第14話 第一の来訪者、三人娘


 ユルトを出て草原を東に進みながら、さて何者が来たのかなと目を凝らす。

 数は10人……草原では目立つはず……お、居た居た。

 距離は中……いや、遠かな、馬が3騎に歩兵7か、盗賊にしては豪勢だな。


 あの人数で弓を持ってると厄介だが……鎧を着てくるべきだったかな。

 ……ん?騎兵の3人は女か?


 なんだあの女達の鎧……派手というか、豪華というか、金と銀の装飾に……なんだアレは?鎧にドレスが付いてるのか?


 あんな造りでは身を守る強度など無いだろうに……どうやら余程の馬鹿がやってきたようだなぁ。


 問題はあの馬鹿は敵なのか味方なのかだが、盗賊には見えないし……んん?よくよく見れば歩兵の鎧は王国の物かな?

 ならあれは味方か……っと、歩兵の一人がこっちに気付いたな。


「ディアスさん!お久しぶりです!」


 手を振りながら駆け寄って来ながらそんなことを大声で叫ぶあの黒髪の若者は……戦場で一緒だったクラウスか?


「クラウス、お前太ったなぁ、無精髭も無くなって別人みたいだぞ」


「そりゃぁ太りますよ、戦場ではロクなものを口に出来ませんでしたから。

 領主様になってご馳走三昧のディアスさんの方が……って、あれ?あんまり太ってませんね」


「毎日美味いもんは食ってるがご馳走って程の物は口にしていないぞ。

 それよりクラウス、大勢でこんな所までわざわざ何しに来たんだ?」


「ああ、俺はただの案内役です、それと護衛かな。

 あちらの……馬上の方々がディアスさんに用事があるとかで、ディアスさんと仲の良かった俺に声がかかったって訳ですよ」


 そう言ってクラウスが視線で指し示すのはドレス鎧の三人衆。

 うーむ、改めて見ても知らない顔だな、一体私に何の用だというのだろう。


「そういう訳でディアスさん、お屋敷まで案内してくれませんか?

 あちらの方々も長旅で疲れていらっしゃるので……」


「屋敷と言われてもなぁ……ユルト……じゃ分からないか。

 今私が住んでいるところなら案内出来るが、それで良いか?」


「ええ、お願いします。

 領主様になったディアスさんのお家ってどんな感じなのか楽しみです」


 楽しんで貰えるような家はここには無いんだがなぁ……まぁ口で説明するより実際に見て貰った方が早いか。


 そうして練習用ユルトが見える所までクラウス達を案内すると、そこには隠蔽魔法の効果か練習用ユルト以外の姿は無く広い草原が広がっているばかりで本邸のユルトも井戸も厠も倉庫も飼育小屋も完全に姿を消していた。

 うーむ、隠蔽魔法恐るべしだな。


 クラウスは信用出来るが、他は何者かも分からないままだし、隠蔽魔法はこのままの方が良いだろうな、アルナー達には用事とやらが終わるまでの間もう少しだけ待って貰うとしよう。

 

 練習用ユルトのことを見つめながら何故だか呆然としているドレス鎧達とクラウス達をユルトの中へ入るようにと促して……兵士のうち2人が馬番として外に残り、それ以外の全員がユルトに入る私に続いて恐る恐るといった様子でユルトの中に入ってくる。

 私はそんなクラウス達を見ながらユルトの一番奥に腰を下ろして、クラウス達にも適当にそこら辺に座るようにと声をかける。


 何故だか渋い顔をするドレス達とクラウスを含めた兵士達はしばらく戸惑い、不承不承といった感じで腰を下ろし……そして集団の先頭に座った一番豪華なドレス鎧を身に纏った女が口を開く。


「英雄ディアス殿、お目にかかれて光栄です。

 私はディアーネと申します……それで、その……この布の家は一体……?

 使用人達の姿も見えませんが……お屋敷はどこか別の場所で建設中ですか?」


 銀の長い髪を揺らしながら、銀の瞳で真っ直ぐに私を見つめるドレス鎧の女はそんなことを言い始める。

 使用人?お屋敷?一体何の話だ?


