第15話 第二の来訪者 出戻り男


 陽の光を顔に感じて少しずつ眠気を振り払い、右に寝返りを打てばモフリという感触、左に寝返りを打てばまたそちらでもモフリという感触が伝わってくる。


 目をうっすら開ければ白い毛玉が視界を埋め尽くしていて……その白い毛玉の正体は、言うまでもなくフランシスにフランソワだ。


 フランシス達の寝床はユルトの中にちゃんと用意したのだが、それを見たフランシス達はその寝床で寝るのは嫌だと拒否の鳴き声を上げて……私の側で私に張り付きながら寝ることを希望するとの鳴き声を上げ始めた。


 用意された寝床よりも私の側の方が何倍も安心感が強く、安眠出来るのだとか。


 拒否する理由も特に思い当たらなかったので私はそれを承諾して……その結果が今の私の寝姿だ。

 

 左にフランシス、右にフランソワ、手触りの良い柔らかい毛に包まれてなんとも温かい。

 今は春になったばかりで気温は肌寒いくらいなので問題無いのだけども、これからの季節、夏のことを考えるとちょっとだけ不安になる温かさでもある。


 メァーメァー。


 私の目覚めに気付いたらしいフランシスの朝の挨拶だ。


「おはよう、フランシス」


 メァーメァー。


「フランソワもおはよう」


 フランシスとフランソワは早起きで……アルナーが目を覚ます夜明け頃には目覚めているらしい。

 それでもこうして私が目を覚ますまで、身動ぎもせずに居てくれるのは私の眠りを邪魔しないようにと気遣ってのことだとか。

 起床の挨拶も終わったのでとフランシス達はフルフルと身を震わせながら立ち上がる。

 私も起き上がって、軽く体を動かしていきながら意識を覚醒させて、朝食の準備をするアルナーと朝の挨拶を交わして、フランシス達と共にユルトを出る。


 朝の爽やかな空気の中フランシス達を散歩させて、用を足させて。

 それが終わったらブラシで軽く毛を梳いてやって……毛並みを整えてやってフランシス達の朝の世話は終了。


 飼育小屋とは違ってユルトの中で抜け毛やらをばらまかれても困るからな、この世話は欠かせない。


「この一週間でちょっとは私のブラッシングも上手くなっただろ?」


 フランシス達にそう声をかけると、メァーメァーとの返事。

 むう、その鳴き声と表情は最高って感じでは無いな、まだまだ上達の余地ありか。

 

 ユルトに戻りフランシス達の足を拭いて土を落としてやって、自分のブーツの土も落としてユルトの中へ。

 

 腹の減るいい匂いがユルトを支配していて、テーブルには綺麗に並べられた朝食があり、笑顔のアルナーが私の着席を待っていて……待たせて悪いと声をかけ、アルナーの向かいのクッションに腰を下ろす。


 そうして朝食をスプーンで口に運んで……うん、今日も美味い。

 

 お互いの体を鼻で突き合い、じゃれ合うフランシス達のことを眺めたりしつつに食事を進めて、もう少しで完食という所で、アルナーの角が輝き始める。

 その輝きは三人娘が来たあの時のような緑の光だ。

 

「んん?まさか……またか?」


「ディアス、まただ。

 一人しか居ないから前回よりはっきり分かる、人間だ、方向は東」


「一人?

 たった一人で何もない草原に何をしに来たんだ?

 旅人でも迷い込んだか?」


 と疑問を口に出してから食事の残りを一気に口の中にかきこむ。

 モグリモグリと咀嚼し飲み下しながら立ち上がり寝床近くの戦斧を掴み上げ、何はともあれその人間と会ってみるかとユルトの出口へと向かい歩き始めると、アルナーとフランシス、フランソワも一緒になって歩き始める。


「ん?まさか一緒に来るのか?」


「相手が一人なら一緒に行っても問題無いだろう、隠蔽魔法で隠れて大人しくしているから大丈夫だ。

 ……ディアスの側から離れて泣くフランソワを見たくはないからな、駄目だと言っても着いていくぞ」


 ああ、そういえば前回の時、泣いてしまったんだったな。

 フランソワを悲しませるのは私もごめんだし……仕方ないか。

 ならば一緒に出かけようかとフランシスとフランソワ……そしてアルナーの頭を撫でる。



 そうして私は隠蔽魔法で姿を消したアルナー達とユルトを出て真っ直ぐに目的の人物の下へと向かって歩き始める。

 相手は一人、目立ちまくっていた前回と違って見落としてしまいかねないからと目を凝らし注意深く視線を巡らせながら歩いて……歩いて……お、居た居た、発見。

 布のマントで身を包んで大きな荷物を背負って……黒髪の……って、あの顔は……!


