第24話 来訪者カスデクス その1
いつものように陽の光を感じて目を覚まし……そして違和感を覚えて両手を寝床の周囲に彷徨わせる。
そこにモフリとしたあの感触は無く、フランシス達は何処へ行ったのだろうと私は体を起こして目を擦りながら周囲へと視線を巡らせる。
そうして隣の寝床へと視線をやって……ああ、そうだったなと私は苦笑する。
視界に入ったのは隣の寝床に寝るフランシスとフランソワにその二つの毛玉に抱きついたままに寝息を立てるセナイとアイハンの姿。
セナイ達が私達と一緒に暮らすようになり、そしてセナイ達がフランシス達と一緒に寝るようになってもう10日が過ぎて今日で11日目だ。
それだけの時が経ったのだから良い加減1人の寝床に慣れても良い頃だろうと私は自分に苦笑する。
そうして私はセナイとアイハンのなんとも幸せそうな寝顔を見つめながら、これまでの10日間のことを思い返していた、騒動まみれの怒涛過ぎる日々のことを。
セナイとアイハンの夜泣き騒動に、続くおねしょ騒動、新生活に慣れぬ不安からのセナイ達の激しすぎる姉妹喧嘩に、私達との距離感をはかろうとするセナイ達による悪戯騒動、セナイ達が高熱を出したことによる騒動などなど……私達はセナイ達が次々に生み出す騒動達に10日間中ずっと振り回され続けたのだ。
忙しく、騒がしく、今までの静かな村が嘘のように思える目が回るような日々……だがそうした振り回され続ける日々を嘆くことは誰もしなかった。
騒動を解決する度、乗り越える度にセナイ達の硬かった態度が軟化していって、次第にその顔に笑顔が増えていったのだからそれも当然のことだろう。
5日を過ぎた辺りから子供らしい無邪気な笑顔を見せるようになって、6日、7日目には村を元気に駆け回る姿があって、8日目には熱を出し、9日目は一日ずっと寝込みながらも皆とお話したいと言ってくれて、10日目の昨日には熱から回復した2人がこれでもかと全力で村中を駆け回って暴れ……遊び回る姿には感動したものだ。
まだセナイとアイハンは両親を失った寂しさを完全に乗り越えた訳では無いようだったが、それでもその第一歩は踏み出せたようで笑顔に影は無くなり元気な声を上げるようになり、村の誰もがセナイ達を我が娘のように思うようになった10日間だったと思う。
その中でもセナイ達と特に仲が良いのはフランシス達だろうな。
フランシス達はセナイ達のことを我が子のように愛し、構い、そんなフランシス達にセナイ達はとてもよく懐いていた。
その毛が柔らかく気持ちの良い寝具というだけでなく、泣けば慰めてくれたり、寂しければそれを癒やしてくれたりと、親であり友達であり……ペットでもあるフランシス達はセナイ達にとっての特別な存在となっている。
フランソワが妊娠中……赤ちゃんをお腹の中で育ててる最中なのだと知ると、セナイとアイハンは驚いてしまって戸惑ってしまって、少しの間フランソワにどう接したら良いのかと困惑していたようだが、マヤ婆さん達とアルナーに色々な助言を貰うことで立ち直って、今ではフランソワの為、赤ちゃんの為と積極的にフランソワのブラッシングなどの世話に精を出している。
次に仲が良いのはアルナーなのだがセナイ達がアルナーに抱く感情は親しみだけでは無く、かなりの割合で恐れが含まれていたりする。
アルナーが恐れられている理由の一つが厳しい躾けだ。
厳しさも愛情の内だとアルナーはセナイ達が何かをやらかす度にとても厳しく叱りつけるのだ。
声を無闇に荒らげたり、手を出したりはしないのだが、声を低く響かせながらの淡々とした長い説教は私でさえ少なからず恐怖を感じるのだからまだ幼いセナイ達にはかなりのものだろう。
もう一つの理由がアルナー手製の薬湯。
凄まじい匂いと苦味を発する深緑色のそれをアルナーは毎日欠かさずに、しかもかなりの量をセナイ達に飲ませている。
鬼人族達に古くから伝わるそれは赤ん坊に歯が生え始めた頃から薄めた物を少しずつ飲ませていくものらしく、そうすることで病への抵抗力を養っていくのだそうで絶対に欠かしてはいけないものらしい。
当然に鬼人族では無いセナイ達はそんな薬湯など飲んだことなどあるはずも無く、その代わりになるような薬なども以前の生活の中で口にすることは無かったらしい。
