第11話 亀との死闘


 戦斧を振り上げながら駆ける私に亀はすぐに気付いたようだった。


 ギョロリとした目で私を睨んで……睨んだままに動かない。


 回避しようともせず、迎撃しようともせず……亀は私が甲羅に狙いを定めていることに気付いているのか、どうせお前の攻撃など自分の甲羅には通用しないと余裕の態度をそうして見せつけてくる。

 

 ならばその余裕ごと甲羅を粉砕してやろうと私は甲羅に狙いを定めたままに亀との距離を詰めていく。

 相手は亀だ、首や足を狙ったところでどうせ甲羅の中に引っ込めてしまうのだろう。

 だったら最初から甲羅を殴ってしまったほうが話は早いはずだ。


 私と亀の距離は縮まり戦斧が届く距離となって、私は甲羅目掛けて戦斧を全力で叩きつけた。

 

 凄まじい衝撃が戦斧を持つ手に伝わってくる。

 今までに経験したことの無いその衝撃から、甲羅の硬さが尋常では無いということがすぐに分かった。

 分厚い石積みの城壁や鉄製の城門を戦斧で殴りつけた時もここまでの衝撃を感じることは無かったというのに……一体この甲羅は何で出来ているんだ。


 甲羅には傷一つつかないまま、戦斧の刃にはヒビが入ってしまっていて……こいつは参ったと私は戦斧の刃を返し、反対側の刃でもって亀の首を刎ねてやろうと戦斧を横薙ぎに振るう。


 亀はその攻撃は予想していたとばかりに目を細めて嘲笑うかのように口元を歪めながら素早く首と手足を甲羅の中に引っ込めることで戦斧の横薙ぎを回避してみせる。


 ならばと私がその首を引っ込めた穴に戦斧を叩き込もうとそちらに狙いを定めると驚いたことに甲羅の一部がグググと稼働してその穴を覆ってしまう。


 まさか亀の甲羅にそんな仕掛けがあるとは……予想もしなかった事態に私は驚きで思わずに動きを止めてしまう。

 

 どう攻撃したら良いものかと戦斧を構えたまま固まる私に、甲羅の中に籠城を決め込む亀。

 そのまま私も亀も動かないままに、時間が過ぎていく。


「でぃ、ディアス!今のうちに逃げろ!

 アースドラゴンを相手にするなんて無謀過ぎる!」


 戦況が膠着したのを見てか、離れた場所でこちらを見守っていたアルナーが声を上げる。

 逃げる、か、逃げても良いのだけど、このまま尻尾を巻いて逃げるというのも何か悔しいな。

 諦めるにしても、せめてその前に自分の全力を引き出してやれるだけのことをやっておきたい。


 そう考えた私は亀の甲羅によじ登り、甲羅の上に足場になりそうな場所を見つけそこに仁王立ちになって、戦斧を高く振り上げる。

 他に攻撃する場所が無いのだから仕方ない、馬鹿でも無駄でも甲羅を殴るしか私には選択肢は無い。

 一撃で駄目なら二撃三撃と繰り返すのが私の戦い方、何十回でも攻撃し続けて意地でも甲羅を砕いてやる!と戦斧を全力でその甲羅に振り下ろし始める。


 戦斧を振り下ろす度に鈍い衝撃音とついでに戦斧に入るヒビの音が周囲に響き渡る。

 

 二度三度とそれを繰り返しても相変わらずに手応えは無く、甲羅は無傷のままだ。

 戦斧にヒビが広がって、そろそろ不味いかと言う所まで来たら一旦攻撃を止めて、戦斧に直れと力を込める。


 放っておいても自然と損傷を修復してしまう不思議なこの戦斧、実は意識的にそれを行うことも出来たりする。

 こう、直れ!と念を込めながら力を込めるのがコツで、上手くやるとかなりの速度で修復が行われる。


 戦斧がうっすらと光りながら修復され始めると、アルナーの驚愕の声が聞こえてくる。


 うん、まぁ、誰でもこれを見たら驚くよね。


 戦いの中で皆を驚かせてしまってはいけないだろうと戦場では他人に見せないようにしていたが……今はそんなことを言ってる場合でも無いだろうし……アルナーには後で驚かせてごめんと謝ることにしよう。


 戦斧が修復されたのを確認してからまた戦斧を甲羅に叩きつけて、繰り返し叩きつけて、そしてまた戦斧を修復させる。

 亀はそれでも籠城を続けて……ならばと私は戦斧を叩き続けて、アルナーは最早言葉もなく呆然としながら私と亀の戦いを見つめ続けている。


 私はいつか甲羅を砕けるだろうと、亀はいつか私の体力が尽きるだろうと考えてお互いに戦法を変えることは無く、そのままに時間は過ぎていき……お互いが想像する決着は中々に訪れずにいつしか日が傾いて空が赤く染まり始める。


