第17話 第三の来訪者 12人の……
――――草原で クラウス
草原の上に広がる青い空を見ながら、槍を突き出し、振り上げて、振り下ろす、槍を突き出し、振り上げて、振り下ろす。
槍の動きに合わせての呼吸をしながらそれらの動作を繰り返して、休むこと無く繰り返して自分の体を虐めるようにして槍を振り回し続ける。
ディアス様の下で働くようになってかれこれ10日、俺は毎日欠かすことなくこうした訓練を繰り返していた。
槍だけでは無く剣と弓の訓練に、体力をつけるための走り込みに、ディアス様がお暇な時はディアス様に手合わせをお願いして、そうやって少しでもディアス様の強さに近付いて、ディアス様と共に戦うに相応しい力を手に入れる為にと必死に懸命に精一杯に今やれること全てに手を出した。
王都は今、次の王位を巡る後継者争いで荒れている。第一王子派、第二王子派、第一王女派、第二王女派、第三王女派に分かれた貴族達が、貴族特有のなんとも醜悪でろくでも無い謀略の応酬を繰り広げているからだ。
その下らない争いのせいで戦後の国民の慰撫や、帰還兵や傭兵達への報酬支払が疎かとなってしまっていて……その結果民や兵達が荒れて暴れてと、王都周辺はそれはもう酷い有様となっている。
王都から離れての辺境はどうなのかといえば辺境もまた王都周辺以上に酷い状況だ。
王都の監視の目が届かないからとろくでも無い領主達はやりたい放題の暴れたい放題、特にここの隣領のカスデクスの野郎の酷さといったら……ここまでの旅路で一度目にしてしまったが……あれは……本当に酷くて……思い出すのもおぞましい。
ディアス様が貰えたはずの金を貰えなかったり、第三王女がディアス様に会いに来たりしたのはそんな後継者争いの余波なのは疑いようが無かった。
金の亡者と噂の第二王子辺りがディアス様の金を奪ったのだろうし、他の勢力に比べ武力に劣ると噂の第三王女派は形振り構わずにディアス様を取り込もうとしていたのだろう。
事が後継者争いだけに余波がそれだけで終わりだとはとても思えない、これからも様々な形で余波達がこの領へと届いてくるはず。
そしてそんな余波達にディアス様がどう対応するのかは……決まっている。
第三王女を一喝し追い返したあの時の、第三王女が言う所の礼儀知らずの蛮族のような態度で対応するのは疑いようが無いことだろう。
そうなればきっと余波どころでは無い大波がこの草原に、ディアス様達に襲いかかってくるはずで……だからこそ俺はその時の為にと懸命に訓練を繰り返す。
ディアス様は戦争の時の、出会った時のまま変わっていなかった。
優しいままで真っ直ぐな性格のままで、お人好しのままで。
偉くなっても出世して領主になっても、その性格は変わらないまま、あの時のまま。
それを知った時俺はディアス様の為に死ぬのも良いかな、なんてことを考えた。
王都の馬鹿共や、カスデクスのような馬鹿共の為に死ぬよりは何倍も、何十倍もマシな死に方が出来るんじゃないかと考えた。
戦争が終わって平和な日々が始まるかと思っていたのに、国内は荒れたままで、むしろ貴族達は更なる戦争を望んでるかのような振る舞いで……。
だから俺はここに来た、ここなら格好良く死ねるかな、なんてことを考えながらここに来た。
ディアス様はそんな俺に……俺なんかの為にドラゴンの素材で作った装備の数々を用意してくれた。
今手にしている槍はドラゴンの牙から作られたドラゴンスピアだし、身に着けている胸当てに篭手、腰当てに脛当て、それら全てにドラゴンの甲羅が使われている。
王都の貴族でも……いや、王族でもその手に出来るか分からないドラゴン素材の装備をこんなにたくさん……。
ディアス様はそれ程に俺に期待してくれている、ただ格好良く死のうなんて馬鹿なことを考えていた俺なんかに期待してくれている。
ならば俺は、ディアス様のその期待に応えなきゃいけないだろう。
死んでる暇などない、生きて生きてそしてディアス様の次に強い男となってこの人を支えなければならない。
何よりディアス様は本気で領主になろうとしている、立派な領主になろうと、どうしたらここを発展させられるのか、どうしたら領民が集まるのかと日々頭を悩ませている。
それは極々領主として当たり前のことだけど、今それをやれている領主は国内にディアス様以外には存在しない、だからこそ俺は―――って、何事だ?
ディアス様とアルナー様に、更にはフランシスさん達までもがこんな時間にユルトから出て来るとは……。
ディアス様の表情も固いしこれはただごとでは無いぞ。
「ディアス様、どうしたんですか?
もうそろそろ夕暮れ時ですけど、こんな遅い時間にお出かけですか?」
「ああ、アルナーがまた気配を捉えたみたいでな。
東からで数が12人だそうだ。
その気配のうちの一つが今にも死にそうな程弱っているらしくてな、手遅れになる前に急いで様子を見に行こうと思うんだ」
婚約者とは名ばかりのディアス様と毎晩を共にする奥方アルナー様は王都でも聞いたことの無いとんでもない効果の魔法をいくつも習得されている。
その一つが生命感知魔法、色々と下準備というか仕掛けが必要だそうで、相手の数とか相手との距離とかで正確性が失われるらしいのだけど、それにしたって便利な……本当にとんでもない魔法だ。
俺の二回の来訪をどちらとも、しっかりと感知してたって言うんだから驚かされる。
「俺も行きましょうか?
