第2話 ナベリウス邸へようこそ!
「ボディーガード様、こちらがナベリウス様のお屋敷です」
「めちゃくちゃ目立つからすぐに辿り着けたよ」
ネオンとバーバチカは、九番街にあるナベリウス邸を訪れていた。
九番街は、地獄の下層の最上に位置する街だ。中層である十番街に比べ、住まう者たちのランクも一回り違う。
そんな九番街での仕事が増えてきたのは、喜ばしいことなのだが。
「なんというか、お屋敷と聞いて想像する建物とはだいぶ違うな……」
何が異質かって、まず入口に『新感覚リアル謎解き! 呪われた悪魔屋敷からの脱出!』と書かれた看板がデカデカと掲げられている。
「一応聞くけど、これは?」
「あそこにパンフレットがありますよ。ええと、」
『屋敷の謎を解き、我が隠れ家に辿り着いた勇敢で聡明なる者に、このナベリウスに謁見する権利を与えよう。真摯なる者には、何なりと望む加護を』
「……とのことです! どうやらナベリウス様にお会いする前から、勝負は始まっているようですね……!」
「あ。うん。準備間違えた気がしないでもない」
「ナベリウス様は、悪魔の中でも特に気まぐれで享楽主義らしいです」
「悪魔貴族ってそんなんばっかなの?」
なるほど、これなら戦闘能力とか特に関係ないわけだ。
肩透かしを食らってネオンは天を仰ぐ。
それにしても、真面目に加護を求めてやって来たのに、遊ばれているようでなんだか腹立つな。
屋敷の門をくぐると、従者らしき悪魔がチケットを配っていた。
「チケット制なんだ……」
「ボディーガード様は、こういうチケットって取っておく派ですか? 私は家に帰ったらすぐ捨てちゃう派なんですが、恋人は全部ファイリングしておく派で、二人で映画に行った時の券を私がなくしちゃった時はそれはもう大喧嘩に」
「その話長くなる?」
惚気話を聞き流しながら、スタート地点の扉に手をかける。
怠い依頼に巻き込まれたのかもな、と思いつつも、
「ボディーガード様、頼りにしています!」
背後から掛けられた言葉に、無性にむず痒い気持ちになる。
(……そうか。私はもう、頼られる立場になってたんだ)
遠く見えない恩人の姿を必死に追い縋る、ちっぽけな存在だった自分。
その自分が今、誰かの役に立てているなんて、たまに信じられなくなるけれど。
ギィ、と重々しい音を立てて、扉が開く。
その様子を自室から幻視モニターで監視しているのは、館の主のナベリウスだった。
「アハッ、お客さん来てくれた! 楽しみだなー、今回の仕掛けはけっこう自信作なんだよね」
腰から生える三本の犬の尻尾を振って、ナベリウスは楽しそうに手を叩いた。
小柄な身体に羽織ったマントが、落ち着きなく揺れている。
「前回、一人を犠牲にしなきゃ先に進めない仕掛けを作った時は、ぼっちに優しくないって苦情が届きまくって、さすがのボクもちょっと落ち込んだけど……このナベリウス、批判すら創造の糧! さあ、最初の部屋の謎が解けるかな?」
嬉々としてモニターを覗き込むと、そこには全く手つかずの仕掛けと穴の開いた壁があるだけだった。
「ボディーガード様、さすがです! 美しい爆弾捌き!」
「てっきり重厚な戦闘になるかと思って、武器を持ち込みすぎちゃったの。結果、役に立って良かった」
「良くないよ!!」
ナベリウスは尻尾を逆立てて鳴き声を上げた。
「ワアーン! 頑張って仕掛けを考えたんだってば! そこの部屋は、金庫に隠された暗号を解かないとドアのパスワードがわからないやつで! 金庫の鍵は部屋の死角に隠してあって! その鍵の場所のヒントを示す暗号も一生懸命作ったのにー!!」
その間にもう一発、二発と、爆発音が聞こえナベリウスは吼えた。
「やめろよーっ!! 真面目に解く気がないならこっちも考えがある! 暴力には三倍返しの暴力、それが悪魔の流儀!」