それを聞いたアルナーはそのままでは病気になってしまう、今までの遅れを取り返す必要があるのだと、特別濃厚な薬湯をわざわざ煎じてセナイ達に飲ませているのだった。
飲ませるだけでなく皮膚の病気を避ける為にとたまに薬湯でセナイ達の全身を洗ったりもしているようで、そうされた後のセナイ達は自分の体に染み付いた強烈な匂いに意気消沈していたりする。
それでもセナイ達がアルナーに親しみを抱いているのはアルナーが持つ本来の優しさのおかげなのだろうな。
髪を編む時、昼寝をする時にアルナーが歌う優しい歌声での子守唄はセナイ達にとても好評で、もっと歌ってとセナイ達にしつこくせがまれ困り顔になってしまっているアルナーをよく見かける。
食事などの世話に、セナイ達の服などを仕立ててくれるのもアルナーで、若いながらに母親であろうとしているアルナーにセナイ達は小さな我儘を言うことで甘えているらしかった。
次に仲が良いのはマヤ婆さん達かクラウスか悩む所だな。
マヤ婆さんを含めた婆さん達は兎に角セナイ達を可愛い可愛いと褒めそやし、甘やかし、クラウスはクラウスでセナイ達は私とアルナーの娘なのだからとお嬢様お嬢様と必要以上の敬意を払って接している。
そんなマヤ婆さん達とクラウスをセナイ達が嫌うはずも無く普通に会話する程度には仲が良い。
さて、残るは私な訳だが……私とセナイ達の仲に関しては自身のことなのもあってどう評価して良いか分からないというのが正直な所だ。
よく会話もするし、一緒に家事をやったりもするし、一緒に散歩にも出かけたりするので仲は悪くないはずだ。
悪くないはずなのだが……しかし距離が近いかと言われるとなんとも言えない。
我儘を私に向かって言うことはたまにあるのだが、
なんとも言えないこの距離感……まぁ最初に強引に名を聞いたりしたのが原因なのかもしれないが……それでも、もう少し甘えてくれないものかと寂しく思ったりもする。
さてさて……いつまでもこうしてはいられない、そんなセナイ達の世話もあるのだし、そろそろ朝の支度をしなければと自らの頬を叩いて眠気を飛ばしながらに立ち上がる。
そうしてアルナーに朝の挨拶をして、フランシス達とセナイ達を静かに揺すって起こし、もう一度朝の挨拶。
ユルトの外に出てマヤ婆さんとクラウスにも朝の挨拶をして、井戸へと向かう。
井戸の側でセナイ達と一緒にフランシス達の世話をしつつ、寝ぼけ眼のセナイ達の顔を冷たい井戸水に浸した手ぬぐいで拭いてやったりと、朝の身支度を済ませていく。
そんな身支度が終われば今度は朝食の時間だ、村での食事は誰が言い出した訳でもなくいつの間にやら自然と皆で一緒に食べるようになっていた。
天気が良い日は村の中央にある広場と皆が呼ぶ場所で、天気が悪い日は集会所のユルトの中で、アルナーとマヤ婆さん達が作った食事を持ち寄っての食事会だ。
今日は雲の多い空模様なので集会所での食事会になる。
セナイ達を連れて集会所へと入れば、中央に置かれた大きめのテーブルには様々な料理が並べられていて……そしてそのほとんどにくるみが使われていたりする。
くるみ料理が多い理由はペイジンとの取引きで大量に手に入ったから……というのもあるのだが、何よりセナイとアイハンが先日くるみが大好物であるとの発言をしたのが最大の理由だったりする。
くるみと薬草入りのスープに、焼いた肉に砕いたくるみがパラパラとかけられていたり、煮て潰した芋とくるみを混ぜた物に……うん、本当にくるみだらけだな。
この調子でくるみを食べていたらすぐ無くなりそうだし、なんとかしてくるみを手に入れる方法を考えないといけないな……などと考え事をしつつに食事を終わらせて、セナイとアイハンのぎこちない食事の様子をそれとなしに眺め始める。
不器用にスプーンを握りながら、懸命にスープを飲んだり、食べ物を口いっぱいに頬張る姿はとても愛らしく食後にそれを眺めるのが村の大人達の密かな楽しみとなっていたりする。
あまり露骨に見つめすぎると嫌がられるので程々にする必要があるのだが……っと、どうした?セナイにアイハン、急にユルトの外なんか見つめたりして……?
