Last Day (3)

 リサとは結局式典の時間となるまで話をすることが出来なかった。なんでも移動でトラブルがあったそうで、リサが城に戻ってきたのは日が沈みかけるような時間だった。しかしその頃になると今度は支度だとかで忙しく、話をする暇がなかった。ふと見かけたときの彼女はいつもと変わらず元気そうで、そのことには安心した。

 一刻も早くリサと話をしたかったのだが、今の今までその機会に恵まれないでいた。王様の話が一段落済んだところで俺はリサに声をかけて会場から抜け出し、今ようやくゆっくり話をする時間をとることが出来た。


 整備の行き届いていない庭園を二人で歩く。夜になるとすっかり気温が下がり、室内にいた格好のまま出てきてしまったことを少し後悔した。しかし、せっかく二人きりになれたというのに戻るのも無粋な気がする。リサはなにやら暖かそうな布を肩にかけており、肌寒そうにしている様子もない。ここは我慢するべきだろう。


 目的地もなく抜け出した俺たちはしばらく会場の壁に沿って庭を歩いていた。城には宴を行えるような場所はなかったため、街で以前レストランとして営業していた施設を手入れして今回の会場としていた。城の方には以前も訪れたことがあったのだが、レストランは既に廃業していたため利用したことがない。

 ひとつ角を曲がると、開けた庭の先にベンチがあるのが見えた。何か示し合わせたわけではないが、月明りを受けて薄く青色が浮かぶベンチに向けて、どちらともなく歩き出していた。歩いている間に会話はない。あそこに辿り着いたら話そうかとぼんやり思っていた。


 ベンチはどうも最近配置されたようで、よく整備されていた。少し表面を払って汚れていないことを確認する。ざらざらした感覚もない。黙って頷くと、それを見ていたリサがベンチに腰を下ろした。続いて自分も座る。目の前は花壇と思われるが、さすがに何も植わっていない。ただ広がる土と壁、それだけだった。

 どう話を切り出そうかと迷っていると、リサが小さく咳払いをした。


「ごめんね。ずいぶん待たせちゃったね」

「いや気にしないで。医者はどうだった?」

「うん、別に問題ないって! 最後の日だったのに、こんなことに時間をかけちゃってもったいなかったなー」

「そうか……良かった……」

「なんだか凄く心配かけちゃったみたいだね?ごめんね。ちゃんとケイコには見てもらうだけだよって伝えてたんだけど」

「いや、何ともないならそれでいいんだ。それより、さっきの言い方だともう戻るかどうかは決めている感じ?」

「…………うん」


 リサはそう言うと急に黙ってしまった。見ると、もの言いたげにリサの唇がわずかに開いたり閉じたりしている。こちらの反応を窺っているようだった。最後の日、と言うならば答えは想像がつく。そもそも俺は特に場所に希望はないのだから、リサの好きな方でいいのになと考えたところで、そういえば自分の意思を何も伝えていないことに思い当たった。

 気恥ずかしさを誤魔化すために軽く咳払いをいれる。


「リサ」

「うん」

「俺はリサが好きだ。リサと一緒に暮らせることだけが唯一の願いだ。リサがいてくれるなら、どこでどんな生活になろうと構わないと思っている。これからも一緒にいてくれないかな」


 リサの目が潤んでいた。月の光が美しくそれを照らし出している。首元の装飾品が光を受けて輝いた。宴のために用意されたものだった。会場では赤く燃えるように輝いていたが、今は青く凛とした美しさを湛えている。


「ありがとう」


 その声は小さく呟くようで、弱弱しく震えていた。リサの顔を見ると目から涙がひとつ、またひとつと溢れ出していた。


「ありがとう」


 リサがもう一度繰り返す。その間にも彼女の笑顔の底からは涙が溢れてくる。青い光が彼女の頬を撫でているようだった。自分は今世界で一番美しいものを見ているのだと思った。何も言えず見とれていると、リサは誤魔化すように笑って鼻をすすった。


「よし! そこまで言われたら仕方ない。五木理沙は、あなたの隣で生きていきましょう! ……だから、これからも一緒に頑張っていこうね」


 勢いづけて発した言葉にはどこか湿っぽい響きがあった。それは甘えるようでもあったし、自分を奮い立たせるようでもあった。その姿にすっかり魅了されて、俺は自分の決意をより強固にした。


「ありがとう。ああ、これからも一緒に頑張ろう」

「私、信じてるからね。あなたのこと。間違えたり、すれ違うこともあるけど、私のことを本当に大切に思ってくれてること、知ってるから。それで、私も……」


 そこで一旦言葉を切ると、リサは目を伏せた。


「私も同じだからね。あなたのこと、愛してる」


 リサが頬に手を伸ばし、手の平で包み込むようにそっと触れてくる。緊張して肩に力が入る。リサが小さく笑ったのが感じられて俺は赤面した。

 リサの顔が少し前に動いたのを見て目を閉じる。一瞬風が吹くような間があってから、唇に暖かいものが触れた。じんわりと頭のてっぺんから徐々に痺れていく。


 どれくらいの時間が過ぎたか分からない。やがてリサは唇をゆっくり話すと、俯きはにかんだ。俺も笑ってそれに応える。嬉しくて恥ずかしくて、どうすればいいかよく分からなかったが、笑みは自然とこぼれてきた。

 しばらくそうしてお互いに向き合っていたが、やがてリサが話しはじめた。


「リョウ。ひとつだけお願いがあるの。一緒に、元の世界に戻って欲しいんだ。この世界も好きだけど、やっぱり故郷に帰りたい……いいかな」

「もちろん。俺はリサと一緒にいられるなら、どこだろうと構わないって言ったろ」


 窺うように問いかけてくるリサに、力強く答えた。ずっと前からそれ以外考えたことはなかった。リサは即答した俺に少し驚いたようだったが、ふわりと表情を崩すと「そうだったね」と笑った。

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