「おーい、そこにいるのはクラウスじゃないかー!」


 私が大声を上げると俯きがちに歩いていたクラウスはこちらに気付くなり、満面の笑顔となって駆け寄ってくる。


「いやー……ディアスさんのお宅に伺おうとしたんですがすっかり迷っちゃって、そちらから見つけて貰って助かりましたよ!

 草原って本当に草ばかりで目印も無いしで何処かを尋ねるには不便ですね」


「まぁ草原ってくらいだからなぁ……それよりクラウス、あの三人娘と王都に帰ったんじゃなかったのか?

 それにお前……着ていた鎧はどうしたんだ?」


 駆ける途中で開けたマントの下にあったのは汚れた麻布の服とズボンだけで以前着ていた立派な鎧の姿は無く、腰に下げられた剣も王国兵のそれでは無く質素な作りの鞘に収められた短めの剣になってしまっている。


「それがですね、兵士の仕事クビになっちゃいまして、それで剣も鎧も取り上げられちゃいました」


「なっ?!

 なんでだ?!

 ……も、もしかして私のせいか?!あの三人娘を追い返したからか?!」


 私が狼狽えながらそう言うとクラウスは首を横に振る。


「ディアスさんのせいでは無いですよ、自分で選んだことですから」


「そ、そうなのか?」


「ほら、あの……あの人達が言ってたじゃないですか、また戦争が始まるって。

 このまま王都に帰ったら俺は間違いなく最前線行きになっちゃいますから……それが嫌でわざとあの人達に嫌われるようなことをして無事クビにって感じです。

 やりたいこともあったんでちょうど良かったですよ」


「そ、そういうことか。

 戦争が嫌なのは私も同じだから気持ちは分かるが……。

 しかしクラウス、やりたいことがあるっていうならなんでこんな所に来たんだ?」


「それは勿論やりたいことっていうのがここの仕事だからですよ。

 ……ディアスさん、俺……貴方の所で働きたいです!

 領兵として俺のこと雇ってくれませんか!」


 そう言ったクラウスの顔は至極真面目な顔で……真剣な瞳でじっとこちらを見つめてくる。

 戦場で共に戦い、孤児出身の上に正規兵では無かった私を差別することもなく嫌うこともなく、それどころか慕ってくれさえしたクラウス。

 私がクラウスの命を助けることもあったが、クラウスに命を助けられた経験もある、腕も立つし頼りになる存在だ。

 そんなクラウスが味方になってくれるというのなら、それは願ってもないことだ。

 私は破顔しながら雇うと即答しそうになって……一歩踏みとどまり周囲に視線を巡らせる。


 すると私のその様子で私が何を言いたいのかが伝わったのだろう、アルナーが隠蔽魔法を解いて姿を現しながら口を開く。


「その男は今の会話でもずっと青だったし、私は構わないぞ。

 ……ディアス、私にも意見を求めてくれてありがとう」


 私が何も言わないうちにアルナーはそう言って笑顔を見せてくれる。

 私を家族だと言ってくれるアルナーの意見は当然聞くともさ、家族なんだしな。

 そんなことを考えて……恥ずかしいので口には出さずに私はアルナーに笑顔を見せてからクラウスに向き直る。


 突然に現れたアルナーと、アルナーの容姿に驚き愕然としているクラウスに私はよろしくと握手を求める手を差し出す。

 クラウスはアルナーの存在に尚も混乱しながらも、私が差し出す手を見るなり笑顔を輝かせてその手をぐっと力強く握ってくれる。


 こうして私はクラウスという頼れる味方を得ることに成功するのだった。


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