「ディアス、また誰かが来たようだ。
数は1人と1匹、方向は東、移動の速度からして馬に乗った人間だな」
とアルナーが角を光らせながらに声をかけてくる。
はぁー……やれやれ、また東からか、一体何の用事で誰が来たのやらなぁ。
「アルナー、馬の速度はどのくらいだ?」
「早駆け……という程でも無いが、それなりの速さで一直線にこちらに向かっているな。
ここに来てしまうのも時間の問題だろう」
そうだとするとすぐにでもこちらから出向いた方が良いだろうな。
んー……私が行くのは当然として、マヤ婆さん達は留守番、セナイとアイハンも留守番だな。
そうなるとクラウスも残って貰った方が良さそうだし、私とアルナー、フランシスにフランソワで移動、かな?
メァーメァー。
メァーメァー。
「ディアス、フランシスとフランソワは今回は残るそうだ。
ディアスから離れるのは辛いがそれよりも今はセナイとアイハンの側に居たいらしい」
アルナーがフランシス達の声をそう代弁してくれて、ならばフランシス達も留守番に決定だな。
「セナイとアイハンのことを頼むぞ」
と声をかけながらに私はフランシスとフランソワを撫で回す。
フランシスは任せておけと雄々しく、フランソワは心配そうに目をうるませながらに頷いてくれる。
さて、戦支度をするかと集会所の外へと出ようとすると、いつのまにやら集会所を出ていたらしいクラウスが戦斧と私の鎧の一部、胸当て、篭手、ブーツと手早く身に付けられるパーツ達を抱えながらに集会所へと駆け込んでくる。
「ありがとう、クラウス。
頼まないうちに持ってきてくれるとは驚いたぞ」
そんな私の言葉に満面の笑みとなったクラウスとアルナーに手伝って貰いながらにそれらを身に着けて戦斧を持って、よし、準備完了だな。
そうして集会所の外へ行こうと一歩踏み出そうとするとセナイとアイハンが私の前へと駆けてきて、伏目がちに何かを言いたげな様子でもじもじとし始める。
いかんいかん、そうだよな、セナイとアイハンにもちゃんと挨拶をしないといけないよな。
「すぐに帰ってくるからな」
と、しゃがんで床に膝を突いてセナイとアイハンに視線を合わせながらに私が声をかけると。
「早く帰ってきてね!」
「……まってる」
とセナイとアイハンがニッコリと笑いながらに声を返してくれる。
そんな2人の笑顔に私がやる気を溢れさせていると、いつの間にやら弓を手に持ち、矢筒を腰に下げての支度を終えたアルナーが同じようにして、床へと膝を突き、セナイとアイハンにすぐに戻るとの声をかけて挨拶を交わし合う。
そうしてやる気に満ち溢れた私とアルナーはユルトを飛び出し、一直線に今回の来訪者の居る方角へと駆け始める。
相手が何者で何が目的なのか分からない以上、セナイ達が居るイルク村には近付けたく無い。
村から出来るだけ離れた位置での接触となるようにとアルナーの魔法を頼りにしながら懸命に駆け続ける。
相手の気配が近付いてきたという所でアルナーが隠蔽魔法で姿を消し、少し離れた所で弓を構えている……らしい。
ならばと私は草原に戦斧を突き立てどっしりと構えをとって、これから現れるだろう相手のことを待ちながらにアルナーの示した方角へと視線を向ける。
奇襲があっても良いようにと警戒しながらに相手が視界に入るのを待って……しばらくし見えてきたアレは……うーむ……あの姿では敵なのか味方なのかなんとも判断し辛いな。
男で白髪を油か何かできっちりと整えている老人で、黒い上着に白いズボン、黒の革長靴……王都で見かけた乗馬服ってやつか?
