いずれ思い出
凱旋
街は熱気と興奮に包まれていた。これがこの世界における都会の喧騒というやつなのかもしれない。作物の収穫もそろそろという季節。天気は快晴。風も心地よく吹いている。何もしなくとも汗が出るような時期は少し過ぎた。つまり、今は絶好の仕事時ではないかと思われるのだが、この街の住人は祭り日和だと捉えたようだ。
街のメインストリートに普段人はほとんどいない。外での商売はほとんど成り立たなくなっていたため、一般市民が近づくことがなくなっていたのだ。
そんな道が今は人で溢れかえっている。子どもも老人も皆が繰り出して、大声で何かを叫ぶ者、肩を組み歌う者、酔いつぶれてふらふらの者、様々だ。
それもそのはず、つい先日、この世界から魔王が消えた。
魔王が消えると同時に、世界に散っていた魔王の軍勢は急速に力を失ったらしい。この街の近くでもずっと戦陣が張られていたが、勝利を収め今はすべて撤退したそうだ。
もはや恐れるものなど何もない。安心して狂騒に身を任すことが出来るのである。
そんな騒がしい街の景色を馬車の荷台から眺めていた。
魔王討伐の帰路、さてこれからどうしようかと考えていた矢先、早馬が来て国王に表敬訪問をして欲しいと伝令を受けた。これからの治世を考えればそれもよいかとこうして王城のある街へとやって来たのだった。本来王城はもっと大きな都市にあったのだが、魔王軍の侵略後まだ復興していない。残った城の中で最も地理的に戦いやすい位置にあったこの街の城が、現在王城となっていた。馬車に乗る気はなかった。徒歩でいいと断ったのだが「それだと王城まで辿り着けない」と言われ乗せられたのだった。どういうことかと思ったが、この街の様子を見て納得した。
「みんな喜んでる。頑張って良かったね」
隣からずっと旅を共にしてきたリサが耳打ちをしてくる。少しくすぐったいが、眠ってしまった他の仲間を気にしてのことだろう。もっともこれだけゴトゴトと音のする馬車内でどれほどの意味があるのかは分からないが。
「ああ、本当に良かった。これが、これからずっと続くんだよな」
「うん、そうだよ。この世界は、これからも平和なまま。……リョウのおかげで」
リサが腕を絡めてくる。視線は外に向け、集まった人々を眺めていた。その暖かい表情が愛おしくなって、頭を撫でる。彼女は顔をこちらに向けると「お、ご褒美だね」と小さく笑った。
彼女、五木リサにはずっと助けられてきた。長い黒髪をポニーテールにまとめた彼女は真面目で快活そうな見た目通りの人物で、チームの精神的支柱であった。気さくでいつも仲間のことを考えてくれる彼女がいなければ、間違いなく旅を続けることは出来ていなかっただろう。
そんな頼りになる彼女は、俺の恋人だ。ずっと彼女と一緒にいて好きにならないはずがなかった。そして、どんな運命か分からないが彼女も俺を選んでくれた。
魔王を倒して平和を取り戻した今、俺はただ彼女と幸せに暮らすことだけが願いだった。
城にはすぐ到着した。乗っている馬車が突然襲われることは当然なかった。城に近づくにつれて兵士の数が増え、彼らは皆忙しそうに動き回っていたが、俺たちの乗る馬車を見ると立ち止まり、恭しく礼をした。
王城とはいっても居住することを考えて設計されたつくりではなく、どちらかといえば砦と呼んだ方が相応しいほどに華やかさがない。外交の機会があれば、とても面子を保てそうにない。しかし魔王と戦を構えるとあっては間違いなく最適な地であった。合理的な選択をとれる国王がいたことは、この国の紛れもない幸運であった。
城に着いてからの流れはスムーズなものだった。表敬訪問を求められて参上したのだから、国王に出迎えられて「おお、よくやった勇者たちよ」からはじまり長々と話でもあるのかと思っていたが、短く労いと感謝の言葉がかけられただけであった。まずは休みたいだろうと個室を用意してくれ、正式な宴などは明日改めてといった程度の挨拶で謁見は終了した。その後執事か家臣か分からないが世話係のような人物たちに先導され、気付くと部屋にひとり立っていた。
まったく無駄のない素晴らしい対応である。情緒はないが、政治を預けるには相応しいのかもしれない。
案内された部屋には家具と呼べるものがほとんどなかった。家具以外にも何もない。唯一ベッドだけが不自然に豪華なものが配置されていた。壁に大きな長方形の日焼け跡が残っており、棚が置いてあったようだと分かった。
疲れていたからか、それ以外に何もないからか分からなかったが、ベッドに吸い寄せられるように足が向かう。そのまま腰掛けると、ゆっくり体を包み込むように沈んだ。
せっかくの凱旋、もう少し色々と話してくれてもいいじゃないかと思っていたが、一度ベッドに入ると国王の配慮が正しかったことが分かった。まだ夜にもなっていなかったが、すぐに睡魔が襲ってきた。
薄れていく意識の中で、一度ベッドに入ってしまえばもうそこからは出られない。そんな世界の常識のひとつを思い出していた。
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