ナベリウスが指を鳴らすと、たちまち部下の魔犬たちが群れを成して、無作法な訪問者たちの前に立ち塞がる。
「フハハ、愚かなる闖入者ども、我が忠実なる僕の前にその身を散らし、血肉となるがいい!」
ナベリウスは椅子の上に立ち上がって背筋を伸ばし、高らかに笑った。
自らの仕掛けに迷い苦しむ挑戦者を見ている時も気分が良いが、口上を述べている時がやはり一番気持ち良いかもしれないと感じながら。
「さあ行け飢えた魔獣共よ!」
場所は変わって、同時刻の十番街。
ヴェルヴェットはコーヒーショップの手前で、足を止めて深呼吸した。
(どうしてでしょう、私は再びここに来なくてはいけないような、そんな気がずっとしていて)
「あれ、そこのお客さんもしかして」
「!」
人影に気づいたシーシャが、水滴を浮かべた手のひらをひらひらと振る。
「少し前にも来てくれましたよね? 今日もお使いですか?」
「……はい、『お店で一番手間がかかって、準備するのにめちゃくちゃ時間のかかるコーヒー』と申しつけられました」
「なぞなぞ?」
「い、いえ、お気になさらず。やっぱり今日のおすすめをお願いできますか。もしくは、あなたの好きなコーヒーを」
「あー、あたしコーヒー飲めないんです」
「ええ、そうなんですか……だとしても言わないでおきましょうよ」
「よく言われますねえ」
「……ああ、しかし、コーヒーは苦手なのですね……失敗してしまいました……」
「何をですか?」
ヴェルヴェットは手にしたバスケットを探って、俯いた。
「以前、コーヒーをサービスしてもらったお礼に、クッキーをお裾分けしたかったんですが……コーヒーフレーバーにしてしまったんです」
「クッキーは大好きですよ! 苦くて渋いのがダメなんで、コーヒー味のクッキーなら全然食べれます。嬉しいです」
「それなら、良かったです」
シーシャがぱあっと笑みを浮かべる。
それを見てヴェルヴェットの土塊の胸中に、未知の感覚が浮かび上がった。
その時、一発の銃声が頭上を通過する。
「わぁっ!? 今の流れ弾!? 相変わらず治安わっるいなー」
十番街の発砲騒ぎを『洗濯物干してたら運悪く雨が降ってきた』くらいのテンションで受け止めて、シーシャは店の外に出る。
「あーっ、給水ポンプに当たってんじゃん! 最悪だー、届け出めんどくさいよお……って、」
ヴェルヴェットの異変に、シーシャははっと顔色を変える。
「あ……しまっ、」
「溶けてる!? なんで……っ、お客さん大丈夫!? あ、水!? うそ、水から離さなくちゃ!」
ポンプから雪崩れた流水が、ヴェルヴェットの土の身体を押し流そうとしていた。
咄嗟に状況を理解して、シーシャはポンプとヴェルヴェットの間に飛び込む。
「どうしよう、あたしじゃすぐに身体をかき集められない……とりあえず水を止めなきゃ……!」
焦って手近にあった木材でポンプを叩くが、腕力のないシーシャに殴られてもポンプは平然と水を噴出し続けている。
「えーと、えーと、あ、そうだ!」
シーシャは素早くポケットに手を突っ込む。そこにはシーシャがフルーレティからお土産のついでに貰った、護身用の簡易魔法シールがあった。
「フルーレティ様ありがとう! 今度いくらでもコーヒーのサービスするからっ!」
簡易魔法陣を手のひらに貼り、彼女の持つ魔力の一部を借りて、強力な冷気を放つ。
たちまち、流水がポンプもろとも絶対零度で冷却されていく。
「はぁ……っ、これ、つ、疲れる……!」
地面にへたり込んだシーシャの手のひらが、柔らかい泥を押し潰した。
未だ人の形を崩している、水と混ざった土塊を見下ろして、シーシャは大声を上げた。
「わー!! ねえっ、お、お客さん! 大丈夫ー!?」
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