敵……盗賊なんかの可能性もありそうですし……」
「いや、クラウスはここで待機していてくれ、今日は鬼人族の村から荷物が届く日だからその受け取りを頼みたい。
もし相手の様子がおかしいようならすぐにアルナー達を帰すつもりだから、その時はここでアルナー達のことを守ってやってくれ」
「……分かりました、お任せください」
そう言ってから槍を地面に突き立てながら胸の前に拳を置いて敬礼をする。
ディアス様は俺の敬礼に頷いて、戦斧を片手に東の気配の方へと向かって歩いていく。
その途中アルナー様の角が輝いて、アルナー様とフランシスさん達の姿が溶けるようにして消えていって……ううむ、あれも凄い魔法だよな。
さて、相手が何者かは知らないがもしもの時の為に戦いの準備はしっかりと整えておくべきだろう。
防具のベルトを締め直して、腰に剣を下げ、弓矢を背負って、槍を片手にしっかりと持ってディアス様達のお帰りを待ちながら体力を使いすぎない程度に走り込みをしておこうか。
そうやって体を温めておけばいざという時すぐに動けるだろうしな。
ん?あれ?草原の向こうに見えるのはディアス様か?
思った以上に早く帰ってこられたな……まだ鬼人族の荷物も届いてもいないぞ。
一体向こうで何があったんだ……?
段々とこちらに近付いてくるディアス様の様子を見る限り……相手は敵とか盗賊では無かったみたいだな。
何しろその一人をディアス様が背負っちゃっているし……あれで敵ってことは無いだろう。
ああ、その人が死にそうな程弱ってるっていう人ですか……助ける為に急いで帰って来たと。
なるほど……確かに今にも死んじゃいそうですね、その人……っていうかその人達……。
ディアス様達がそうして連れて来たのは12人の老婆だった。
ボロ布を身に纏い、頬被りをしながら薄汚れた白髪を揺らす老婆達。
聞けば老婆達は棄民なのだそうだ。
隣領カスデクス公爵の次男がつい先日内乱を起こしたのがその原因らしい。
悪逆のカスデクス公爵とその長男討つべしと次男は兵を挙げ、多くの領民とカスデクス領の領兵達が次男の味方となったとか。
対する公爵と長男はコネと金の力でもって戦争が終わってしまって仕事を失っていた傭兵達を国内中からかき集めての抵抗を始めたらしく、その結果隣領では結構な規模の戦いが続いているのだそうだ。
中々終わらない内乱のせいで困窮したカスデクス領内のある村が口減らしをするとの決断をして、そして老婆達を村から……カスデクス領から追い出してしまったらしい。
老婆達のまとめ役マヤ婆さんは、特技なのだという占いで自分達に生きる道は無いのかと探り、占いの結果に従って歩いて歩いて、食料も水もないまま老いた体で歩き続けて……そうやってディアスさん達と出会ったのだそうだ。
生きる道を求めて諦めずに歩き続けて、そしてここに辿り着くこととなった老婆達は思い思いの場所に腰を下ろしながらアルナー様が淹れた薬湯をチビリチビリと飲み始める。
歩けない程に弱り、ディアス様に背負われていた老婆もぐったりと地面に横になりながら、それでもその薬湯をどうにか一口飲んだことで、少しずつではあるが悪かった顔色を回復させ始めていて……あの様子なら今すぐにどうということは無さそうだな。
「やったぞ、クラウス!
領民が一気に12人も増えた!」
「ディアス様……やっぱりあの老婆達を領内に迎えるんですね、そして領民として扱うんですね。
老婆達が棄民である以上どう扱うのもこちらの自由ですけども……生産性が無いというかなんというか」
「聞いたか?皆70歳以上でマヤ婆さんに至っては90歳だそうだぞ。
長生きだよな、奇跡みたいな話だよな。
長寿の秘訣とか聞けると良いな」
「60でも長生きだというのに全員が70以上って……。
それはつまりいつ死んでも、明日死んでもおかしくないってことですよ、ディアス様。
だからこそ棄民に……って、ああもう聞いてない」
ディアス様は俺との会話もそこそこに、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑いながら倉庫へと突入して中からユルトの材料を両腕で持てる限りいっぱいに抱えながら引っ張り出し始める。
「ちょ、ちょっと待ってください、俺も手伝いますから!!
すぐに手伝いますから、そうやって無理矢理に引っ張り出さないでください、大事なユルトが壊れちゃいますよ!」
そう叫んでから俺は手に持っていたドラゴン装備を投げ出し、ディアス様の下へと駆けていく。
優しくお人好しなのは良いことですし、素晴らしいことですけど、お人好しすぎるのも困るんですよ!
聞いてますか、領主様!
何事も程々で、程々でお願いしますよ!!
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