第34話 エルダンからの手紙


 鼻での確認が出来ないと言う犬人族に、渋面を作り出して難色を示すカマロッツだったが、護衛達がもう一度だけ念入りに馬車内の確認をすると言い出して……それで話は落ち着いたようだ。


 それから護衛達と、自分も確認をすると参加したカマロッツによる念入りの確認が行われて……結果、馬車の中にこれといった異常は見当たらなかったようで、馬車の確認に関してはそれで終了となった。


 念入り過ぎる程の馬車の確認を終えたカマロッツは、何枚かの手紙を書き始めて、その手紙と大耳跳び鼠人族達が入れられた袋を護衛の一人に預けて、それらを持ってエルダンの下へ一足先に帰るようにとの指示を出した。


 このまま袋を放置しておく訳にいかないし、かといってイルク村に持っていくのも問題があるからと、そうしたらしい。


 エルダンの下へと持ち帰られた後の大耳跳び鼠人族達は、何故私を襲撃したのかの理由を問い質された上で、相応の処罰を受けることになるそうだ。


 そうして襲撃の件の後始末が一段落となり、忙しくしていたカマロッツも落ち着いたようなので……私は積荷の事を聞かせて貰おうと、カマロッツへと声をかける。


「なぁ、カマロッツ、さっきの護衛が香辛料がどうのと言っていたが……あれは一体何の話だ?

 私は農具を持って来て欲しいと頼んだはずなのだが……」


 私の言葉にハッとした顔になり、少し慌てた様子で頭を下げたカマロッツは、


「も、申し訳ありません、余計な騒動のせいで、そちらについての説明させて頂くのを失念しておりました。

 農具についてはご心配無く、しっかりと用意させて頂いています。

 香辛料などの積荷に関しましては……わたくしが口頭で説明するよりも、こちらをご覧になって頂いた方がよろしいかと思います」


 と、そう言ってから懐から封蝋のされた手紙と、折り畳まれた紙を取り出して、私の方へと差し出してくる。

 手紙と紙を受け取って、まずは手紙の方を読むかと、封蝋を剥がして広げてみると……それは私に宛てられたエルダンからの手紙だった。



『親愛なるディアス殿へ。


 貴方が欲しいと言っていた農具についてだが、具体的にどういった物が必要なのかを聞きそびれてしまったので、出来る限りの種類の農具を用意させたが、これで足りただろうか?

 必要そうな物は一通り揃えたとは思うのだが、もし不足があればカマロッツにその旨を伝えて貰えればすぐに用意させて貰う。

 老婆心ながら、作物が収穫出来るようになるまでの食料が必要だろうと、いくらかの食料も用意させて貰った。我が領の特産品である香辛料、紅茶、砂糖なども用意してあるので、気に入って貰えたらと思う。

 それと、それらの品を運ばせた馬車と馬についてだが、今後の互いの円滑な交流と、今後の領間交易への期待を込めて、貴方に譲ることにした。

 十分な馬の数を揃えられなかったことについては業腹ではあるが、領内の事情が未だ落ち着かない為でもあるので、容赦して貰いたい。


 先日の会談は非常に有意義なものであり、大変素晴らしいものであった。

 またいつの日か貴方に会えるのをとても楽しみにしている。


 追伸。

 今回贈らせて貰った品々は全て贈り物であり、代金は不要である。

 友好の証だと思って遠慮することなく受け取って欲しい。


 エルダン・カスデクス』


 

 とても読みやすい、綺麗な字で書かれたその手紙を読み終えた私は……愕然としてしまう。


 紅茶やら砂糖やら、そういった高級品を用意しただとか、馬と馬車を譲るだとか、あまつさえ代金はいらないだとか……こんな内容の手紙を見て驚かされない方がおかしいだろう。


 農具を用意して欲しいとエルダンに頼んだ時に、代金はしっかり払うとも伝えていたので尚更の事だった。


 そうしてしばらくの間、本当に無償で貰ってしまっても良いものだろうかと頭を悩ませていた私は……ふと、カマロッツから受け取ったもう一つの紙のことを思い出して、そちらへと視線を移す。


 その紙をよく見てみれば、目録、との文字が書かれていて……つまりこれはエルダンが言うところの友好の証の品々の目録なのだろう。


 その目録を恐る恐る開いてみると……そこにはビッシリと細かい文字が何行にも渡って書き込まれていた。


 まず最初に目に入るのは馬車二台に、馬四頭に、山牛二頭という文字だ。

 山牛というのは……あの白ギーのことだろうか。


 その次に書いてあるのは農具達の名前で、クワに、カマに、ふるいに……プラウは初めて目にする名前の農具だな……ああ、ピッチフォークに石臼なんかもあるのか。


 農具の次に書かれているのは作物の種や種芋達で……どうやらかなりの種類があるようだ。


 その先に待ち構えるのは手紙に用意したとあった食料達だ。

 野菜の酢漬けに、山牛のバターに、干し肉に干し魚などなどいくつもの食材の名前が並んでいる。

 当然そこには香辛料と思われる名前も書いてあり、三種類の香辛料がそれぞれ一箱ずつに、紅茶が三瓶、砂糖が一壺と来たか。


 箱やらの大きさが分からないので、どのくらいの量なのかもよく分からないのだが……エルダンのことだから結構な量を用意していそうだなぁ。


 そうした食料の後にもまだ文字は続いていて……ああ、食器だとかの雑貨もいくつかあるみたいだ。


 雑貨の後にはハミに鞍、鐙などの馬具が続き、やれ木材だの釘だのロープだのといった資材がその後にあったのには驚かされてしまう。


 一体この資材は何だとカマロッツに尋ねてみると、


「それは簡易な厩舎を建設する為の資材です」


 との回答が返ってくる。


 馬や牛を飼うなら確かに厩舎が必要だろうが……その厩舎の建設は誰が……。


「建設に関してはわたくしが経験ありますのでご安心ください。

 護衛達の手を借りながらにはなりますが、手早く仕上げさせて頂きます」


 ああ、うん、そうか。

 建設もしてくれるのか。


 ……。

 

 代金はいらないとのことだが、これだけして貰って何の対価も渡さない、というのは流石に問題があるだろう。

 代金という形では無く、こちらからも何か……友好の証という形で物を贈る必要があるな。


 ……そうなると……やはりアースドラゴンの素材が良いのだろうか?

 クラウスの武具だとかに加工したり、鬼人族の村で弓だとかに加工したりで数が減ってきてはいるが、それでもまだある程度は残っている。

 その残り全部でどうにか砂糖だとか馬車だとかと釣り合ってくれると良いのだが……。

 

 ひとまずはイルク村に帰り、荷降ろししながら砂糖だとか、紅茶の量の方を確認して……そうしてからどれだけのアースドラゴンの素材を渡すかを、アルナー達と相談しながら考えるとしよう……。


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