Last Day (4)

「それにしても、今日で終わりだなんてなあ」


 リサに向けた言葉ではあったが、独り言のようにしみじみと言葉が漏れた。


「信じられないよね。思い返すと本当にあっという間ではあったけど、いつまでも続いていくようなあっという間だったのに」

「終わりが突然過ぎたよなあ。もうちょっと段階的にイベントが起こるものだとばかり」


 でも、思えばはじまりも突然だった。だったら、終わりだって突然来てもおかしくないのかもしれない。

 懐かしいなと昔のことを思い出そうとすると、リサが下から顔を覗き込んできた。


「ねえ、今はじめの頃のこと思い出してるでしょ」


 そしていたずらっぽく笑う。予想が当たっていることを確信している様子だ。最近は特にそうだが、リサは俺が考えていることを当てて喜ぶ趣味がある。これが割と当てられてしまうので悔しい。


「いや、まあ、そんなにはじめじゃないけどね」


 見栄を張ると、リサはますます得意さを濃くする。素直に肯定しておけば良かったと後悔した。


「よしよし、それじゃあちょっと総集編でもしようか」

「総集編?」

「うん。私たちの旅を忘れないように。最終回が美しくなるようにね」

「最終回って……。まあいいか」


 よく分からない論理展開ではあったが、拒否するものでもない。俺が黙ったのを見てリサは続ける。


「はじめに会ったのは、元の世界だったよね。異世界の扉を開く、みたいな都市伝説の集まりで、私は妹を探して。リョウは……リョウはなんだっけ」

「俺は先輩に連れられて、みたいなものかな」


 半ば強引に誘われ、騙されて連れていかれた。まさかあれほどカルト染みた集まりとは先輩も思っていなかったみたいだったけれど。


「そうだった。そうだった。何かやる気ないやついるなーとは思ってたんだよね」

「おい」


 リサも変わらなかっただろうと抗議の声をあげるが、楽しそうにけらけらと笑って気にした様子はない。


「宗教チックでやばそうだとは思ってたけど、本当に異世界の扉が開くとは思わなかったよねえ」

「まあ主催者側ですら開くとは思ってなかったみたいだし。実際儀式には何の意味もなかった。たまたま天使が異世界と繋げたタイミングと噛み合っただけで」

「それで放り出された異世界で、リョウが助けてくれたのが二回目の出会いだね」

「それはまとめて一回でいいんじゃ」

「さて出会い編は終了か」


 抗議の声はまたしても無視された。俺は総集編に呼ばれてないのだろうか。助けたところも事実だけであっさり終わり少し寂しい。結構勇気をふり絞ったと思うのだが。


 リサはわざわざ言わなかったが、このときまだケイコちゃんとリサは仲が良くなかったことが俺には印象的だった。ケイコちゃんはリサと腹違いの姉妹で、とても苦労して生きてきたらしい。ある時から異世界を目指す宗教をケイコちゃんは盲信するようになった。集団自殺を起こしたこともあるその宗教団体からなんとか妹を抜けさせたいとリサは行動していた。ケイコちゃんはそれを不愉快に思っていたようだ。あの頃は会話をすることそのものを避けていたように思える。異世界に来ても、ケイコちゃんはすぐに別行動をしてしまい、ふたりが仲直りできたのは少しあとになってからだった。

 

 その後も旅の思い出をふたりで話し続けた。ライとルルとの出会いや、印象深い街、ケイコちゃんと仲直りできたこと、リサと恋人になったときのこと。


「そういえば、ひとつはっきりさせておかなきゃいけないことがあったね」


 告白の話をしていたとき、リサが手を叩いてそんなことを言い出した。


「なにが」

「どっちから告白したか問題」

「それは……俺じゃない? 一応。事実として交際を申し込んだのは」


 それは間違いないはずだ。だが、この質問に対してその回答が意味のないことは分かっている。実際、リサは唇を尖らせて不満げだ。


「でもさ、あれはその前に私が色々言ったからじゃん。そういう感じじゃないと思うんだよねえ」


 やはり。まあリサの言うことも分からなくはないけれど……でも、どちらからと言われたら行為としては俺で正しいはずだ。

 この質問の意図はなんなのだろう。どうしたものかと思っていると


「ここが分からないのが困ったところだよね。これは私の教育不足ね」


 そう言って、うーんとリサは唸った。

 何か気の利いたことを……と思ったのも束の間「よし!」リサは明るく声を張って、改めてこちらに向き直った。首を少しかしげて、こちらをやや見上げるような姿勢で続ける。


「愛をくれたら許してあげる。私はあなたのとっておきの愛が欲しいです」

「は、愛? とっておき?」


 リサはその思いつきに満足しているようで「うんうん、いいアイデア」「さすが」とひとり続けた。

 しかし、突然愛が欲しいと言われてもよく分からない。首を捻り、説明を求める。


「お願いがひとつ出来るでしょ。あれで私にプレゼントを渡すこと」


 リサはもう決定事項だと言うような態度をした。「お願い」という言葉で、リサの言いたいことは理解できた。天使が叶えてくれる願いを消費して、なにか愛を感じられる贈り物が欲しいのだろう。

 それ自体は問題ない。特に自分のために叶えたい願いはなかったし、リサが喜んでくれるのなら、それが一番だ。しかし、時間があまりないとはいえ、話運びがやや強引だった。空気を読むのではなく、目的に沿って進む会話とでもいえばいいのか。


「リサ……」

「お姉ちゃーん?リョウさーん? いませんかー?」


 質問をしようとしたと同時、ケイコちゃんが遠くで呼ぶ声が聞こえた。


「戻ろっか」


 すぐにリサが立ち上がり、座ったままの俺に手を差し出してきた。俺はその手を掴み、ベンチから腰を上げる。しかし、このまま尋ねなくていいのだろうかという思いが拭いきれない。手を掴んだまま中腰の格好で静止する俺の腕が弱々しく引かれる。


「戻ろう」


 リサがまた繰り返すと、ようやく俺は足に力を入れて立ち上がった。するとすぐにリサが俺の背中に手を回し軽く抱きしめてきた。そしてこちらが抱きしめ返す間もなく腕を離すと「行かなきゃ」と俺の手を引き、歩き出した。

 夜気が冷たく肌に刺さる。リサの手だけが温かかった。それは暗闇に灯る一本のロウソクのような温もりと不安を与えた。疑念は、そのまま喉に詰まってしまったかのように声にならなかった。

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