Last Day (5)

 ケイコちゃんに連れられて戻る途中、もうみんな城に戻っていると聞いた。宴は夜更けまで続くそうだが、俺たちは早く解放した方がよいだろうという計らいだった。


 城に帰るとケイコちゃんはそのまま食堂へと俺たちを案内してくれた。もう遅い時間ではあるだろうが、城の中は至るところで灯りがともっており、暗いということはなかった。それがいつもと同じなのか今日が特別なのかは分からなかったが、リサはうっとりとした様子で明かりに目をやっていた。


 食堂に着くと、中では今朝と同じようにライとルルがふたりで談笑していた。俺たちが入ってきたことに気付くと、ライが振り向き手を挙げた。


「よう、お二人さん。悪かったね。本当は気の済むまで話していてもらいたかったんだけど、さすがに僕たちもお別れがしたくてさ。すまないね」

「いや、こっちこそ悪い。思ったより時間が経ってたみたいだ。本当ならもっと時間をとってみんなで最後の時間を過ごしたかったのに。ごめん」

「まあまあ。謝るのはそのくらいにして。それよりも……リョウも戻ることに決めたんだね?」


 ライやルルがカップを片手に移動してくる。食堂の中央にある大き目のテーブルを囲み、席についた。自分も何か飲み物をと思ったが、リサが既に食堂の奥にいてそこから制止する動作をしたのを見て、上げかけた腰を下ろす。


「ああ。俺と、それとリサは元の世界に戻るよ。みんな、本当に今日までお世話になりました」


 ライは一瞬視線を逸らし、物憂げな表情を見せた。そして、じっと顔を見ていなければ気付けないほど器用にすぐ笑みを作り、またこちらに向き直った。

 

「そっか。まあそうなんじゃないかと思ってたよ。あーあ、なんだ。それじゃあ残るのは僕だけじゃないか。気にならないつもりではいたけど、さすがに少し寂しいね」

「じゃあやっぱりケイコちゃんに……ルルも?」

「はい。わたしはお姉ちゃんも戻りますし。一緒に帰りたいと思います」

「ワタシもあなたたちと同じ世界に行くつもりなの」

「同じ世界? 日本に来るのか?」


 今朝はどこか別の世界へと言っていたと思う。日本もこことは別の世界ではあるが、ルルにとって刺激のある生活かは分からなかった。どうして、と続けようとした俺をルルが遮る。


「まあ、ライがこっちに残るのと近い理由かもしれないわ。ワタシはずっとこっちだから。違う世界というものを見てみたいの」

「僕らの世界がいかにつまらないか滔々と語り聞かせたんだけどね。逆に火をつけちゃったみたい」

「そうね。あなたが馬鹿にしたものであなたを見返すのも確かに趣味のひとつだけど、一番は人よ。ライよりもけーちゃんとリサとリョウが好きだから、日本へ行くの」


 ライは舌打ちをして苦々しそうにコーヒーをすする。「こっちの女も見る目がないよ」と言うと「女の敵なのよ。あなたは」とルルが馬鹿にする。

 旅の最中はこんなやり取りばかりだったと思い出す。まだそれほど夜を越えたわけでもないのにひどく懐かしい。


「でも、しばらくはひとりで動き回るつもりよ。あなたたちの世界も、まだまだ冒険の余地があるらしいわね。そういうところ巡ろうかなって。ゆっくりしたくなったら、またあなたたちのところに行くわ。リョウたちは戻ってどうするの?」


 リサがお盆に三つカップを載せ戻ってきた。ひとつを「はい」と俺の目の前に置いたので、礼を言って受け取る。続いてケイコちゃんに。そして自分の分を取りリサも席に着いた。話は聞こえていたようで、ルルの質問にはリサが答えた。


「私たちはなんとか合流して、それで出来れば一緒に暮らしたいなと思ってるの。それで、普通の生活かな。みんな仲良く楽しく生きていけたら、それが一番良い」


 それからしばらく五人で話をした。話の中心は旅の思い出についてだった。

 終わりとは何なのか考えずにはいられなかった。こうして異世界で旅をして五年以上になる。その五年間で何度こうして語らい合ったことだろう。明日がないとは信じられなかった。ライとルルが小競り合いをしている。リサが二人の仲裁をするように見せかけて火に油を注いでいる。ケイコちゃんに飛び火して、可愛く困惑する。あまりにもいつも通りだった。

 しかし、本当は分かっていた。自分もいつも通り振る舞いたいとしていた。皆がどれだけ意識的にそうしているのかは分からないが、俺たちはきっと積み上げてきたものを確認するためいつも通りであることにこだわっていた。

 少し前まではこの軽いやり取りが唯一の日常で、どんなに特別なものかと噛みしめていた。それが日常を取り戻した今でもこんなに眩しい。明日より俺たちは本当に日常を取り戻す。それでも、こんな風に大切に思える時間を過ごしていけたならいいと思った。


 ケイコちゃんが目立つあくびをしたところで、いよいよ解散しようとなった。もちろん、こうして遅くまで話し込んだ時はそれが合図になっていたからだった。

 それぞれと別れの挨拶を交わす。

 ライは握手を求めてきた。


「元の世界でリョウに会えてたなら、僕はここにいなかったかもな」


 そう言って真っ直ぐに目を見据えてきた。一緒に旅をしてきて、それがライの最大の賛辞であると分かっていた。徐々に力を込めてきたので、こちらも精一杯握り返してやった。

 ライ以外はあまり別れらしい挨拶ではなかった。また会えるとみんな信じているのだ。

 ケイコちゃんは「また会いましょうね。お元気で!」と朗らかに告げた。

 リサは「早く私を見つけること」と念を押してきた。

 ルルは「しっかりやったの?」と挨拶ですらなかった。「大丈夫だよ」と答えると「ならいいわ。それじゃあ、またね」と手をハラハラと振り簡素に挨拶をして去っていった。


 部屋へと戻る背中を見ていると寂しさで胸がいっぱいになったが、まだやらねばならないことが残っていたため、気力をふり絞り自室へと戻った。

 部屋の様子は今朝から少し変わっていた。先ほど城から戻ってくる際に無理を言って頼んだからだった。

 ベッドに倒れ込みたい気持ちを抑え込み、用意してもらった机へと向かう。まだ眠るわけにはいかない。「とっておき」に相応しいかは分からないが、精一杯の思いが届くものをリサに送りたかった。リサがもし何か不安を抱えているなら、その支えとなるようなものを彼女に届けたかった。そのためにやっておきたいことだった。

 結局、空が白むまで作業は続いた。もし今晩眠らなかったとしたらどうなるのだろうか。そんなことを考えながら、俺は最後の晩を終えた。

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