第22話 取引後のあれこれ
ペイジン達にドラゴンの素材を引き渡し、ペイジン達が再びイルク村へと来る時用の注文と領民募集の宣伝についてのお願いを済ませて、それでペイジンとの初めての取引きは終わりとなった。
色々と予想外のことはあったものの、こうして終わってみれば悪くない取引きだったと思う。
なんだかたくさんの品物が手に入ったしな。
急ぐ用事があるからと取引きが終わるなり帰還の準備をし始めたペイジン達を手伝い、そして村の外まで見送って、草原の向こうへと馬車が消えるのを確認してから……私の足元をトコトコと歩くフランシスとフランソワと共に倉庫前へと足を向ける。
倉庫前には先程と変わらず、アルナーとクラウス、マヤ婆さん達がいて倉庫前に積み上げられた品々と、その前に立ち尽くしながら依然無表情のまま言葉も発さない双子のことをどうしたものかと見つめている。
アルナーやクラウスは兎も角、マヤ婆さんも子供のことが苦手なのか……驚きだな。
「クラウス、これを頼む」
そう言って私は戦斧をクラウスへと預けてから、双子達へと近付いて、両手でガバリと双子達を抱きしめ、そのまま抱き上げる。
「歳は3歳か、4歳か?
二人共痩せすぎだから今日からはしっかりとご飯を食べて貰うぞ。
アルナーの作ったご飯は美味しいからな、楽しみにしとくと良い。
……それで、だ、私の名前はディアスと言うんだが、君達はなんという名前なんだ?教えてくれないか?」
「……」
「……」
双子達を両手で抱き上げたまま、隙間が無いほどの近距離で顔を突き合わせ右の子と見つめ合い、左の子と見つめ合い、そんな風にして交互に二人の目を見ながらそう声をかける。
だが双子は相変わらず無表情のまま、その緑色の瞳もわずかも揺らさないままで……それでも私は諦めない。
何人もの孤児の世話をしてきた私の諦めの悪さを思い知るが良いと、双子を抱きしめたまま私はあれやこれやと声をかけ続ける。
好きな遊びは何か、好きな食べ物は何か、そしてなんという名前なのか。
好きな歌は何か、好きな昔話は何か、そして再度名前のこと。
笑顔を絶やさぬようにと気をつけながら、双子の目を見つめたままに声をかけ続ける。
「なんだなんだ黙ったままで、もしかして名前が無いのか?
名前が無いのなら私が名付け親になってやるぞ。
こう見えて子供の名付けは初めてじゃないからな安心してくれ。
さーて、どんな名前が良いかな?二人は女の子だから可愛い名前が良いかな?」
私が笑顔のままそう言うと双子の瞳が僅かに揺れる。
全てを投げ捨て里を飛び出す程にこの子達を愛していた両親ならば名前を付けていないはずが無く、私はそれを分かった上で敢えてこういう言い方をした。
両親がこの子達を愛していたのなら、この子達も両親を愛していただろう。
そんな両親が付けてくれた名をこの子達が捨てられるはずもなく……。
「……やぁ!」
「……いらない」
と双子達はたまらずに声を上げる。
その様子に私は良かった良かったと子供用に作り上げた笑顔では無い心からの笑顔となる。
双子が動きもせず喋りもせずに居たのは、両親を失った絶望からなのか、それとも両親以外の大人である私達に対し自分達の世界に入ってくるなとの抗議の為なのか……もしかしたらその両方だったのかもしれない。
そうなった子供は自分の殻の中の世界に篭りがちになり、外の世界の全てを恐れてそのままに殻を破れなくなってしまうことがあり、そんな子供を私は何人か見て来た。
そうなった子供の結末とは……大体が悲惨なもので……だがこの双子は両親への愛を力にして、見事にその殻を打ち破ってくれた。
よくぞやってくれたと褒めそやしたい気持ちをぐっと押さえながら私は再度二人に話しかける。
「……そうかそうか、私の名付けは嫌か。
それなら私に名前を教えてくれないか?
教えてくれないと君達をなんと呼んだら良いのか分からなくて私達が困ってしまうんだよ」
「……セナイ」
「……アイハン」
「そうかそうか、セナイとアイハンか!
名前を教えてくれてありがとうな、二人ともとても可愛らしい良い名前じゃないか!
