Last Day (2)

 食堂の入口付近に立っていた使用人らしき人物にリサの部屋の場所を尋ねて、すぐにリサの部屋へと向かった。教えられた道順を復唱したところ二度間違えたため、使用人が部屋の見える角まで付き添ってくれた。部屋の扉の前まで行き、確認の視線を使用人に向けるとゆっくりと頭を一度下げ、道を引き返していく。ノックをすると返事があった。しかし、部屋に入るとリサの姿はなかった。簡素なつくりの室内は自分の泊まった部屋とほとんど変わらない。こちらもベッド以外に何もないのでどこか見えないところにいることもない。

 起きたのならいつまでも部屋にいることもないだろう。この城のことはリサも詳しくないはずだが、どこか出歩くというのは十分あり得る。自分がそうしたように食堂に向かって、どこかで入れ違いになったのかもしれない。待ってもいいが、時間には限りがある。リサがどこに向かったか分からない以上聞いて回った方がよいのかもしれない。

 部屋を出ようと扉に手をかけると、面食らった声が背中に投げかけられた。


「え、ちょっと、ちょっと! なんで、なんでですか!」


 ひとまず狙い通りの反応が得られたことに満足して、さっきまでベッドの上で何やらそわそわしながら座っていたケイコちゃんの方を向く。

 ケイコちゃんは本名を舘ケイコと言う。チームの中で一番年が若く、ライとルルからは「けーちゃん」と呼ばれ可愛がられている。リサの異母姉妹である彼女は始め誰にも心を開こうとしなかった。しかし、一緒に旅をするようになり、今では屈託のない笑顔を見せてくれるようになった。今の彼女も少しは怒っているのだが、朗らかな印象を受ける。


「おはよう。ケイコちゃん。今日はいい朝だね。それでリサはどこにいるか教えてもらえるかい?」

「……自分の聞きたいことだけを聞こうとするずるい人には何も教えません」

「ごめん、悪かったよ。ただ、本当にリサと話しておきたいことがあるんだ。場所を知っていたら教えてもらえないかな」


 素直に謝ると、満足気に腕を組み大仰に首を縦に振った。リサと同じ長い黒髪が揺れる。リサはよくポニーテールにしているが、ケイコちゃんは結わず下に垂らしていた。


「ふむ、いいでしょう。わたしも素直な人には素直です。……それに実はそのことを伝えるためにここで待っていたんです。実はお姉ちゃんは今、この国のお医者さんに見てもらっていて、外出しているんです」

「は? 医者? どうしてリサが」


 予想外の返事に思わず強い語調で返してしまったことに気付く。ケイコちゃんが一瞬身を縮こまらせていた。謝ると「大丈夫です」とふり絞ったような笑みを返した。これ以上謝るとケイコちゃんを余計に恐縮させてしまうため、反省しつつそれ以上謝ることは控えた。

 それにしても医者にかかるということは、リサはどこか悪かったのだろうか。少なくとも目に見えるような怪我はしていないはずだった。この世界の医療技術はそれほど発達しているわけではない。外傷の治療以外には、よくある風邪に効く薬草を処方できるくらいだ。

 どちらもリサに該当するような心当たりはなかった。


「魔王の幹部と戦ったときのことを覚えていますか? あの呪詛師とか名乗っていたあいつです。最後にあいつがお姉ちゃんの右肩に釘を突き刺したじゃないですか。傷は塞がったけど、変な呪いをかけられてたらたまったものじゃないって、お姉ちゃんが。まああれから時間も経ってますし、魔王も倒すことが出来ました。問題ないとは思いますが、念のため診てもらうそうです」


 説明するケイコちゃんの口調は楽観的だった。声音は明るく、問題があるかどうかの瀬戸際というより、単に健康診断をしてくるだけなのだと主張していた。

 だが呪詛師という言葉を聞いて、俺はそうも簡単に安心出来なくなっていた。

 間違いなく魔王討伐最大の強敵であった。死ぬ間際の愉悦の表情と高笑いはいつまでも悪夢として見るだろう。心臓に刃を突き立てたのはリサだった。その後リサは暫く原因不明の昏睡状態となってしまった。

