第20話 行商人と商品と
言葉での挨拶を終えてペイジンと、鉄の鎧兜で全身を覆う護衛達と握手を交わしていく。
ペイジンの手のじっとりしっとりした感触に驚き、護衛達の毛深さに驚き、驚きに満ちた握手を終えてからペイジン達をイルク村の倉庫前へと案内する。
少し前に領主として来客を迎える時は挨拶と共に握手をしろとマヤ婆さんに説教されたからな、握手は絶対に忘れないぞ。
「そしたらディアスどん、早速でアレですけどアースドラゴンの素材のこと見せて貰って良いですかい?
大きさとか品質で価値がかなり変わるものですけん、先に鑑定の方を済ませてから取引きといきまひょ」
倉庫前に着くなりペイジンがゲコゲコと口を開く。
確かにその方が話が早そうだなと思いつつ、ちらりとアルナーの方を見てアルナーの角が白く輝いているのを確認してから私はペイジンに分かったと頷いてクラウスと共に倉庫の中へと向かう。
白は敵意なしの色だったよな。
色々な品物を領内に流通させてくれる行商人が青じゃないってのは、あくまで向こうは商売目的、それ以上の好意は無いってことなんだろうな。
んー……青では無い相手に素材をどれくらい渡すか迷うところだが……この領に行商に来る価値無しと思われるのも不味いよな。
多すぎず少なすぎず……牙1本、爪1本、盾くらいの大きさの甲羅1枚くらいが良いだろうか。
そもそもドラゴン素材がどれくらいの価値の物なのかも分からないからなぁ……これでとりあえずの様子を見るとしよう。
私が牙と爪を持ち、クラウスが甲羅を持ち、そうして二人で倉庫を出る。
素材を持つ私達の姿を見て鉄の鎧兜を身に纏った護衛達は口を大きく開きながら驚愕し、ペイジンはニコニコと引き攣った笑顔のままに……顔色を緑から深緑に変化させる。
あれ?何かまずかったかな?
もしかして小さめの物ばかりを選んだのに気付かれたか?
それで機嫌を悪く……という感じでも無さそうだな。
「これがアースドラゴンの素材なんだが……ペイジン、何か問題でもあるのか?
顔色が悪い……みたいだぞ」
「ゲッコゲコゲコゲコ、問題だなんてとんでもねぇでさぁ。
ディアスどんがお一人でドラゴンを倒したっちゅう話だったさかい、小物だと思っちょったんですけど……それを見ると随分と大物だったようでん?」
「んん?これで大物なのか?
まだ一匹しか見つけてないからそこら辺良く分かって無いんだ。
また狩れたらと思って探してはいるんだが、中々見つからなくてなぁ」
「……わざわざ次を探してはるんですかぃ、そうですかぃ。
……ご無礼を承知でお聞きしてぇんですが、本当にアースドラゴンをお一人で討伐したんですかぃ?」
顔の上に突き出した丸い目を細めながら私をじっとりとした視線で見やるペイジン、護衛達も何やら疑いの視線を私に向けていて……なんとも不機嫌そうな表情だ。
ふーむ、アースドラゴンを倒したのでなく死体をたまたま見つけて拾って来たとでも思われているのかな?
それで私がドラゴン殺しを詐称していると言いたげな顔だよな、アレは。
ドラゴンはこれからも見つけ次第に狩るつもりで、そうやって手に入れたドラゴン素材は領の特産品にでもしようかと考えている。
これからの領の発展を担うことになる大事な商品にそんな疑いを持たれるのは良く無いな。
……これはしっかりと証明してみせる必要がありそうだな。
「アルナーもその場には居たが、戦ったのは私だけだったな。
戦い方としてはアースドラゴンの上に乗って甲羅を割って倒した訳だが……言葉で説明しても分からないよな。
だから実際にその様を見せようかと思うんだ。
クラウス、私は戦斧を取ってくるから、その間に割るに丁度良さそうな大きめの甲羅を倉庫から出しておいてくれ」
「ひょっ、はっ、えっ?
割るって……えぇっ?!」
驚きのせいか、喉を大きく膨らませて不思議な声を上げ続けるペイジンをそのままに私はユルトへと向かい、クラウスは何も言わずに頷いて倉庫の中へと入っていく。
戦斧を手に取り次第に倉庫前へと戻ると、クラウスがちょうど甲羅を倉庫前の地面へと置いていた所で、私は早速やろうかと両手でぐっと戦斧を握り直して構えを取る。
アースドラゴン討伐後の解体で一番手間がかかったのが甲羅の解体だった。
鬼人族の職人達が甲羅を熱して冷やして繰り返して、甲羅になんとかヒビを入れて、そのヒビにタガネを入れてハンマーで叩いて、そうやって少しずつ少しずつ砕いて割っていくので精一杯。
手間がかかり燃料がかかり、体力と力が必要で兎に角大変な作業だったらしい。
そこで私は甲羅をどうにか簡単に割る方法を探るべく戦斧でもって甲羅を叩いて叩いて叩き続けることにした。
そうすることで甲羅の弱点というか、割りやすい部分というか、そういうものを見つけられないかという試みだ。
何日か叩き続けるうちに甲羅の隙間というか、筋というか、衝撃が伝わりやすい部分を見付け出した私は、それを意識しつつ更に殴り続けること数日。
そうして私は戦斧でもって甲羅を一撃で割る技を編み出すことに成功したのだった。
一度成功しコツを掴んだら後は楽なもので、私は次々と戦斧で甲羅を砕いて砕いて解体を手伝っていった。
それを見たクラウスが『これはもう立派な戦技です、是非名前を付けましょう!』なんて言い出して、勝手に『戦斧甲羅割』なんて名前を付けてしまった。
近くで見ていたアルナー達にまずそれが定着して、それが伝わって鬼人族達にまで定着してしまい……今では鬼人族の村に行けば子供達に戦斧甲羅割を見せてとせがまれる有様だったりする。
そんな戦斧甲羅割をペイジン達に見せつけるようにして甲羅へと放つ。
ガキィィンという音と共に戦斧が地面へと突き刺さり……綺麗に二つに割れた甲羅が左右に割れ落ちて、ドサリと地面に横たわる。
それを見たペイジンは口を大きく開け、そこから長い舌をダラリとぶら下げながら呆然とし、護衛達はと言えば恐々と顔を青くし、硬直し、腰を抜かして地面に座り込んだりと様々な反応を見せている。
「この……戦斧甲羅割はアースドラゴンとの戦いの後で身に付けた技だが、それでもアースドラゴンを倒せる力が私にあるということはこれで分かってくれたと思う。
これからも見つけ次第にアースドラゴンを倒して素材を商品として出荷するつもりだからよろしく頼むよ」
驚いたまま呆然としたままのペイジン達に私がそう声をかけるとペイジンがハッと意識を取り戻しながら激しく首を上下に振って何度も何度も頷く。
「ももも、勿論でさぁ!
き、牙も爪も甲羅も、そっちのあっし達に技を見せる為に割ってくれた甲羅も全部を買い取らせて頂きまさぁ!
価格も適正価格で相場通りに致しやすのでご安心くだせぇ。
おい!お前達!さっさと荷降ろしをしぃや!
こいだけの素材、手持ちの金貨だけじゃ払いきれんや!」
ペイジンの大声での指示でようやく自分を取り戻した護衛達が動き出し、幌馬車の中からあれやこれやと荷物を馬車の外へと運び出し始める。
一体それには何が入っているのか木箱に樽に麻袋に、様々な形の荷物が倉庫の前に積み上げられていく。
ペイジンは荷物の目録の書かれた羊皮紙を片手に、もう片手には珠を動かすことで数を数える……アバカスという名前の計算の為の道具を持って、慌ただしく右へ左へと走りながら荷物の数を数えていく。
これは銅貨何枚で、これは銀貨何枚で、これは金貨何枚で、とそんなことを呟きながら荷物の値段だろう数字を加算していって……そうしてペイジンはニィっと口の端を上げて笑顔を作り出す。
「よしよし、なんとか支払いに足りてくれそうで良かったでん。
これで足りんかったら旅路の食料まで売らんといかんとこやった。
ああ、そうだ……ついでだからほれ、馬車の奥のアレも出してしまい。
獣人国では全く売れんかったけど、ディアスどんは人間族じゃし買ってくれよう」
ペイジンがそう言うと荷降ろしをしていた護衛の一人が頷いて……そして馬車の奥から幼い、本当に幼い二人の子供を抱えながら馬車の外に連れ出してくる。
護衛が倉庫前に連れて来た子供は……とても酷い格好だった。
ボロ布を体に巻いただけの格好で、その体は痩せこけて、肌も金の長い髪も汚れきっている。
そしてその目にあるはずの子供が持つべき輝きは失われていて……それを見るだけで二人の境遇が察せられる。
……あの目を見るにこの二人は私と同じ孤児なのだろう。
ペイジンはさっき売れなかった、とそう言ったよな……つまりこの子供達が商品なのか?
ペイジンは孤児の子供達を売っているのか?奴隷として……!