それじゃぁセナイとアイハン、私とそこにいる男、クラウスはこれからこの荷物の整理をしなくちゃいけないんだ。
だからそれが終わるまで、そこにいるアルナーお姉さんとマヤ婆さんと一緒に水浴びして、新しい服を用意して貰って、そして食事も済ませておいて欲しいんだが、出来るかな?」
私がそう言うとセナイとアイハンはアルナー達へと視線を移して、不満そうに口を結びながらもゆっくりと頷く。
この様子ならもう大丈夫だろうと私はセナイとアイハンをゆっくりと地面へと下ろして、何やら驚愕の表情となっているアルナーとマヤ婆さんにさっき言った通りの世話を頼むと声をかける。
アルナーもマヤ婆さんも何やら私に言いたいことがあるとの表情を見せていたが……まずは二人の世話を先に済ませるべきだと分かっているのだろう。
アルナー達はセナイとアイハンの手を取って二人に優しい声であれやこれやと話しかけながら倉庫前を離れていく。
そんな一同を見送っていると戦斧を大事そうに抱えたクラウスが近付いて来て笑顔になりながら口を開く。
「いやぁ、驚きましたよ。
ディアス様が子供の扱いが上手だなんて知りませんでしたから」
「クラウスには言って無かったかもしれないが、戦争前は孤児達のまとめ役みたいなことをしていてな、さっきのやり方はその中で編み出した下手くそな方法の一つだよ。
あの頃は孤児の親代わりに色々とやったもんだよ、それこそ生まれたばかりの赤ん坊の世話をしたこともあるぞ」
「な、なるほど。
名付けというのもその子のことですか?」
「ああ、その子にも名付けたし、他にも色々とな。
自分の名前を捨てたいだとか、覚えてないだとか、理由は様々だったよ。
名付けたのは全部で10人くらいだったかな……今も元気にしていると良いんだが……」
「……ディアス様が戦争に行くとなった時、その子達はどうしたんですか?」
「ああ、一緒に孤児達の世話をしていた男が居てな、そいつに任せたよ。
戦火が近付いて来ていたから遠くへ行くように言っておいたんだが、何処へ行って今はどうして居るのやらなぁ」
「元気にしているのならいつかディアス様の噂を聞きつけてここに会いに来てくれるかもしれませんね」
「そうだと良いんだがな……さて、話はここまでにして荷物の整理を始めよう。
ペイジンに貰った目録を見る限り……急いでやらないと日暮れまでに終わらないぞ」
私がそう言うとクラウスは慌てながらもユルトへと戦斧を置きに行ってくれて……そうして荷物の整理が開始される。
目録を見る限りに荷物の殆どが食料だ。
時間もそう無いので中身の吟味まではせず、箱や樽の蓋を軽く開けて品物と目録が合っているかの確認だけを済ませていく。
干し肉に干し魚、干しブドウなんかもあるようだな。
小麦が10袋に……殻のままのくるみが一樽分ってのも凄まじいな。
んん、この樽はぶどう酒か……これはアルナーが見つけてしまわないうちに倉庫の奥にしまっておこう。
後はなめした動物の革に、鉱石まであるのか……。
それに塩樽が3個に……塩樽の中には腸詰めも入れてあるらしい。
ああ、チーズもあるのはありがたいな、滋養があるし後でセナイとアイハンに食べさせよう。
そうやって私とクラウスは目録を確認し、保存の効く物や食料以外の物を倉庫の奥へと、早めに食べるべき食料を倉庫の手前へと運んでいく。
ドラゴンの素材もまだまだ残っているし、色々と物が増えてきて倉庫も手狭になってきた……近いうちに倉庫の拡張も頼まないといけないかもしれないな。
さて……これで目録の荷物は終わり……って、なんだこの小さな木箱は。
箱に目録番号も書いてないし……目録の荷物は全部倉庫にしまったはずだぞ?
