第16話 領兵隊長
「あの、それでディアスさん、そちらの女性と……その白い生き物は一体?」
「んん、まぁ、あれだ。
アルナーは私の……婚約者だ、こっちのはメーアのフランシスとフランソワ、うちの大事な家畜達だ」
私がそうクラウスにアルナー達を紹介すると、アルナーはよろしくと短い挨拶をし、フランシス達はメァーメァーと鳴き声を上げる。
クラウスは婚約者との私の説明に目を丸くしながらアルナーの顔を見つめてから、青く輝く角を凝視して……そしてまた顔へと視線を移動させる。
「お、驚きました。
まさかディアスさんが婚約だなんて……。
そのお相手が凄く美人で……しかも角が―――」
「まぁまぁ、そこら辺の細かい事情は追々な、今はとりあえずここから移動しよう。
朝の身支度もまだ済ませていないし、フランシス達の世話に食事に、クラウス用のユルトの組み立てに、やることが一杯だ。
領兵ってのはあれだろ?確か街の警備兵みたいな仕事する人達のことを言うんだろ?
ならクラウス用の武器と防具も用意してやらないとだしな」
そうして私達はユルトへと向かって移動を開始する。
移動しながら鬼人族という隣人達と友好関係を結んだことや、アルナーとのことをクラウスに説明していく。
鬼人族が持つ力のことなどは私が勝手に言ってしまうのは不味かろうと、既に見せた隠蔽魔法以外の事は伏せつつに、ユルトに井戸に厠に食料に、そういった物を融通してくれる協力関係であることが説明の中心となる。
その後はフランシス達のこと、メーアの賢さにその毛の貴重さ、フランソワが妊娠中であることも忘れない。
勿論アルナー達にもクラウスのことを説明していく。
24歳の王国兵、両親は終戦少し前に亡くなったんだったよな。
出会ったきっかけはクラウスが捕虜の酷い扱いをなんとかしようと奔走していたのがきっかけだったな。
色々あってそれは失敗に終わってしまって、捕虜もそのひどい扱いが原因で亡くなってしまって……クラウスの大泣きに一晩中付き合わされたんだよなぁ。
他にも色々とあるクラウスとのエピソードをアルナー達に話してやっているとフランシスがクラウスに近寄って何やら体をすり寄せ始める。
メァーメァーとの鳴き声を上げながら柔らかい体毛と角を交互にクラウスの脛辺りにしつこくぶつけて……クラウスは痛そうに顔を歪めているが……一体アレは何をしてるんだろうな?
「あれはフランシスなりの挨拶だ、どうやら話を聞いてクラウスに心を開いたみたいだな。
だからああやって群れの新参者に立場を教えているんだ」
アルナーのその言葉に私は驚いて……クラウスもかなり驚いているな。
「立場を……?
フランシスのあの鳴き声にはどんな意味が……?」
「フランシスは自分はディアスに体毛を捧げたり、子供を作って群れを増やしたりと貢献してるんだぞ、とそう言っている。
お前も頑張ってディアスの為、群れの為に貢献しろよ、というフランシスなりの応援だな」
「つまりクラウスはフランシスの格下だと?
クラウスもあれで結構腕が立つんだが、それを格下と見るとはなぁ……」
「何かあれば群れで一番強いディアスが守ってくれるという確信があるからああいう態度に出るんだ。
それだけの貢献をフランシス達はしているがクラウスはしていない、そういうことだ」
アルナーのその説明にフランシスは自慢気に鼻を上へと突き上げ、クラウスはなるほどと唸りながら頷く。
フランソワはそんなフランシスに少し呆れているようにも見える。
そんなクラウスとフランシスのじゃれ付きを眺めながらユルトへと辿り着き、クラウスは以前ここに来た時とは全く違う、隠蔽魔法のかかっていない拠点の姿を見て呆然となる。
分かるぞクラウス、事前に説明されていたとしても驚くよな、隠蔽魔法恐るべしってやつだ。
呆然としたままのクラウスはとりあえずそのまま放置することにして、私とアルナーはまずはやるべきことをやってしまおうとユルトの中へと入っていく。
食事の片付けに朝の身支度に、清潔で健康的な生活の為にもこれらは欠かすわけにはいかない。
身支度などが終わったならクラウスに声をかけ、クラウスと共にクラウス用ユルトの組み立て作業だ、場所は私とアルナーが住むユルトの隣で良いだろう。
クラウスは自分が住むのは練習用ユルトで良いとは言ってくれたんだが、練習中の失敗で傷をつけてしまったり外布に穴を開けてしまったりしているのでそんな状態のユルトに住まわせるってのは流石に申し訳ない。
なぁに、二人掛かりでやればすぐ組み立て上がるのだからさっさとやってしまおう。
アルナーはユルトの掃除に洗濯か、ならフランシス達は組み立て作業の間、目の届く場所で食事を済ませておいてくれ。
ユルトの組み立てが終わったら竈の使い方や生活する上での注意点、開閉式の天窓の操作の仕方などをクラウスに教えていく。
ああ、分かるよクラウス、単純な作りなのにロープを引くだけで開閉する布天窓ってのは凄い仕組みだよな。
……物珍しいのは分かったからそう何度も開閉を繰り返すんじゃない、壊れることもあるんだぞ。
これでやるべきことは大体終了か?