なんとも表現し辛い怒りと、不快感が湧き出して来て私の胸の奥で燻り始める。
そんな怒りと不快感をなんとかしようと、私がギシリと歯を軋ませる程に力を込めていると、そんな私の腕をアルナーが無言のままに掴み、落ち着いてと声をかけてくる。
……そして私のそんな様子を近くで見ていたらしいマヤ婆さんが、やれやれと呟きながら私の前へと進み出る。
「ディアス坊や、子供の前でそんなおっかない顔をするんじゃないよ。
……それと商人さんや、申し訳ないけど坊やも私達も奴隷は嫌いでね、勘弁してもらえんかね」
ペイジンと護衛達は怒りに震える私の様子を見て……そしてマヤ婆さんの言葉を耳にして……焦り、狼狽し、顔色を激しく悪化させる。
ペイジンは顔色をどんどんと悪くしながら口をパクパクと激しく動かして弁解を始める。
「ち、違いまさぁ、こいつらは奴隷というかそうでないというか。
……ひ、人助け……そう、人助けの結果あっしらの商品になった子供らでん、あっしらが商品にせなんだら死んでた子供なんでさぁ。
決して悪さしたとか、そういうんじゃ無いで、面倒な事情があるんでさぁ……」
ペイジンはじっとりとした油のようなものを肌に浮かべながら面倒な事情とやらを話し始める。
子供達はある里で同じ日同じ時に生まれた双子なのだそうだ。
その里では双子は『災厄をもたらす獣人腹の子』として忌み嫌われているらしく、生まれた翌日には里の全員が集まっての話し合いで子供達の処刑が決定されてしまったらしい。
だが両親は子供を殺されたくないとその決定に反発、子供を抱えて里から逃げ出したのだそうだ。
里を離れて、誰も居ない森の中での親子だけの生活を始めて、数日して親子は偶然にペイジンと出会って、そうしてペイジンのお得意様になったのだとか。
だが森の中で家族だけでの生活は尋常の苦労では済まされず、そんな疲れから両親は病に倒れてしまう。
両親は病を治そうと様々な薬をペイジンから買ったのだが、そのどれも効果は薄く病はどんどん悪化していき……そうして死の淵まで追い込まれてしまった両親はペイジンに子供達を託したいと懇願し始めたのだそうだ。
しかしペイジンはあくまで商人としてここにいる、儲けにもならない慈善活動は出来ないとそんな懇願を拒否。
ならばと両親は子供達を『商品』として預かってくれと再度懇願してきたらしい。
「災厄の子なんてモンを預かるのは御免だったんですけんど、少なくない金まで積まれて死の淵にある人間に懇願されたら嫌とも言えんで、子供の世話ばしてくれる良か人に売る時まで預かると約束したんでさ。
けんど誰もが災厄の子なんていらんと言うもんで中々買い手もつきませんで、預かった金も尽きてしまって、食事に世話に金がかかるばっかりで赤字も赤字。
そんな状態でディアスどんと出会ったという訳だでん……。
に、人間族は奴隷を買うのも飼うのも好きと聞いたもんで、あくまで好意でん取引きしようかと……悪気は無かったんで、本当に勘弁してくだせぇや……」
そんな言葉で説明を終えてペコリペコリと頭を下げるペイジン。
そういう事情ならまぁ……仕方ない……のだろうな。
ペイジンに悪気が無かったのならばと私の怒りはただの八つ当たりでしかなかったなと、私は謝罪の言葉を口にしながらペイジンに習って頭を下げる。
ペイジンはそんな私に更に頭を下げながらいやいや自分が悪かったと謝罪して、そうして二人で謝罪し合っていると、いつの間にやら私の背後に隠れていたらしいアルナーが私の背中を指で突付き、ボソリと言葉を漏らす。
「ペイジンは嘘は言っていない、それとあの双子の色は強い青だ」
私にだけに聞こえたであろうアルナーのその言葉を聞いた私は、先程から全く動かず言葉も発さず、目の前でちょっとした騒動があったというのに瞳すら揺らさないでいる双子をじっと見つめる。
昔はこの双子のような孤児達の世話ばかりしていたんだよな……ならまたそれをやるってだけの話じゃないか。
そうして私は心を決めて……ペイジンへと視線を移しながら口を開く。
「私は奴隷制というのはどうしても好きになれなくてな……だから買うという行為には抵抗がある。
だが行き場の無い子供を引き取ると言うのなら話は別だ。
あくまで今回だけの特例なんだが……今までの赤字分……いや、この子達を今まで育てるのにかかった分の全てを素材で支払おう。
それで……どうだろうか?」
私がそう言うとペイジンは驚きに目を丸くしながらも、ニッコリと笑いながら頷いてくれる。
……こうして私は領民として……いや、家族として、そんな双子達を迎え入れたのだった。
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