私と。きみと。

無知へ (1)

 手紙が三通。

 それがここにある意味を考えてみるが、確信には至らない。

 手紙の最後を見ると、差出人はそれぞれ良、圭子、私。

 私からの手紙にさっと目を通し、確かに自分が書いたものであると確認する。


 全部元の世界の私に渡してほしいと、お願いしていたはずなのだが。


 間違えた、ということはさすがにないと思いたい。

 それならばどんな意味があるというのか。

 疑問には思うが、強く知りたいという気持ちはなかった。

 やっぱり私は私。意味などはなく、そんな理由であっても不思議ではない。


 何が何やらさっぱりだが、ほっとした気持ちにはなっていた。

 手紙の存在に気付くまで、何もないことに安心していたというのにも関わらず。

 つまり……どちらでもよかったということなのだろう。

 さすが私。こういうの何て言うんだっけ……完全犯罪?


 くすくすとひとりで笑った。

 まるでかくれんぼしているみたいに、無関心な静かさにすぐ呑み込まれる。

 小さく息をはいて、ベッドに腰掛けた。



 良や圭子がこの世界から去ってはじめての朝。

 まず私を迎えたのはちいさな不思議だった。

 おかしいなあ。最終回が終わったのなら、もう特別なことなんて起きなくてもいいのに。



 良ならこの状況をどう見るだろうか。

 暇つぶしに頭をはたらかせてみる。


 神様だって分からないことはある……とか。

 何もないことによる確定を避けたんだ……とか。


 うーん……後者の方が好きそうだ。


 「分からないことはある」と押し付けてしまうのは嫌がりそうだし。

 何より、未知にはロマンがある。


 そう、ロマン……いい言葉だ。

 夢や希望では言い尽くせないあはれがあると思う。

 何もはじまっていない朝、すでに鞄の底でくしゃくしゃになった紙みたいにぼろぼろで。

 惜夜に見つけて、やっと安心して眠れるような!


 良はどう思うだろうか。ロマンに命を捧げてしまう人のことを。

 いつか聞いてみたい。その願いは必ずしも叶わないと言い切れるものではない。

 だって私と私が同じでいいなら、未来と思い出の境はきっと曖昧になるのだから。

 ……そんなばかな妄想も、ロマンなら許されてしまう気がした。

 寧ろ現実が決して許さないからこそ、ロマンは許すのかもしれない。


 もう二度と会えないなんて本当に冗談みたいだ。

 昨日までは隠すのが大変なほどに強く理解していたのに、一晩経つと何だか普通にこの後「おはよう」とか言ったりするような気がしてくる。


 でもそんなことは絶対にない。良は多分今頃は……もう私に会っていたりするんじゃないだろうか。

 だって私たちは、赤い糸で結ばれているのだから。


 天使から念入りに状況を聞き出したから、元の世界でも私と良が付き合っていることは知っていた。

 だからこそ、今回の決断をしたのだ。

 会って親しくなるまでは運が絡みそうだが、付き合っているなら大丈夫。

 私なら、絶対に良を幸せにできる。


 はじめの壁としては、私が私の手紙を読む前に良と会ってしまうと多少困ったことになりそうだが、どうだろう。

 まあ……それもきっといい思い出になるか。

 用意されたものに完璧を求めたところで意味などないのだ。


 異世界の話を何も知らない私に語って、頭がおかしいと心配される良。

 見てみたい。私が変などっきりを仕掛けているとか思いそうだ。

 それで、焦って。どうすれば面白いか考えたりして。

 

「ああ……悔しいなあ」


 思わず出た言葉に驚いて、慌てて自分の口を塞いだ。

 しかし口を塞いだところで何の意味もない。

 想像の私は、絶対に良が望む言葉も私が望む言葉も言わなかった。 

 目をぎゅっと強く瞑って、追い払う。


 今度は頭の中の良が勝手に「ただいま」と言った。くつろいだ声。

 私は自然な笑顔で「おかえり」と答えていた。

 それだけ。


「悔しいにさ、決まってんじゃん……」


 口を塞いだ手の上を涙が滑る。

 私は体をベッドに放り出し、仰向けのまま瞼を閉じて気持ちが落ち着くのを待った。


 大丈夫、大丈夫と言い聞かせる。


 これは手紙には書いていない。だから、あっちの私には分からない。

 想像できたとしても、想像でしかない。 

 知らないというのはそういうこと。


 良もそんな私がいるから大丈夫。

 だって私たちは約束をした。彼はそれを守る。

 分からないというのはそういうこと。


 去った者の無念。残された者の無念。それらが交わることは決してない。

 それを否定したい気持ちはあった。

 だがどうしても無視できない事実があった。

 私自身、良の無念を分かっているとはとても言えなかったのだ。


 だから、大丈夫。

 私たちは分からないことに臆病だから。



 しばらくして体を起こし、良からの手紙を読むことにした。

 まさか手紙を読む前に泣いてしまうとは思わなかった。

 まあ好きなんだから仕方ないなとすぐに自分を許す。

 これだけ好きなら、きっと元の世界で私は良とラブラブになるでしょうと嬉しくもある。

 寂しくはあるが問題ない。そんなときのためにこれがあるのだから。

 さてどんな愛があるのだろうとわくわくしながら手紙を開いた。

 するとまず飛び込んでくる、彼の性格がそのまま表れているような真面目な文字に笑ってしまった。


 間違いなく良はここにもいる。

 胸が高鳴る。一度深呼吸をする。

 時間はきっとまだあるが、最後まで一気に読み切ろうと思った。

 彼のリズムと自分の呼吸を合わせたかった。

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