとそれぞれの表情と声色で声を上げる。
更にそこに私との握手を終えたシェフが加わることでそれらの声は更に盛り上がって……そしてまんざらでも無いらしく満面の笑みとなるアルナー。
……まぁ、うん、早速仲良くなったようで何よりだよ……。
犬人族の全員とそうして挨拶を交わすのは……流石に人数が多すぎて時間がかかり過ぎるだろうからと、追々折を見てやっていく……ということになった。
それぞれの氏族長の申告によるとマスティが23人、センジーが25人、シェップが30人なんだそうで……その全員と挨拶をしていたら昼を過ぎてしまうことだろうし……うん、追々やっていこうと思う。
そうして犬人族達との挨拶を終えて、さて犬人族の皆をイルク村へと案内するかとなった折、私達の側で私と氏族長達との挨拶の様子を見ていた……渋苦いオリーブの実を噛んでしまったような顔をしたカニスが声をかけてくる。
……そういえばカニスは先程の騒ぎの時も何かを言いかけていた様子だったな、どうかしたのだろうか?
「あの……ディアスさん……本気ですか?
小型種の皆さんを兵士にするって……?
簡単な仕事とかならまだ分かるんですけど……武器とか、そういうのはあの手じゃぁ持てないんですよ?
それだけじゃなくて皆さんは力も弱いし、あんなに体も小さいし……いくら本人達がやる気だからって、そんな皆を兵士にするだなんて無茶ですよ……!」
先ほどの軽い調子とは打って変わってカニスの声は暗く沈んだような声色になっている。
カニスのその表情は私に怒っている……というよりも、小型種達が心配で心配でたまらないといった表情だ。
カニスは小型種達の世話をしていたそうだし……まぁ、心配するのは当然の事か。
ゲラントからも以前、小型種の犬人族達が不器用だとは聞いていたし……先程の握手の時に、その指の短さと肉球の大きさについては十分に理解している。
十分に理解した上で、それでも私は小型種の犬人族達に領兵になって貰いたいと、私達の力になって貰いたいと考えているのだが……さて、それをどう説明したものだろうか。
そうして私はじっとこちらを見つめてくるカニスと向き合いながら、どう自分の考えを説明したものか、どうカニスを納得させたものかと頭を悩ませるのだった。
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