第10話 アルナーとモンスター狩りへ
「ディアス、ほら、早く行こう!」
アルナーが笑顔で元気に声を上げている。
フランシス達の世話をアルナーから押し付けられた男衆達はアルナーのそんな姿に驚きながら、魅了されながら……私に嫉妬の視線を投げかけてくる。
嫉妬の視線は刺々しく辛辣で『あんなアルナー見たことがない』『何故アルナーがお前なんかに』『余所者が』『俺のアルナーに何をしやがった』なんて男衆達の心中が無言のうちに伝わってきてしまう程だ。
実際化粧を変えたアルナーは見違えるくらいに見目よく、魅力的になっているので嫉妬する気持ちも分からないでも無いのだが……そうして嫉妬しているだけじゃアルナーは靡かないと思うぞ、うん。
肝心のアルナーはと言えば男衆の嫉妬の視線に気付きもしないでただただ私に笑顔を向けるばかりで……うん、夜中に背中を刺されたりしないように気をつけることにしよう。
そうして私は男達の嫉妬の視線を浴びつつに身支度と戦いのための支度を終えて、アルナーと共にユルトを後にして北に向かって歩き始める。
今日これから向かうのは草原の北部のモンスター出現地帯なのだそうだ。
近くにダンジョンでもあるのか、そこには毎日のようにモンスターが姿を見せるらしい。
そこに出現するモンスターを何匹か狩って素材を持ち帰れば厠と井戸の対価には十分だろうとアルナーが説明してくれる。
「北部についたら私がモンスター達を魔法で探してやるからな!
私は家事だけじゃなく魔法も得意なんだ!」
説明が終わるとアルナーはそんなことを私に言ってくる。
私がしばし返答に困ってから、凄いな、との一言を返すとアルナーは満面の笑顔となって足取りを軽くし始める。
うーむ、今のは自分は良い嫁になると、そういうことをアピールしたかったのだろうか。
それともただ自慢したかっただけか……。
化粧のこともあるし……前者の可能性が高そうだなぁ。
今は本当に嫁とか考える余裕は無いのだがなぁ、どうしたものだろうか。
そんなことを考えているうちに、どうやら目的としている北部に着いたらしくアルナーは足を止めてモンスターは何処だろうかと周囲を見渡し始める。
とても大きな岩山が近くにあり、その岩山から冷たい風が吹いてくる影響で草があまり育たないのだそうで北部は草原というよりは荒野に近い印象だった。
まばらに生えた背の低い草に剥き出しの大地。
そこには岩がごろごろと転がっていて……なるほど、いかにもモンスターが生息していそうな風情ではあるな。
アルナーと私はそんな荒野を歩いて回ってモンスターの姿を探したのだが、モンスターの姿は見当たらずに……そうしてアルナーは自分の魔法の出番だなと目を輝かせ始める。
そんなアルナーに向かって私が頼むと一言口に出すと、アルナーは喜色満面になりながら頷いて見せて、私から少し離れた所に立ってから瞑目し何か呪文を唱え始める。
呪文に呼応して最初に光ったのはアルナーの角だった。
普段は青く輝いている角が白い光を放ち始めて、その光は辺りの空気に溶けるようにして広がっていく。
角の次に光ったのはアルナーの編み込まれた髪の先にある宝石達だ、角と同じ光を放ちながら宝石達はゆっくりと宙に浮かんでいって、そんな宝石に引っ張られる形でアルナーの髪は周囲にふわりと漂い始める。
角と宝石から発せられ続ける白い光達はしばらくそのままに光り続けて……そして突然にその光が波のようにうねったかと思ったら光の一部が赤く染まり始めて……その赤く染まった部分へと光が集約されていく。
赤く染まり、一つの塊となった光は槍のような鋭く尖った形を作り上げ、ある方向を指し示し始めて……その赤い光の槍に触れながらアルナーは呪文を唱えるのを止めて目を開く。
「……うん、見つけた。
かなり大きいモンスターだな。
他のモンスターが見当たらないのはこいつが何かしたせいかもしれない」
ここから北のあの岩山の麓の辺りにそれは居るらしい。
相手の大きさを考えると危険な相手かもしれないとアルナー。
「危険な相手の可能性があるなら私だけで様子を見て来よう。
アルナーはどこかに隠れて―――」
「いや、私も一緒に行こう。
その方が安全だ……忘れたのか?私は隠蔽魔法が使えるんだ。
いざという時は隠蔽魔法で二人で一緒に逃げるぞ」
ああ、そういえばそうだったな、隠蔽魔法があるんだったな。
アルナーに危険が無いのならばと私は頷くと……アルナーは頬を少しだけ赤く染めながら頷いて、そうして私とアルナーは山の麓を目指して歩いていく。
戦斧を構え、いつモンスターが現れても良いようにと慎重に周囲を見渡しながら歩いていく。
ゆっくりと歩を進め、麓へと近付いて……すると遠目にもハッキリと分かる大きさのモンスターがそこに立っていた。
それは四本の足で大地を踏みしめて、長い首を揺らし、かなりの大きさのごつごつとした甲羅を背負っている。
「……なんだあれは、亀のモンスターか?」
始めて見るそのモンスターの姿に私が首を傾げていると、アルナーは顔色を悪くしながら震える声を漏らす。
「あ、あれはアースドラゴンだ、な、なんでドラゴンがこんな所に……」
ドラゴン?ドラゴンといえば赤くて羽があって空を飛んで炎を吐くあれだろう?
あれはどう見ても亀だし、なんだか全体的に茶色だし、とてもドラゴンには見えないのだが……。
だがアルナーの表情を見るに嘘を言っているようにも思えない。
もしかしたら鬼人族は私達と違ってあれをドラゴンと呼ぶのかもしれないな。
「よし、とりあえず一発殴ってみよう。
それで勝ち目が無さそうなら逃げるとしよう、アルナーは隠蔽魔法で隠れていてくれ」
「ば、馬鹿なことを言うな!相手はドラゴンだぞ!勝てる訳が―――」
アルナーは戦斧を構えながら歩き出す私にそんな声を……恐怖に震えた声を上げる。
なぁに、所詮相手は亀だ、そう怖がることもないさ。
亀ならば足も遅いことだろうし、いざとなれば逃げるのも容易だろうとも。
私は振り返って不安一色に表情を染めているアルナーに安心しろと一声かけてから、亀に向かって走りだす。
まずは一発、硬そうなその甲羅にこの斧が通じるかどうか、試してみるとするか……!
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