Last Day (1)
「やっぱり何か特殊な能力だろう。今更ものなんかもらったってしょうがないし、人の力だけじゃあ辿り着けない高みを目指してみたい」
「アンタ好きねえ、そういうの。ものがいらないっていうのは分かるけど、ワタシは新しい世界に案内してもらおうと思ってるわ。もっとロマンのあるところがいいわね」
昨日朝食がとれると案内されていた食堂へ入ると、もう起きていたらしいライとルルの声が聞こえてきた。小さな丸い机に向かい合うようにして座り、何か話をしている。机の上にはコップが二つあるが、それ以外に皿などはない。食事をしているわけではないようだった。
ライとルルはこの旅をともにした仲間だ。既に一緒に行動していたふたりと出会い、魔王を倒すという目的のためにチームを組んだ。ふたりともあっさりとした性格で、自分のことも多くを語らない。ライは長身でスマートな見た目をして、いかにも頭脳派といった見かけの男だが、これがなんと大剣を自在に振り回して戦う。頭は見た目通り切れ、戦闘ではライに助けられることが多かった。ルルは妖艶で明るいお姉さんといった人だ。一番年上で一番自由で振り回されることも多かった。元々この世界の人間でもある彼女は、唯一チームの中で魔法を使える存在であり戦術の要だった。
「ひょっとして、二人も夢に天使が出てきたのか?」
「ああ、そうだよ。僕も、そしてルルもだ。それにリョウもということなら、やっぱり多分みんなそうなんだろうね」
二人の会話に割り込むように参加すると、ライが既に状況が分かっているような様子で答えてくれた。ライはやれやれといったジェスチャーをして大袈裟に溜め息をつくと、机の上にあったカップを手に取り、口をつける。ルルを見ると、目が合い、小さく頷かれる。
みんな同じ状況であるということに、ひとまず安心する。それならば同じ悩みを共有できるし、自分の知らないことを知ることが出来るかもしれない。
「なあ、天使との会話はどんな内容だった?俺は今晩元の世界に戻るか、このままこの世界に残るかを決めること、それに願いをひとつ叶えてくれることを聞いた」
「僕もそんな感じかな。あいつの、ギリギリ話が分かるくらいしか教えてくれないのは何なんだろうね。まったく同じセリフをみんな聞かされているくらいありそうだ」
ライは答えるとそのまま「ルルは?」と尋ねた。ルルが「ワタシも同じような感じだったわ」と返す。ライはそれを聞くと、手で鼻を触り短く唸った。
「やっぱり質問が大事だね。きっとみんな思い思いに聞いただろう。そこに自分の知らない情報があるはずだ」
確かにそうだと相槌を打つと、ライは満足気に頷き話を続ける。
「まず僕から言うよ。僕は叶えてくれる願いについて聞いた。数は確かにひとつだけれど、叶えてくれる自由度は高そうって感じかな。形のあるものでも、ないものでも大丈夫。僕が思うに、表現の仕方はよく考えた方がいいね。ほら、天使ってあんな感じだから」
そう言ってライは苦々しく顔を歪めた。叶えてくれる願いについては、俺はほとんど聞かなかった。特にわざわざ叶えてもらいたいこともなかったからだが、こちらも真剣に考えるべき内容なのかもしれない。いざ適当に願ったものが変に解釈をされて寓話のような結果になっては目も当てられない。
俺は初めて聞く情報ばかりで意見は無かったが、ルルは違ったようだ。うんうんと頷いた後、続けて話し始めた。
「ワタシも願いについて聞いたけど、自由度はどうかしらね。無理なこともやっぱりあるみたい。例えば時間を戻すとか、そういうのは駄目らしいわ。周りへの介入が大きいのは難しいそうよ。かといって自分だけの内容でも不死身とかは無理。まあ、そんなにすごいことが出来るならはじめから勇者たちにその力を与えてるって話よね」
「嘘だろ! じゃあ未来予知だったり、エネルギー波だったりはどうなんだ」
「知らないわよ。ワタシに聞かないで。魔法で出来る範囲くらいはなんとかなるかもしれないんじゃないかしら」
「なんだって……これはちょっと気合をいれて考えないといけなそうだ。応用の利くようなやつがよさそうかな……」
ルルの話はライにとってなかなかの衝撃であったようだ。ひとりブツブツとなにやら呟き始めた。こうなったライはあまり周りの話を聞かなくなる。俺の話をまだ聞いていないがいいだろうか。別にいいか。必要なら後で聞きにくるだろう。
「それでリョウは他に何か聞いた?」
ライを無視して、じっとこちらを見ていたルルが尋ねてくる。
「ああ。俺は願いについては聞かなかったけど、元の世界に戻るかどうかについて、少し。同じ世界にいない限り、他の世界の人とは会うことはおろか連絡すら出来ないみたいだ。例外もなくはないみたいだけど……まあ、まず無理といって差支えない」
「あら、そうなの。じゃあ、選択によっては今日で今生のお別れ?」
ルルは驚いたように目を見開き、口に手をあてた。俺は頷いてそれを肯定する。
選択によっては永遠の別れになる。その通りだ。そして先ほどの話ではルルは別の世界に行きたがっているようだった。そうなればまずルルとは明日以降二度と会えないということだが、突然の話で実感がいまいち湧かない。今目の前で普通に話している人間と、明日から一切の連絡も取れなくなると言われて、ああそうなのかと受け入れられる者などいないだろう。ましてルルとは数年間ほとんど一緒にいたのだ。別れは理解できたとしても、それが永訣だとは思えない。
そのことを口にするとルルは寂しそうに笑みを浮かべながら答えた。
「その方がいいのかもね。別れの実感なんて、何のためにあるのか分からないもの」
そして「まずは考えるべきことをお互い考えましょう」と話を終わらせるとルルは席を立った。そしてライの座っている椅子を軽く蹴り、何も反応がないことを見ると食堂を出ていった。
食堂にライと二人取り残される。ライはまだ独りごちながら願いについて考えていた。俺も一度名前を呼んでみたが反応がない。いつも通り無駄であることが分かったので早々に諦めることとした。
ルルの言っていた通り考えるべきことを考える必要がある。そもそも自分の身の振り方を決めなければ何もはじまらない。
ならば、やはりリサに話を聞きにいかなくてはならない。
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