「あー、ディアーネさん、で良いのかな。

 使用人なんてここにはいないし、屋敷なんて立派な建物もここには無いぞ。

 ここにあるのはこれだけだ。

 確かに見栄えは悪いかもしれないがこれでも私なりに頑張って組み立てたんだよ」


 私がそういうとディアーネと二人のドレス鎧、それに兵士達がざわつき始める。

 困惑……というより、混乱しているようだ。

 ディアーネとドレス鎧2人は小声で何やら相談し始めて……相談が終わると再びディアーネが口を開く。


「あの……ディアス殿、今なんと仰られたのですか?

 ご自分で組み立てられたと……?

 大工職人はどうしたのですか?」


「職人?こんな何も無い草原に職人なんて居る訳無いじゃないか」


「最寄りの街で職人を何人か雇えばよろしいのでは……?

 父……いえ、陛下が用意した支度金と……それにディアス殿には多額の報奨金も出たという話でしたが……」


「……?

 いやいや、多額も何も銅貨の1枚だって貰って無いが……」


「っ……今……今なんと仰られたのですか?」


「金なんて貰ってないと言ったんだ。

 領主になれと突然言われて、なんの説明も無いまま馬車に放り込まれて、そのままこの草原に連れてこられて、何かを貰ったりだとかそういうのは一切無かったよ。

 金どころか水も食料も無しで最初はここで野垂れ死ぬかと思ったもんだよ」

 

 私がそう言うとディアーネさんは身を震わせながら俯いて黙ってしまう。

 ユルトに来てから私のことをずっと睨んでいたドレス鎧の金髪の三つ編み娘と、茶色の短髪娘は何故だか激しく動揺し始めて……兵士達、特にクラウスは何故だかその表情を歪めながら体を強張らせて怒りの感情を表現し始めている。

 

 そのまま誰も何も言葉を発さないままにしばらくの時間が過ぎて……うーむ、結局ディアーネさん達は何しにここに来たんだ?

 クラウスが怒る理由もよく分からないし、どうしたもんかなぁ。

 アルナー達をいつまでも待たせたままなのも悪いし、早く用事とやらを済ませて帰って欲しいんだが……。


「あー、それでだ、ディアーネさん達は何の用事で私に会いに来たんだ?」


「それは……戦争です。

 詳しくは私も聞かされていないのですが、王都周辺で戦火の気配ありと……。

 ……それでディアス殿には派兵とご助力をということになりまして……私がお願いに上がりました。

 報酬は私……それか後ろに控えるプリネシアかミラルダとの婚姻を―――」


 戦争だって?冗談じゃない、今は何があってもフランソワの側を離れる訳にはいかないんだぞ。

 それに報酬が初対面の相手との結婚だなんて、これも冗談じゃないぞ、罰の間違いじゃないのか。

 第一になんで私がこんな変な鎧を着た人を助けなきゃならないんだ……。

 何よりアルナーとの婚約のこともあるし、うん、この話は断ろう、絶対に断ろう、何がなんでも断ろう。

 それなら後は何と言って断るか……だが、アルナーのことは秘密にしないといけないよな。


「悪いがディアーネさん、私はもう戦争に参加する気は無い。

 兵士の一人どころか領民の一人もいないここからの派兵も不可能だ。

 それに報酬が婚姻と言うけどな、前の戦争は20年続いたんだぞ。

 今回も20年だなんてことになったら俺は55歳だ、そうなったら結婚どころかその前に寿命で死んでしまうよ。

 30過ぎてからは衰えるばかりだし活躍できないかもしれない……何より戦争ばかりで人生を終えるというのもな」


 私の言葉にディアーネも他のドレス達も皆俯いていて……よし、このまま畳み掛けよう。


「それにわざわざ私みたいな老い始めた人間に頼る必要は無いだろう?

 王城には随分と立派な鎧を身に着けた若者がたくさん居たじゃないか。

 戦場では見ない顔ばかりだったが、パッと見た感じ彼等も相当に鍛えているように見えた、私なんかより彼等に戦って貰った方が良いと思うぞ。

 ディアーネさん達だってどうせ結婚するなら若い男のほうが良いだろう?」


 無言、沈黙、静寂。

 うーむ、返事がない……クラウス達も怖い顔のまま、怒ったままだし、どうしたものかな。

 

 フランソワのことも気になるし、アルナーは今も隠蔽魔法を使い続けている訳で、その魔力がいつまで保つかも気になる所だ。

 なんとか早めに話を切り上げてディアーネさん達に帰って貰わないとな。


 お、ディアーネさんが顔を上げてくれたぞ、よしよし、後は帰りますと一言……。


「どうか考え直しては頂けないでしょうか、報酬に関しては他にも……領地の拡大なども―――」


 諦め悪いなこの人!

