第2話
カリカリベーコンに目玉焼き。ミニトマトとブロッコリー。チーズを乗せて焼いたトースト、ホットミルク。
いつものお決まりの朝御飯を用意していたら、少し気持ちが落ち着いてきた。朝御飯は大輔の担当だった。毎朝このメニュー限定ではあるが。
愛は朝が弱く、出勤ギリギリの八時二十分にならないと起きてこなかった。朝が弱いというより、夜遅くまで起きているからと言った方がいいか。深夜一時過ぎまで、毎晩缶ビールを三、四本飲みながら友達に電話していた。仕事のストレスが発散できるならと、特に咎めたことはなかったが、毎晩そうやって若い男とのあれこれを色んな友達に話していたのだろうか。
「暖斗はいつから知ってたんだ」
黙って定番のベーコンエッグを口に運んでいた暖斗に、話しかける。暖斗は食べる手を止めずに、目線だけを大輔へと動かして答えた。
「一ヶ月くらい前かな。有汰に、うちの親が話してるの聞いたんだけどさ、って言われた」
「一ヶ月……」
そんなにも前に。大輔は苦いものを口に入れたように、顔をしかめて呟いた。
「ママにはその話したのか? なんでパパに言わなかったんだ」
「パパ、絶対ショック受けるじゃん。言えるかよ」
勿論ショックは受ける。妻の浮気を知ってショックを受けないわけがない。しかし中三の息子に気を遣われるのもまたショックだ。
「ママ本人になんて尚更話せるかよ。口にも出したくねーよ」
らしくない口調に大輔は右眉を上げ、暖斗の顔を見つめる。
「オンナ見せてる母親なんて、キモいじゃんか」
「……」
"キモい"という言葉の鋭さに大輔は一瞬眉を潜める。しかし暖斗の受けた衝撃はそんなものではないだろう。母親に恋愛要素など見いだしたくないに決まってる。ましてや父親以外の男となど。
「でも」
暖斗は手にしていたトーストを皿の上に起き、テーブルの上で両手を握りしめて大輔の顔をじっと見た。眉間には深い皺ができ、大きな二重の目は力が込められ細くなっていた。
「まさか家を出ていくとは思わなかった。一人で……」
多分大輔だって、愛が男と外で会っていることを知っても、ただの浮気だと思っただろう。離婚や黙って家を出ていくなどとは、思い至らなかっただろう。
特に金持ちではないけど、愛には不自由な思いはさせてこなかったつもりだ。むしろ愛が喜ぶならと自由すぎる振る舞いを咎めることも特にしなかった。例えしょっちゅう深夜まで飲んで友達と電話をしていようとも。
「取り敢えず、これからどうするかだな」
大輔は、さすがに朝食を半分も食べられなかった。フォークを皿に乗せ、端に押しやる。
「どうするの? ママを探しに行くの?」
暖斗の問いに大輔は口をぽかんと開け、目を見開いた。
「探しに行く……」
言われるまで全く思い至らなかった。そうか、いなくなったら探すのか。いや、探して一体どうするのか。
「取り敢えずサウナだ。サウナに行こう」
「は?」
大輔の提案に、暖斗は顔をしかめて聞き返した。
考えなくてはいけないのは分かってる。だけど何も考えたくなかった。それよりも身体中にあふれた自分の中で処理しきれないこの感情を、汗とともに絞り出してしまいたかった。
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