第33話 袋の中で尚も暴れ続けている者達の話


「……確かにあの者達は一見して小動物のようにも見えるかもしれませんが、あれで立派な獣人、亜人の一種族なのです。

 獣人と一言に言いましても、人間寄りの姿をした者、獣寄りの姿をした者、獣と全く変わらぬ姿をした者……と様々な者達が居りまして、あれらは獣と変わらぬ姿の獣人に分類される者達なのです。

 たとえそれが獣と変わらぬ姿であっても、道具や火を扱うなどの一定の文化を持ち、言葉を話せるのであればそれは獣人である、とのことです」


 とのカマロッツの説明を聞いた私は、両親が毎晩の寝物語に話してくれた神話のことを思い出していた。


 神話の中には『言葉は神様が人に与えた叡智で、人にしか言葉は話せない』との一文があって……なるほど、そういうことであればあのネズミ達も人であり、獣人であるのだろう。


「あの者達は大耳跳び鼠人族という種族なのだそうです。

 鼠人族と呼ばれる獣人に近い特徴を持ちながら、大きな耳や凄まじい跳躍力などの鼠人族には無い特徴も持っている為にそう名付けられたとか。

 当人達は自らのことを砂漠の民と呼べとの主張を繰り返していますが、砂漠には他にも多くの種族が暮らしていますので……」


 大耳跳び鼠人族とは、また随分と見たままの名前を付けたものだな。まぁ、分かりやすくはあるか。


 そして砂漠……というのは、確か一面が砂と岩だらけの乾いた大地の事だったか……んん? 待てよ、砂漠に住む……?


「エルダンの領内には砂漠があるのか? 王国内に砂漠があるという話は聞いたことが無いが……」


「ああ、いえ、あの者達の故郷が砂漠であるというだけで、わたくし共の領内に砂漠がある訳ではありません。

 あの者達は王国の南端から更に南に行った所にあると言われる砂漠地帯に住んでいたようなのですが、どうやら奴隷狩りにあってしまったようでして―――」


 そうしてカマロッツが語る大耳跳び鼠人族達の話は、以前聞いたエルダンの亜人の保護活動の話に繋がっていった。


 奴隷狩り達の襲撃を受けて捕獲されて、商品となってしまった大耳跳び鼠人族達は、良くない買い手に売り払われる寸前という所をエルダンによって保護されたのだそうで、そうしてそのままエルダンの保護下で暮らしていたらしい。


 エルダンはいずれ時が来て、自分がそう出来る立場となったら砂漠に帰してやると大耳跳び鼠人族達に約束したのだが、しかし大耳跳び鼠人族達はすぐにでも自分達を砂漠に帰せと納得せず……それどころか人間族のせいで砂漠から連れて来られたのに人間族混じりであるエルダンの言うことが信じられるか! と反発していたらしい。


 反発されて、非難されても、それでもエルダンは大耳跳び鼠人族達を手厚く保護していたというのだから偉いものだ。


 元々数が少ない種族だった大耳跳び鼠人族は、奴隷狩り達による襲撃とその後の生活のせいで大きく数を減らしてしまっていて……それは絶滅すら心配される有様だったので、そうはさせたくは無いという想いがエルダンにはあったのだそうだ。


「エルダン様からそれだけの恩を受けておいて、日々を何不自由無く暮らしておいて……一体どうしてディアス様を襲撃しようなどという愚行に考えが至ったのやら……。

 エルダン様が領主となったことにより、あの者達を砂漠に帰す算段も整い始めて……砂漠に帰せる日もそう遠く無い話だったというのに……!」


 語気を荒らげながらのそんな言葉で説明を終えたカマロッツは、呼吸を整え居住まいを正し……そうして私の言葉を待っているのか、じっと私のことを見つめてくる。


 大耳跳び鼠人族が獣人であり、隣領の領民なのだとしても、だからといって今回の件でカマロッツやエルダンを責める気には全くなれず、そんな話を聞かされてしまえばそれは尚更のことで、その気持をそのまま伝えようとして……ふと、アルナーは今回の件をどう思っているのかが気になって、アルナーの方へと視線を移す。


 アルナーはそんな話には興味が無いとばかりに、先程振るった弓を手入れすることに夢中になっていて……ああ、いや、一応それでも話は聞いていたようで、私の視線に気付いてか、小声で話しかけてくる。


(初めて会った時のカマロッツは白だったが、今は青だ。青なら代償無しで許してやって良いと思う。

 ……ただあのネズミ達は強い赤だったから……次に見かけたら手加減は無しだ)


 なるほど、と一つ頷いた私はそんなアルナーの言葉と、先程口にしようとした私の気持ちを頭の中で混ぜ合わせて……それを口にする。



「さっきも言ったが、今回の件でカマロッツが謝る必要は無いし、その気持ちだけで私達は十分なのだが、それでも謝るというのなら謝罪を受け入れようと思う。

 ただ大耳跳び鼠人族達については言動にかなり問題があるようだし、次に何かあればこちらも手加減出来るかどうかは分からないから、二度と私達に近づくことの無いように気を付けて欲しいと思う。

 今回の件に関する動機の調査だとか、大耳跳び鼠人族達への処罰だとかについてはー……面倒だからカマロッツに任せるよ」


 私のそんな言葉を耳にしたカマロッツはホッとした顔になり、目を輝かせながらも破顔はせず、改めてゆっくりと深く頭を下げて、感謝の言葉を口にする。


 そしていくら私が気持ちだけで十分だと言っても、流石にそれだけでは問題があるからと、次の機会に詫びの品を何か持ってくるとカマロッツは言い出して……まぁ、それでカマロッツの気が済むのであればと了承する。


 謝罪についての話し合いがそんな形で落ち着きを見せたところで……私達の話が終わるのを待っていたのだろう、馬車の中を確認していた護衛の1人がこちらへとやって来る。


「カマロッツさん、馬車の中には誰もいませんぜ。

 荷箱がいくつか開けられてたようだったんで、一応そちらの確認もしましたが問題無しですわ。

 荷箱の中に隠れている可能性も考えて、目に付く荷箱のいくつかを確認しましたが、そっちも問題無し。

 全部の荷箱を確認しろってのは流石に数が多すぎて手が回りませんわ」


「そうか……。

 お前達の鼻での確認もしっかりとやったんだろうな?」


 護衛の報告を受けて、端的にそれだけを言うカマロッツに護衛は、


「3台とも全員で見回っての確認をしっかりやっときましたよ。

 ……鼻での確認も一応はやっときましたがね……今回ばかりは俺達の鼻には期待しないでください。

 あいつらの匂いがべったりとそこら中に残ったままでして……その上、積荷に香辛料が山程あったんじゃぁ、いくら犬人族の鼻でも無理ですわ」


 との言葉を返す。


 犬人族だから犬のように鼻が良くて、その鼻での確認をカマロッツは期待したが、しかし積荷の香辛料が邪魔をしたと、そういうことらしい。


 カマロッツと犬人族との会話がそんな形で進められていく中、私はそんなことよりも何よりも、会話の中で突然出て来た香辛料の事が気になってしまう。



 農具を持ってくるはずが、一体なんだってまた香辛料を持って来たんだ?

 カマロッツ、謝罪だとか確認だとかそんなことよりも……積荷のことを教えて欲しいのだが……?

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