ああ、クラウスの装備のことがあったか……まぁそこら辺は昼飯を食べつつ話すとしよう、もう昼過ぎだしな。
クラウスの分もアルナーが用意してくれるはずだから一緒に私達のユルトで食べるとしよう。
そうしてクラウスとフランシス達と共にユルトへと戻ると香ばしい匂いがユルトの中に充満していて……ああ、今日は黒ギー肉の香草焼きか、これがまた美味いんだよなぁ。
香ばしい匂いをいっぱいに吸い上げて堪能しながら、いつもの定位置のクッションへと腰を下ろし、早速頂こうと香草焼きに手を伸ばしながらアルナーに声をかける。
「アルナー、クラウスの装備についてなんだが、鬼人族の村で作って貰うことは可能か?」
「短めの剣や鉈、槍に弓矢は村で作れるな。
ディアスが着ていた鎧みたいなのは難しいだろうな、商人から買った方が早いと思う」
「なるほど……そういえば倉庫に仕舞い込んだままのドラゴンの素材とかって武器の材料に使えたりするのか?」
「使える、というか村で既に作り始めている。
牙や爪を使った剣と槍に、ドラゴンの腱やらを使った弓も作ってるという話だ。
後は甲羅の盾なんかも作ってるらしいな」
「ああ、なら完成したらそれと素材を交換して貰うとしよう、甲羅で胸当てとか籠手とかすね当てなんかも簡単な造りで良いから作って貰えると嬉しいな。
ってどうしたクラウス、なんだその変な顔は……ああ、分かった、金の心配だな?
安心しろ、装備はタダで支給してやるさ、クラウスには今後増える―――かもしれない領兵のまとめ役、隊長をやってもらおうと思ってるからな、これくらいはさせてくれ」
クラウスは私とアルナーの会話に何やら激しく動揺し、驚き、混乱し、食事に手をつけないままに狼狽えていた。
安心させてやろうと私が口にした装備をタダでやるという言葉は何故だかクラウスの動揺などを更に悪化させてしまったようで、クラウスの顔色がどんどんと悪くなっていってしまう。
あまりの様子に病気だろうかと私が心配して近づこうとすると狼狽えながらクラウスは口を開いてどうにかこうにかといった様子で声を発し始める。
「でぃ、でぃ、ディアスさん?!
ど、ドラゴンってあのドラゴンですか?!
素材が倉庫にあるってことは……まさか倒したんですか?!」
「ドラゴンはドラゴンなんだが、クラウスが想像しているドラゴンとは全くの別物だぞ。
アースドラゴンって名前でな、空は飛ばなかったし、ぱっと見はただの亀で全然ドラゴンっぽくは無かったな。
ちょっと前にアルナーと一緒にモンスター狩りに行ってな、草原の北で見つけて甲羅を叩き割って倒したんだ」
「た、倒したって……そんな簡単に……。
アースドラゴンって騎士団が総出で攻城兵器とか持ち出してようやく倒せるような相手ですよ……。
それに貴重なドラゴン素材の装備を俺なんかにくれるだなんて……」
「素材は有り余ってるから遠慮する必要は無いぞ。
色々な獣を狩ることになるだろうから、剣に槍に弓に、防具もしっかり揃えてやるさ。
領の安全を守って貰うんだ、その為ならドラゴンの素材くらいいくらでも出してやるさ」
「そこまで俺のことを……わ、分かりました!
ドラゴン装備に相応しい男になれるように、そしてディアスさんの期待に応えられるように俺、死ぬ気で頑張ります!
そしてディアスさん……いえ、ディアス様にアルナー様、フランシスさん達に……これから増える領民も勿論、領内の全てをどんな敵が相手だろうと必ず守ってみせます!!」
そう叫んだクラウスは叫んだ勢いのままに立ち上がって拳を天に向かって振り上げる。
やる気になってくれたのは嬉しいが、様付けはちょっと……え?立場を明確にするために必要?
そ、そんなものか。
まぁ……うん、やる気になってくれたなら良かったよ。
領兵隊長として、そして領民として、これからよろしく頼むぞ、クラウス。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます