第18話 村と村の名前と宴と


 マヤ婆さん達を草原で拾ってから三日が経ち、ここも賑やかになったもんだと辺りをぐるりと見渡す。


 私達が住むユルトに、クラウスのユルト、倉庫に、飼育小屋に、厠小屋に、井戸、そしてマヤ婆さん達が住むユルトが3つに、マヤ婆さんの希望で組み立てた集会所用の大きなユルトが一つ。


 鬼人族の村程の規模では無いにせよ、そうやってユルトや建物が並ぶ光景はなんとも壮観で、これはもうここのことを村と呼んでも良いんじゃないかな?と思えてくる。


 ここを村とするなら村の名前はどんな名前が良いかな。

 分かりやすくて覚えやすい名前……草原村……ユルト村……うーむ、いまいちだな。


 しばらくあれこれ考えて……良い案が全くと言って良い程に思い浮かばず……これは誰かに意見を聞いた方が早そうだ。

 足元のフランシス達に行くぞと一声かけて、アルナーとマヤ婆さん達が居る集会所へと足を向ける。


 アルナーとマヤ婆さん達がそこで何をしているかと言えば、答えはフランシス達の毛に関する作業だ。


 メーアの毛は刈り取ればそれですぐ使えるという訳では無く、洗ったり解したり、そして紡いだりと色々な作業が必要になる。


 結構な手間と、結構な時間がかかるそれらの作業をうちでやるには流石に人手が足りず、今まで刈り取った毛はそのほとんどを鬼人族の村との物々交換に使っていた。


 刈り取った状態そのままに交換されていく毛を見たマヤ婆さん達はこんなに上質な毛をそのまま交換に使うだけだなんてもったいない、ちゃんと処理して価値を高めるべきだ、いっそ処理した毛糸を使ってうちでも何か作るべきだとの声を上げた。


 元々居た村でそういった仕事もしていたし、作りたい物が色々とあるし、何より何もせずただ私達の世話になりながら生きていくだなんての耐えられない、自分達も領の為に働きたいと口々にマヤ婆さん達。


 ある程度歳がいった人が仕事も何もしないでいると病気になったり呆けたりするとのアルナーの意見もあって、それならばとメーア毛をどうするかはマヤ婆さん達に任せることになった。


 毛を処理して毛糸を作って交換用にするなり自分達で何か作るなりは自由にやってよし。

 ただ鬼人族との物々交換は続けたいので一定量は交換に回すようにと私が許可を出すとマヤ婆さんは上手くやってみせるから期待しておきなさいと満面の笑顔を見せてくれた。

 

 そういう訳でマヤ婆さん達は日が昇ると食事もそこそこに集会所へと集まって、メーア毛を洗ったり解したり、鬼人族から譲って貰った糸車で紡いだりと毎日忙しそうに、楽しそうに働いている。

 

 集会所に近付けば、そうして働くマヤ婆さん達の歌が聞こえて来て……そのなんとも言えない優しい響きに胸が暖かくなる。

 

 糸よ、糸よ、細うなれ。

 紡いで下げて、巻き上げて。

 可愛か領主の財となれ。

 糸よ、糸よ、細うなれ。

 紡いで縛って、愛合わせ。

 綺麗か奥に子を持たせ。


 繰り返し響いてくるそんな歌。

 歌詞の一部に思う所が無いでも無いが……まぁ水を差すようなことは言うまいと口をつぐみながら集会所入り口の布をそっと捲り上げる。


 今日は紡ぎの作業か、ユルトの中でカラカラと糸車が一斉に回っている。

 糸車をまわしながら歌を口ずさみながら、アルナーもマヤ婆さん達も皆が皆、笑顔で……なんとも平和な光景だなぁ。

 

 アルナーとマヤ婆さん達は私に気付き、作業と歌が一段落するところまで作業を進めてから手を止める。


「どうかしたのかい?ディアス坊や、今日は珍しく難しい顔をしてるんだね」


 皺だらけの顔で鷲鼻を上下させてマヤ婆さん……坊やって歳でも無いんだがなぁ。


「ああ、人も増えてユルトも増えたからここを村ってことにしようかと考えたんだ。

 それで村の名前を考えていたんだが、中々良い名前を思いつかなくて……皆は何か良い案は無いかな?」


 私がそう言うとマヤ婆さん達は顔を見合わせて、そしてあれやこれやと意見を出し始める。

 

 ディアス村?駄目だ、却下だ、却下。

 ディアス・アルナー村も勘弁して欲しい、愛の村?それもちょっとなぁ……。


 ああ、クラウス、お前も来たのか……村の名前なら良い考えがあるって?