 しかし、それは秘薬を手に入れたことで確かに治したはずだった。それが完全に治ったわけではなかったということだろうか。


「リサは大丈夫なのか? 今朝は? 普通だった? というかここの医者に呪いのことなんて分かるのか?」

「まあ念のためなので全然普通でしたよ。昨日と一緒です。お医者さんは……分からないですけど、さすがにお姉ちゃんも無意味なところには行かないのではないでしょうか。お医者さんとは言ってましたが、便宜上だったのかも」

「苦労して手に入れた薬でリサは目が覚めて、全部解決したと思ってた。ひょっとしてずっとどこか苦しかったりしていたのかな」

「はあ……。だから、念のため、診てもらうんですって。まあわたしたちは楽観的ではあったのかもしれませんが、お姉ちゃんが人知れず苦しみを耐えていたとかはないですよ。わたしとリョウさんがいて、どちらもお姉ちゃんが苦しんでいることに気付けないなんてありえません」

 

 楽観的過ぎたと話をした後にそう考えるのは少し滑稽な気もしたが、ケイコちゃんは強く言い切った。もっとも、これ以上ここで分かることもない。それくらい大きく構えておくくらいがいいのかもしれない。


「それで、お姉ちゃんが戻ってくるのは午後になっちゃうみたいです。だから、お姉ちゃんから『あの人の相手をしてあげて』って言われてたので部屋で待ってたんです。……なのに!」

「いやつくづく申し訳なかった」


 腰に手をあて、わざとらしく怒るケイコちゃんに改めて謝ると「許しましょう」と言いすぐ笑顔に戻った。

 リサとすぐに話せないことは残念だが、ケイコちゃんとも話しておきたいことはあった。

 昨晩のことを尋ねると、やはりケイコちゃんも同じように説明を受けていたと分かった。リサも同様で、今朝はふたりでその話をしたらしい。リサが何か質問をしたかは聞いていないが、ケイコちゃんは「元の世界への戻り方」を聞いたそうだ。


「基本的には自我と記憶を保ったまま元の世界の体に戻る、というのが正しいらしいです。体はこの世界の体ではないと言っていました。どうもわたしたちは正確には転生とは違うらしくて、元の世界からパラレルワールドのように分岐させられている……とか」

 

 内容を詳しく尋ねると、難しい顔をしてケイコちゃんは答えた。それ以上は聞いてくれるなという無言の圧力を感じる。こちらも渋い顔を作り相槌を打った。


「それで、これが驚きなんですけど、なんと元の世界でわたしたちは消えていなくて、元々のわたしたちが普通に生活しているんだそうです! 元の世界に戻るというのは、そのわたしたちに今の自我を戻すことを指すみたいです」

「パラレルワールド……なるほど? それだと、なんだ。戻ったときはどうなっているんだ?」

「それはこっちの世界のわたしたち……まあつまり、今持ってる記憶をパラレルワールドとして存在していた別のわたしたちに移し替えるみたいな感じですかね? 体はこの体じゃないけど、記憶は今のままだよって教えてもらいました。ただわたしたちがこっちで過ごしてた時間は経過しているので、そこだけは注意するようにとも」

「ふーん、なるほど。じゃあ戻ったら突然未来ってことか。浦島太郎みたいな感じかな」

「そうですね。感覚としてはそうなのかもしれません。玉手箱を開ける前から老けちゃってますけど」


 元の世界に戻るのにそんな事情があるとは思ってもみなかった。知らない世界に飛ばされたら、異世界転生か死後の世界だと普通最近の若者ならば思うだろう。これは天使の必須説明事項ではなかったのだろうか。

 

 昼食時になってライ、ルルと合流したときに、再びこの話をした。ルルは「それなら、元の世界で自分が死んでいたら戻れないってことかしら」と聞いていた。ケイコちゃんはそれについては知らなかったが、おそらくそうではないかという結論になった。ライは「浦島太郎は違うんじゃないかな? 周りの人からすれば突然記憶喪失になった人だよ」と感想を述べた。

 ルルはそもそもこの世界の住人なのでおそらく同様のシステムではないだろうと興味はなさそうだった。ライも元の世界に戻るつもりはないようなので、白けた表情で聞いていた。最後に一言、残してきた友人が悲しんでいないのならば良かったと言った。

 俺は元の世界に戻る可能性はあるのだが、別に細かいことは気にしない。リサと一緒にいられるのなら。

 昼食はなにやら豪華なものが出てきたことは覚えているが、味はよく覚えていない。食後に出てきた紅茶を飲みながら、城の門がある方角をじっと眺めていた。

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