第23話 月の名の子供達
水浴びを終えて小川から戻り、ユルトで洗いたての服への着替えを済ませた夕暮れ。
フランシス達と共に倉庫へと向かうと、倉庫前には村で暮らす全員が集合していた。
セナイとアイハンとアルナーを中心に、輪になりながら双子をかわいか、かわいかと見つめる婆さん達に、それを微笑ましそうに見守るクラウスに。
……マヤ婆さんだけが何故だか集団から少し離れ気味だな。
そしてそんな集団の中心でアルナー達が何をしているかと言えば……セナイの髪の編み込みだった。
まずはセナイ、次はアイハンだとアルナーが始めたそれはアルナー曰く大事な女の嗜みなのだそうだ。
アルナーが大事にしている複雑な彫刻が彫り込まれた木製の宝石箱には様々な種類の宝石がしまわれている。
その細長い柱のような形の宝石達には小さな穴が開けられていて、その穴に宝石と同じ色の紐を通し、その紐を髪と一緒に編み込むことで髪の先端に宝石が揺れるあの鬼人族の女性独特の髪型が完成するというわけだ。
髪と紐を編み込むのも、解くのもどちらも非常に時間と手間がかかる作業であり、だというのにアルナーは毎日髪を洗う度にそれを繰り返している。
以前アルナーに毎日そうするのは面倒で手間じゃないのか?と聞いたこともあったが子供の頃からやっている日常の一部であり、面倒だとか大変だとかは考えたことも無いとの返事だった。
「これはサルヤクット、病を追い払う宝石だ。
これはサフィシュ、いざという時に光を放って敵からお前達を守ってくれる宝石だ」
とアルナーは宝石の名前とどんな力があるのかを一つ一つ説明しながらセナイの髪と共に編み込んでいく。
セナイは髪を編んで貰うのが嬉しいのか微笑みながら、アイハンは興味深そうにアルナーの手元を見つめながらアルナーの説明に耳を傾けている。
2人が大きくなるまではアルナーがこうして毎日編み込んであげるが、大きくなったら自分達の手で出来るようになるのだぞと優しく語りかけるアルナーに双子達は素直に頷いていて……身綺麗になって食事もして落ち着いたのか、あの子達もだいぶ心を開いてくれたようだ。
良かった良かったと双子達とアルナーのことを眺めているとフランシス達がまたも体を擦りつけて来て……いやいや、嫉妬とかしてないからな、仲良しなのは良いことだからとフランシス達を撫で回す。
いや、ほんとに気にしてないからな、うん。
そんな風にしてフランシス達とじゃれあっていると、マヤ婆さんが何やら難しい顔をしながらこちらに近付いてくる。
「……坊やはあの子達が人間じゃないって気付いているかい?」
近くに来るなりいきなりそんなことを言い出すマヤ婆さん、一体何を言ってるんだと私は思わずに顔をしかめてしまう。
「いやいや、どう見ても普通の人間の子供じゃないか。
まさかマヤ婆さん……あの2人がモンスターだとでも言うつもりなのか?」
「そうじゃなくてだね、あたしはあの子達が人間族じゃないって言いたいんだよ。
見てごらんよ、あの耳……変に尖っていて横に長いだろう?」
マヤ婆さんの言葉に促されて、セナイとアイハンの耳へと視線をやると……確かに耳の上の方が外に向かって尖っていて、横に長い形だと言えなくもない。
しかしあのくらいなら……。
「人間、誰しも顔の何処かに特徴的な部分があるものだ、あの耳はその範疇じゃないか?」
「見た目だけの話じゃないよ。
あの子達からは何か特別な気配というか雰囲気を感じるんだよ……あのカエル頭が災厄の子だなんて物騒な呼び方をしていたのも気になるじゃないか。
アルナーお嬢ちゃんが問題無いと判断したのだし、あたしの気にしすぎなのかもしれないのだけど……坊やの方でも気にしておいてくれないかい?」
「ふーむ……分かったよ、マヤ婆さん。
元々当分の間はあの子達から目を離さないつもりだったし、気をつけるようにするよ」
「……頼んだよ、ドラゴン殺しの坊や。
何かあればアンタが頼りなんだからね……まぁ相手がドラゴン殺しとなったら災厄も裸足で逃げ出すかもしれないけどねぇ」
そう言ってマヤ婆さんはヒェッヒェッヒェと笑い、セナイとアイハンを見守る婆さん達の輪へと合流し、セナイ達のことを見やり、婆さん達とあれやこれやと言葉を交わし始める。
……あの子達が人間じゃないかもしれない、か。
人間じゃないというだけならアルナー達鬼人族もそうだと言える訳だが、マヤ婆さんの口振りからするともっと他の……何か特別なものがあの子達にあると……そういうことなのかな?