私が目録とその木箱を交互に見つめて、おかしいなと首を傾げていると、クラウスも私の手元の目録を覗き込んで来て……そして私と同じように首を傾げる。
「ディアス様、この箱は一体?」
「いや、私も知らないぞ、目録には何も書いてないんだが……初めて見る箱だしペイジンが持って来た物に間違いないはずだ。
……とりあえず中身を確認してみるとしよう」
私がそう言うとクラウスは頷いて、一応安全の為に自分が開けますと言ってから木箱へとゆっくりと手を伸ばす。
クラウスは恐る恐る慎重に箱の蓋を開けて……そして木箱の中身が明らかとなる。
どうやらこの木箱は小物入れだったらしく、雑多に様々な小物達が詰め込まれている。
「ああ、なるほどな、小物の商品は全部まとめてこの木箱に入れていた訳か。
目録に記載が無いのは……大した価値が無いからかな?」
私がそう言うとクラウスは無言で頷いてから木箱の中身を手にとって取り出し始める。
丸かったり、四角だったり、筒だったり……どれもこれも初めて見る物ばかりで……これらは一体どうやって使う道具なんだろうか?
「あ、これは知ってますよ、遠眼鏡です、遠眼鏡。
特別なガラスが使われていて覗き込むと遠くのことが見えるとかなんとか、王都の方で騎士達が使ってましたよ。
確か高価なものだって……あ、二つもある」
黒い塗料の塗られた丸い筒を持ち上げながらクラウスがそんな説明をする。
ははぁ、そんな便利な道具があるんだなぁ。
「後は……。
このガラスのケースの中でくるくる周る針は……磁石なんですかね?他の鉄の品物に反応して動いていますよ。
ああ、これはこの辺りの地図ですね、王都で見たのより随分と精巧だなぁ。
紙とペンとインクあるし……これは細いのやら曲がりくねったのやら鉄の束は…‥鍵開けの道具……かな?
それと鉄の手枷なんてのもありますね」
なんとも統一感の無い道具達だなぁ、特に鍵開けの道具なんて売りに出したら怒られる品物なんじゃないか?
そんな品物を扱っていて大丈夫なのか?ペイジン達は。
「小さく細い鉄のヤスリに、ベルトのバックルに隠せる仕込みナイフに……なんだか物騒な品物もありますね。
んー……駄目だ、半分くらいは使い道どころか何で出来ているのかも分からない道具ばっかりですね」
「物騒な物もあるなら正体の分からないものはその木箱にしまったままにしておいて、今度ペイジンが来た時にでも使い方を聞くとしよう。
遠眼鏡は色々と役立つ場面も多いだろうから私とクラウスで常に持ち歩くようにするぞ。
後は……地図は私のユルトの中にでも張っておいて皆がいつでも見れるようにするかな」
私がそう言うとクラウスは頷き、同意してくれて、木箱の蓋をしっかりと閉めながら子供達が触ったりしないように自分のユルトに隠して置きますと言ってくれる。
それで今度こそ荷物の整理は終わりとなって、丁度その時にアルナーとマヤ婆さんが身綺麗になったセナイとアイハンを連れてこちらへと戻ってくる。
メーア布に首と腕を通す穴を開けただけの物を着させて紐を腰に巻いて固定しただけの服?も、さっきまでのボロ布よりはよっぽど良いじゃないか。
ああ、足にも布を巻いて靴代わりにしているのか、この草原なら踏んで足を痛める物も少ないだろうし、当分はそれで良いかもしれないな。
よしよし、ならさっきみたいに抱き上げてもう一回二人と話を……ってどうしたアルナー、何故立ちはだかって二人を私から守ろうとしているんだ?
「ディアス、自分では気付いていないのかもしれないが、さっき汚れたままの二人を抱き上げたのと荷物の整理で体と服がかなり汚れている。
汚れたままで抱き上げるだなんて、綺麗になったばかりのセナイとアイハンにはしないでくれないか」
アルナーにそんなことを言われて改めて自分の服や腕を見れば……うん、言われた通りかなり汚れているな。
アルナー達に水浴びをしてくるよと一声かけて私はフランシス達と共に小川へと向かうことにする。
そうして小川に向かいながら振り返って見るとアルナーと少しだけ打ち解けたのか、小さな笑顔を作りながら会話をするセナイとアイハンの姿が見えて……ああ、良かったなと思わずに呟く。
……うん、いや、本当に心からそう思っているぞ……だから私は嫉妬しているとかでは無くてだな。
だからフランシスとフランソワ、そうやって私を慰めようと体を擦りつけたりしなくて良いんだぞ?
メァーメァー。
メァーメァー。
あぁ……まぁー……うん……お前達のその気持ちだけ受け取っておくことにするよ。
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