第3話 感情の引き金は誰が引く

「ネオンさんかっこいい、守ってくださーい!」

「あんたが前に出ないの腹立つんだよ!」


 ネオンのカゲに隠れて、黄色い声援を上げるフルーレティ。

 上級悪魔なんだからネオンよりもよっぽど強力な力を持っているはずなのだが。

 かといってガチガチに守られるのもそれはそれで、プライドが傷つく厄介な心である。


「オラアアアアアア、クソピエロ借金返せ!」

「いた、あいつか……!」

「ああ!? 何だお前!?」


 銃を手に暴れ回る悪魔の姿を視界に入れ、ネオンは素早く狙いを定める。

 真っ直ぐに放たれた弾丸が、男の手から銃を弾き飛ばした。

 反射的に銃を拾おうとした動線にもう一発、威嚇射撃を打ち込む。


「何なんだよ邪魔すんな! 俺はようやく借金抱えて蒸発したクソ野郎の居場所を見つけたんだからよ……!」

「あんたの事情はどうでもいい、公共の場でハメ外しすぎたら私に撃たれても文句ないでしょ」

「は、誰だテメェ!」

「私は十番街ボディーガードのネオン。善良な悪魔を守ってる、よろしく」

「はぁ? だったら俺こそ守られる権利あるだろ、俺だって金を返してもらわないと悪魔人生お終いだ」

「ふむ、どうやら双方に事情がありそうですね」


 ひょこ、と緩い擬音を浮かべて、フルーレティが割って入った。


「事情も何も、十年前にウチから金借りて行方知れずになってたバカが、ここでピエロやってるって噂を聞いてちょっくらお邪魔しただけだよ」

「十年前、ピエロ、はて、その単語をつい先程どこかで……?」


 その時、ギギギ、と機械音が鳴った。

 テントの影から、一体のピエロがこちらに向かって歩いてくる。


「オカネ、ヤット、タマッタ。マタセテ、ゴメン」


 機械関節のピエロは、通帳アプリを開いて男の目の前に掲げた。


「オカネ、ゼンブ、カエス」

「お、おお、話が早いじゃねえか。口座番号は……」


 あ、返せるんならもう解決したじゃん。


「暴れなくても最初から丁寧に訪問すれば騒ぎにならなかったんじゃ……」

「うっせぇ! こっちも面子とかあんだよ!」

「じゃあこっちも、体裁とかあるんで一発失礼します」


 男の顔面に拳をめり込ませて、ネオンは一息ついた。


「ところで、あなた……娘さんに会って行かなくて良いんですか?」


 静けさを取り戻した遊園地広場。

 フルーレティが尋ねると、ピエロの瞳が哀しそうに瞬く。


「イマサラ、アエナイ。ダッテ……」

「なるほど、事業の失敗を取り戻すために、家を離れたと……妻と娘を巻き込みたくなくて、黙って消えた、と」

「ジュウネンカン、ナガカッタ」

「失わせてしまった時間は計り知れない。そんな自分を許してくれるはずがない、と……」

「少なくとも娘の方は刺し殺してしまうかもしれないって言ってたもんな」


 気絶した男を警備員に引き渡しながら、ネオンはショーステージの方向を仰いだ。

 その時、パチパチ、と不穏な音が聞こえた気がした。


「えっ、待って、向こうの方で何か燃えてない……?」

「この騒ぎで客が興奮して暴れて、ショーのテントに引火したんだ!」

「最悪な二次被害!」


 野次馬の言葉を聞いてネオンは頭が痛くなった。


「ショーステージが燃えているってことは、アメジスタさんが危ないです! 彼女、マリオネットでしょう? うっかり燃えてしまったら骨も残りませんよ!」

「ソンナ……!? アメ、ジスタ……!」

「早く向かいましょう! 時間が惜しい、ポータルを開きますから捕まって!」

「わ、ちょっと……!」


 フルーレティは、ネオンと機械人形を連れて、薄暗いショーテントの中へ転移した。

 たちまち、燃え盛る炎の熱気が、皮膚を舐める不快な感触が襲う。


「つい飛び込んでしまいましたけど、お二人とも炎は平気ですよね?」

「コレクライナラ、ヘイキ」

「確認してからやれよそういうことは! いや平気だけど、平気じゃなかったらどうしてたんだよ!」

「まあ私、多少の傷なら治癒できますし……」

「怪我させる前提なのやめろマジで」

「アメジスタ、ドコ……?」


 フルーレティは素早く周囲を見渡した。


「あちらの楽屋に、大勢の気配を感じます」 


 ネオンが燃え盛る木材を蹴飛ばして、楽屋への道を拓いた。フルーレティの周りで大きく魔力が渦巻く。


「楽屋の中の皆さん! 今からそちらにポータルを開きますからもう大丈夫ですよ!」

「た、助けが来たんだ!」

「私達助かったの……?」

「あっ、ありがとうございます……!」


 楽屋からわっと歓声が上がる。

 フルーレティは魔力を解き放って、炎の檻の外へと、空間を繋いだ。


「全員が避難したら、合図をくださいね!」

「はい。わたし以外は、皆ゲートをくぐりました」

「その声はアメジスタさん! 無事でよかったです、あなたも早くゲートへ」


 機械人形がほっと胸を撫でおろす。

 アメジスタの足が、ぴたりと止まった気配がした。


「……待ってください。その機械音……そこに父さんがいるんですね?」

「あ、アメジスタさん、お父上の話なら外でしましょう。ここは危ないですよ」

「嫌です……!」


 アメジスタは駄々っ子のように叫んだ。

 また面倒なことになりそうだ、とネオンは唇を噛み締める。

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