私からしたら少し耳が尖っているだけの普通の女の子なのだがなぁ。
そんなことを考えながらセナイ達へと視線を向ければ、どうやら髪の編み込み作業は終わったらしくセナイとアイハンは髪が編まれたことが嬉しいのか、それとも宝石達が夕日を反射して輝いているのが楽しいのか、ピョンピョンと飛び跳ね、宝石達を揺らしていて……うぅむ、やっぱり普通の女の子だよな。
「セナイ、アイハン、二人ともよく似合ってるじゃないか」
と声をかけながら私が近寄っていくと……セナイとアイハンは編み込まれた髪を手に取って。
「見て見て、きれい!」
「……ひかってる」
と言葉を返してくれる。
まだぎこちなくはあるものの2人は笑顔を見せてくれていて、いやはやこの短時間で変わるものだと私は驚きを隠せない。
少し前までふさぎ込んでいた子達と同一人物だとはとても思えない笑顔を見ると、やはり女の子には宝石とか綺麗な物が一番効果あるんだなぁとただただ感心してしまう。
セナイとアイハンと視線を合わせるためにしゃがみ込み。
「これはどんな宝石なんだい?」
と私が質問すると、2人はたどたどしく宝石の名前を間違えたりしながら一生懸命に説明をしてくれて……その微笑ましい光景に頬が緩むのを止められない。
微笑ましい2人のそんな様子がもっと見たくてこの宝石は?この宝石は?と私は質問を繰り返し、セナイとアイハンは素直にそれに応じてくれる。
私とセナイ達がそうしていると、アルナーは何やら宝石箱から髪に下げるにしては少し大きい、黄色い二つの宝石を取り出してその宝石に細工を施し始める。
鉄の針で穴をあけ、そこをざらついた獣の革で削りなめらかにし、穴に紐を通して……どうやらペンダントを作っているらしいな。
ペンダントを完成させたアルナーは、手の平に二つのペンダントを乗せてそれをセナイ達の前へと差し出し、ゆっくりと静かな声で語りかける。
「セナイ、お前の名前は古い言葉で『月のように綺麗な人』という意味だ。
アイハン、お前の名前は古い言葉で『聖なる月』もしくは『月の神』という意味だ。
お前達の両親が何を思ってその名を付けたのかは知らないが、何か月に深い思い入れがあったのだろう。
だからこのアーイという宝石をお前達にやろう。
アーイは月の力を秘めていると言われる宝石だ、この丸い月はセナイ、欠けた月はアイハンだ……大事にするんだぞ」
そう言ってセナイとアイハンの首に今作ったばかりのペンダントをかけてやるアルナー。
セナイとアイハンは宝石を貰った喜びと、自らの名前の意味を知った驚きと、両親のことを思い出してしまった悲しみで顔をくしゃくしゃに歪めて涙ぐみ始める。
そんなセナイ達に私とアルナーは互いに視線を合わせて、そして頷き合って……私がセナイを抱きしめて頭を撫でながら慰めて、アルナーがアイハンを抱きしめて背中を撫でながら慰める。
グスリグスリと泣く子の体温が上がっていくのを感じつつ、セナイのことを撫で続ける。
いやはや、二人の名前にそんな意味があったとはなぁ、古い言葉で月の……ん?古い言葉?
「なぁ、アルナー。
その古い言葉というのは村の名前を決める時にも言っていたよな。
私はてっきり鬼人族にだけ伝わる言葉かと思っていたんだが……もしかしてセナイとアイハンの両親は鬼人族に関係があるのか?」
「……それは私にも分からない。
古い言葉はもう使われていない、いつ使われていたのかも分からない言い伝えの中でだけ存在する言葉だ。
鬼人族以外に知っている者が居るかもしれないし、居ないかもしれない……なんとも判断が付かないな」
とアイハンのことを撫でながらアルナー。
ふぅむ……セナイとアイハンの耳のこと、そして古い言葉のこと、どちらも心に留めておく必要がありそうだな……。
と、どうしたフランシスにフランソワ、そんなに必死に体を押し付けて。
メァーメァー。
メァーメァー。
「自分達も2人を慰めたいそうだ、子供をあやすのは得意だとも言っているな」
そんなアルナーの翻訳に私はなるほどと頷いて、セナイとアイハンを開放してフランシス達の手……いや、毛に委ねる。
フランシス達が体を擦り寄せるとセナイとアイハンはフランシス達の柔らかい毛の感触にすぐに反応し、そして抱きついて、毛の中に顔を埋めながらグスリグスリと泣き続けて、そうして泣いていたかと思えばすぐにスースーと寝息を立て始める。
流石というか、なんというか。
私もメーアの毛の寝具で寝るようになってから寝付きが良くなったからなぁ……メーアの毛、恐るべし。
セナイとアイハンのことを受け止めながらどうだ見たかと言わんばかりの仕草で鼻を突き上げるフランシスとフランソワ。
私とアルナー……だけでなくそれを見ていた大人達全員は寝た子を起こさぬようにと声を上げずに静かに笑うのだった。
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