 今の領地でも手に余るというか、領民が1人もいないままで土地だけ増えてしまっても困るだけだ!


「領地なんて貰っても嬉しくはないし、たとえどんな物でも……金貨の山を目の前に積まれたって私はもう戦争には行かないよ。

 ……用事がそれだけならもう帰ってくれないかな?」


 私のこの言葉に対する三人娘の反応を一言で現すなら唖然、だったと思う。

 口をポカンと開けて何も言葉も出てこないという表情だ。

 

 クラウスはと言えば何故か笑顔になっていて、他の兵士達も何故だかしきりに頷いていて……ああーなるほど、皆早く家に帰りたいんだな?

 そこで私が帰れと言ったもんだからそんな笑顔になって……なるほどな。


 三人娘は身動ぎ一つせず、言葉も発さないままだし……ならばここは家主として私がビシッと一言、言ってやろうじゃないか。

 一つ息を吐いてから傍らに置いておいた戦斧に手を伸ばし、戦斧の石突を床に叩きつけ―――


「用事が無いならさっさと帰れ、長々と居座られても迷惑だ」


 と一喝する。

 三人娘に付き合わされるクラウス達が可哀想だし、ここは心を鬼にしないとな。


 クラウス達は笑顔のまま無言のままに立ち上がって、一礼してからユルトの外へと出ていく。

 三人娘は私の一喝に顔を青くしたり赤くしたり忙しそうだったが、クラウス達が出ていってしまったことに気付いて慌てながら立ち上がってユルトから出ていく。


 私はそんなディアーネ達を追いかけるようにしてユルトを出て、彼女達が引き返して来たりしないようにと戦斧を構えたまま仁王立ちで彼女達の背中を睨み続ける。


 ディアーネは馬の上に跨りながら何度か何か言いたげにこっちへと振り返ったりしたが……そのままディアーネは何も言わないままに馬を歩ませ始め……そうして一行は草原の向こうへと消えていった。


 はぁー、クラウス達も大変だなぁ、あんな三人娘のお守りを押し付けられて―――


「あの女達、全員が赤だったぞ、兵士の一人は強い青で、残りは白だった」


 ?!

 私は突然に聞こえて来たアルナーのその声に驚き飛び上がる。

 飛び上がりながら隣を見ればそこにはアルナーとフランシス、フランソワの姿があって……いつの間に?!


「すまない、驚かせてしまったか?

 ……少し前にフランソワがディアスが側に居ない不安だ不安だと涙を流し始めてしまってな、隠蔽魔法で隠れたままディアスの側まで行ってそのまま様子を見ていたんだ。

 あいつらも居なくなったんで隠蔽魔法を今さっき解いたという訳だ」


「あ、ああ、なるほど……ごめんな、フランソワ、待たせてしまって」


 そう言ってフランソワの頭を撫でてやると、フランソワは潤んだ目のままメァーメァーと喜びの声を上げる。

 しばらくそうしているとフランシスとアルナーまでもが羨ましそうな顔をするので、フランシスを撫でて……アルナーの頭もそっと撫でる。

 ……頭を撫でるだけで顔が真っ赤になってしまうようでは結婚出来るのはまだまだ先だろうな。


「それで……女達が赤っていうのは魂鑑定の魔法のことか?

 敵意を持ってると赤だったよな、つまりあの三人はアルナーにとって危険な相手ってことか?」


「違う、私だけじゃない。

 私が使う魂鑑定は、私とディアスにとって危険か、敵意を持ってるかを教えてくれる。

 私達は……家族だからな」


「なるほど……。

 敵意があったってことは戦争だとかも嘘だったかもしれないな。

 いやはや、追い返して正解だった。

 強い青は多分クラウスだろうな……そんな女達と一緒とは……無事に家まで帰れると良いんだが」


 仲の良かったクラウスの魂が強い青だったことを嬉しく思いながら……そしてクラウスの無事を祈りながら私はアルナー達と一緒に歩き出す。

 ついでなのだし、このままフランシス達の食事も済ませるとしよう。

 今日生えたばかりの柔らかい草が良いんだったよな……待たせてしまったお詫びに今日は長めの食事と行こうか。


 フランソワ、お腹の子のためにもいっぱい食べるんだぞ。


 

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