天使

「リョウ。リョウ」


 誰かの呼ぶ声で目を覚ました。しかし、目は覚めたのだが起きたというには程遠い感覚だった。この意識だけが浮いているような感覚は懐かしい。


「良かった。リョウ」

「……お久しぶりです。天使様」


 目の前に俺をこの世界へと導いた天使がいた。いたとは言っても実際には姿が見えておらず、強烈にそこにいる感覚だけがある。天使は親族以外に姿を見せることが許されず、人と会うときは存在感を移動させるのだと、以前説明された。


 会うのはこの世界に来るとき以来だから、随分と久しい。嫌な予感がした。もしかすると、ここでもう終わりなのではないか。魔王を倒すべくこの世界に呼ばれたのだから、それを果たした今いつまでもいられないということはあるのかもしれない。抗いようもないが、仲間たちに最後の挨拶も出来ていないのは心残りだ。何よりもリサとこれからも一緒にいられるのか不安を覚えずにいられなかった。


「大丈夫。一日あります」


 俺の混乱を読み取ってか、天使が語りかけてきた。

 しかし大丈夫という言葉に不安を払拭する効果はなかった。寧ろ中途半端に情報が増えただけに疑念が一斉に湧く。一日あるとはどういうことか、まだ明日はみんなに会えるということか、ではその後はどうなってしまうのか。


「説明します。まずはお礼を。この世界を救っていただきありがとうございます。続いてこれからの説明を。まずあなたの望みをひとつ叶えます。加えてあなたは元の世界に戻るか、この世界に残るかを選びます。それらは明日あなたが眠った際に行います。何か質問はありますか」


 立て板に水、といった様子で簡潔に説明事項だけを伝えると天使は黙った。

 不自然な沈黙が生まれる。一応質問には答えてくれ、こちらの話を聞く態度も示してくれるのだが話しにくいことこの上ない。そういえば以前も不親切に思ったものだった。こちらの心を読んで会話をしてくるくせに、痒いところに手は届かないというか、どこか一方的なコミュニケーションをしてくるのだ。これが個人差なのか、天使という種族の会話のテンポなのかは分からない。


 確か天使は明日眠った際にこれから生きていく世界を選択し望みも叶えてくれると言った。明日眠っている間にこの生活が終わり、世界救済の礼をもらえると言い換えられるだろう。

 粗い解像度の理解は出来た。しかし質問というと思いつかない。これは絶対に後で困るという予感はある。伝えられた情報が要約され過ぎていて、いまいち細かいところまで想像が及ばないのだ。

 起こることは望みが叶うことと、これからの世界を選ぶことのふたつだ。そのうち正しく理解をしておきたいのは世界を選ぶことについてだった。正直に言って望みはリサといられるのならば叶っているも同然だからだ。片方を選ぶということは、もう片方は選べないのだろう。異なる世界にいる場合にはもう二度と会えないのだろうか。


「会えません」


 質問をしようと考えていたわけではなかったのだが、天使から簡潔な答えが返ってきた。今回は分かりやすくて助かるが、内容は無慈悲だ。

 実際には会えずとも何かしらの通信手段はあるのだろうか。


「ありません」


 ……例外なく、二度と交流は出来ないのか?


「例外はあります。例えば、あなたが元の世界に戻ったとして、再びこちらの世界に危機が訪れることがあれば、またあなたが来る可能性などがあります」


 そんなことがあってたまるものか。

 実質あり得ないということなのかもしれない。

 それにしても天使はただ質問に答えているだけのつもりなのだろうが、悉く的確に淡い期待を潰してくる回答は精神的にまいるものがある。明快な返事は好きだが、少し疲れてしまった。


◇◇


 日光が窓から差し込む、その明るさに目が覚めた。まだ少し眠いが、地に足の着く感覚がある。どうやらこれは本当に起きたようだ。


 会話の途中だったはずと思い起こす。色々説明があり、疲労を意識した瞬間、それで終わったと記憶している。会話から意識が一瞬逸れたからだろうか。勝手に心を読むのならば勘弁して欲しいところだが、真相は不明だ。

 昨晩の天使との会話は、夢のように朧気ということはなくはっきりと思い出せる。まだ聞きたいことはあったのだが、どうしようもない。天使とのコミュニケーションには慣れそうにないことだけが分かった。


 体を起こし辺りを見渡すと、確かに昨晩泊まった部屋のように見える。恐らく今日は、昨日の続きであるのだろう。しかし天使によると、今晩の選択によっては、明日目覚めるのはこの世界ではない。

 いつまでもこの部屋にひとりでいても考えがまとまることはなさそうだった。感情も何も動いていないように感じられた。他にも天使が表れた人がいるかもしれないし、そうでなくともみんなに相談すべき内容であることに間違いない。何より、みんなに早く会わなければならないと思った。

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