腰には短めの細剣が光り、その柄にも鞘にも結構な飾りが施されていて、馬は茶毛で立派な馬体で……中々に上等な馬だ。
服も相当な上等の生地のようだし、あんな格好でこの草原に一体何の用だと言うのだろうか。
(あれは白だ)
と私の近くで囁かれるアルナーの声。
以前魂鑑定の色は出来るだけ早めに教えて貰えるとありがたいとお願いしたのもあって、今回は早い段階での報告となる。
そうか、白か……。
白ってのもまた判断に困る色だよな、青ならまぁ安心出来るし、赤なら赤で覚悟も決まるってものなのだが……。
と、そんなことを考えているうちに老人はこちらへと気付いたようで、こちらに視線を向け、目礼してから馬の速度を緩めながら近付いて来て……私の目の前で馬を停止させる。
そうしてなんとも優雅な所作で馬からひらりと地面へと降り立つ老人。
「突然の訪問、失礼致します。
御身はディアス様で相違無いでしょうか」
片手を胸に当てながらに深々と頭を下げた老人が口を開く。
「ああ、私はディアスだが……貴方が何者で一体何の用でここに来たのかを聞いても良いだろうか?」
「これはまた失礼をば……名乗りが遅れたこと誠に申し訳ありません。
わたくしの名はカマロッツと申します。
主命を果たす為にと気持ちが焦ってしまいました。
……わたくしが今回この地にお邪魔した用件は主人の先触れなのです。
主人エルダン・カスデクス様がディアス様にお会いしたいとのことで、既にこちらへと向かっているのです。
もしディアス様がよろしいのであればこれからそちらの居宅での会見をと―――」
「ここで会おう」
私はカマロッツの言葉が終わるのを待たずにそう言葉を被せた。
エルダンは確か何日か前にマヤ婆さんが教えてくれた、隣領のカスデクス家次男の名前だったはずだ。
隣領の現領主で父親がエンカース・カスデクス、跡継ぎの長男がジャーニ・カスデクス、そして次男がエルダン・カスデクスだったなと思い出す。
次男は確か……父親と兄に反逆し内乱を起こした奴隷好きの女好きだという話だ、そんな男をイルク村に近付けてたまるものかと私はカマロッツのことを睨みつける。
内乱の結果、エルダンが勝ったのか、負けたのか……どうなったのかは私達は知らない。
勝ったなら新領主としての……なんらかの挨拶。
負けたとするなら逃亡中の身なので匿ってくれだとかそういう話なのだろう。
カマロッツはそんな私の言葉に頭を下げたままの姿勢でしばらく固まっていたが、固まるのを止めて顔を上げて……そして私に睨まれているのに気付いてすぐにまた頭を下げる。
「……わ、分かりました、そのように主人にお伝えします」
と絞り出すような声で呟いたカマロッツは再度一礼し、今度は先程と違ってぎこちない所作になりながら馬へと跨り、来た道を相当な早駆けで戻っていく。
そんなカマロッツの背中を睨みながらに見送った私は溜め息を一つ吐いてから戦闘になることも覚悟しておく必要があるかもなと、力を込めながらに戦斧を握り直すのだった。
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