 おいおい……ドラゴン殺し村はいくらなんでも語呂が悪すぎるだろう。

 そっちも却下だ。


 うーむ、中々良い案が出てこないな。

 いっそフランシス村にでもしてしまおうか……。

 ……ん?なんだ、アルナー、君も何か案があるのか?


「……イルク村というのはどうだ?

 古い言葉で最初の村という意味になる。

 分かりやすいし、語呂もそう悪くないだろう」


 イルク村、イルク村、イルク村。

 うむ、悪く無さそうだ。

 周囲へと視線をやって……クラウスがやや不満気ではあるが、皆も特に異論も無いようだ。

 よし、我らが領内初めての村の名前はイルク村で決定だな。


 領民が増えて、何も無かったここに村と呼べる物が出来て、こうして物作りも始まって……これは順調と言って良いんじゃないか?

 この調子でどんどん領民を増やしてこの草原にもっともっと村を増やしていって、さっきの仕事風景みたいな賑やかで平和な光景を広げていきたいもんだ。

 

 んん?なんだ?皆急に立ち上がってどうした?今日の仕事は終わりなのか?

 え?村が新しく出来て、その名前が決まったんだからお祝いするのが普通?今晩は盛大に宴?

 お、おお、そんなことをする必要があるのか。

 いやいや、反対とかじゃないんだ、勿論構わないぞ、今日は皆で盛大に騒ごう。


 

 そうして行われた宴は……言ってしまえば質素なものだった。


「さぁさぁ、今日は夜更けまで皆で歌って踊り続けるよ」


 結構な時間を働いて疲れているだろうに疲れを見せずにそう言ったマヤ婆さん達が手拍子を楽器に歌を披露して。


「え、俺が踊るんですか?しかもフランシスさん達と?!」


 婆さん達にせがまれて悲鳴を上げたクラウスが歌に合わせてフランシスとフランソワと共に焚き火の前で踊り続けて。


「酒もどうにかして手に入れないとな、料理はなんとかなるが宴に酒が無いのが物足りない。

 ん?私か?酒は飲むぞ、大瓶一つ分は飲むぞ」

 

 その歳でそんなレベルの酒豪なのかと私を驚かせるアルナーが作った香草と肉多めの料理を皆で食べて、そうして日が沈んで辺りが真っ暗になって夜更けとなって、空が白む明け方近くまで皆で騒ぎ続けた。


 宴というには少しばかり物足りず静かで質素で、しかしとても楽しくていつまでも続けたくなる、そんな宴。

 私も十分に楽しんだが皆もそんな宴を楽しんでくれたようで、翌日の昼頃に寝不足で目を擦りながら起き出した皆はまた宴をしたい、今後はいつ宴をするのかとそんなことを口々に言い始める。


 次の宴かぁ、新しい村が出来たり良いことがあったら宴をする訳だし、領民を集める方法とかここを発展させる方法とかを皆が考えてくれたら、宴を開く機会が訪れるんじゃないかな?


 あ、あれ?皆急に目つきが変わったな。

 ……アルナーにクラウスにフランシス達まで……。

 前に私が意見を求めた時と比べ物にならない程の目つきというか、やる気というか。

 皆がこうしてやる気を出してくれたのは嬉しいんだけど……なんだか釈然としないぞ。


 ああ、うん、分かった分かった、それじゃぁ皆でどうしたらこの領が、そしてこのイルク村が発展していくのか、案を出し合っての話し合いを始めようじゃないか。


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