 うーむ、参った、全然割れないぞこの甲羅……流石に夜になったら諦めて帰らないといけないよな。

 たかが亀のモンスターを倒せないとは少し悔しいが、仕方ないか……。

 遠くで呆然としたまま暇そうにしているアルナーにも悪いし……次が最後の一撃かな。


 そんなことを考えながら私は最後と決めた一撃を甲羅の頂点に向かって振り下ろす。

 ……するとバキリ、と音がした。


 攻撃を弾く鈍い音でも、戦斧が砕ける音でもなく、今日初めて耳にするその音は……どうやら甲羅が割れる音のようだ……戦斧は甲羅を割って亀の身に深く突き刺さっている。

 まさか最後と決めた一撃が甲羅を割ってくれるとは思っていなかった私はそれを見てしばらく呆然と硬直して……そして慌てて甲羅に、亀にトドメを刺そうと斧を高く振り上げる。


 甲羅が割れる、という想定外の事態に流石に亀も籠城していられなくなったらしい。

 甲羅を慌てて稼働させてからその頭と足を外に出し始める。

 そして恐怖なのか驚愕なのか、震えて揺れる目で私を睨みながら亀は首を捻り大きく開かれた口を私へと向けて……この戦い初の亀の攻撃が放たれる。


 驚くことに亀は口から火球を吐き出しやがった。

 いや、そんな攻撃が出来るならなんで最初から攻撃してこないんだ!

 籠城する意味がわからないぞ、亀!


 凄まじい熱量と速度で私に向かってくるその火球を回避するために私は甲羅の上から飛び降りて、剥き出しとなった亀の足に狙いを定めて戦斧を振るう。

 

 亀は足を引っ込めて攻撃を回避しようとするがそれよりも早く戦斧は足に直撃し、そこから血が噴き上がり……亀は太く響く悲鳴を上げ始める。


 ヌボゥゥォォォォォ。


 亀はこんな声で鳴くのだなと驚きつつ私は地面へと落下する。


 攻撃に集中したため受け身も取れずに地面に体をしたたかに打ち付けることとなってしまって、体のあちこちが痛みを訴えてくる。

 だが今は痛みを気にするよりも攻撃するべきだと私はすぐに立ち上がって近くの亀の足に狙いを定めて戦斧を振り上げて、攻撃を繰り返す。


 亀は亀らしく素早く走ったりは出来ないようで、攻撃を回避するにも防ぐにも甲羅に篭もるしか無いのだろう、私が攻撃を繰り出す度に慌てて甲羅の中に足を、首を引っ込める。


 首を引っ込めてくれるのなら火球を吐かれる心配も無いのでと、私が甲羅に登ろうとすると、亀は慌てて首や足を出しての攻撃をしかけようとしてきて……それがまた私の攻撃の良い機会となる。

  

 亀は恐らく今までに甲羅が弱点として狙われる戦いを経験したことが無いのだろう。

 どう戦って良いのか分からずに混乱しているようで焦りと恐怖とが相まって動きはどんどん硬くなっていって、攻撃も狙いが定まらなくなっていく。

 せっかくの火球攻撃もそうなってしまっては脅威とは言えず、回避に力を入れなくて良い私の攻撃は勢いを増していって亀の足と首に傷が増えていく。


 増える傷に流れ続ける血、それらから亀は死の足音を聞いてしまったらしい。

 死の恐怖に負けた亀は甲羅の中に篭ってしまって最早全く意味を為さないはずの籠城策を取り始めてしまう。


 私はそんな亀を少しだけ哀れに思い、ならばトドメを急いでやらないといけないなと甲羅を駆け上がって精一杯の力を込めながら割れた甲羅を目掛けて戦斧を振り下ろす。

  

 断末魔は無かった。

 一度だけビクンと甲羅を震わせた亀はそのまま動かなくなって、それが戦いの終わりを告げる合図となった。


 いやぁ強敵だった。

 というか最初から火球を連発されていたら相当に苦戦していただろうなぁ。

 何故亀はそうしなかったのだろうかな、戦いの前の態度を見るに堅い甲羅に慢心していたのだろうか?

 モンスターでも慢心したりするんだなぁ。



 そんなことを考えながら亀の上に立っていると、顔を赤くして涙まで流すアルナーが近くに駆け寄ってきて、何やら声を上げ始める。

 興奮しているせいか、泣いているせいか、言葉がぐちゃぐちゃで何を言っているのか聞き取れない……。


 あの……アルナー?

 亀の死体運ばないといけないし、一度村に戻って男衆をですね、ん?それよりやることがある?

 うーむ、興奮しすぎて何を言ってるのか聞き取れない。

 今ここで結婚をとか言ってる気がするけど気の所為だと思いたい。

 落ち着いて、今は早く帰らないと、そろそろ夜になってしまうし……結婚とかは後で……。

 いや、後でなら結婚してやるとかそういう話では……後で話し合おうと言いたいだけで。


 結納なら亀の一部でも十分?

 いやいや、そういうことじゃなくて、お、落ち着いて、落ち着いてくれアルナー……!


 結局そのままアルナーの興奮は中々に冷めやらずに、帰りが遅いと心配した男衆が様子を見にくるまで続いてしまうのだった……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る